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膨らんだ桜の蕾が一斉に花開き、街のあちこちがピンク色に染まった。 日本の魅力が最大限になるこの時期は観光客の数もマックスだ。普段はどこに潜んでいるのか、穴倉から湧いて出たみたいに人と車が増え、客を満載した観光バスがあちこちで連なっている。そのせいで主要な幹線道路はいつも以上に大渋滞だった。 その日は特に大変だった。 宅配便は早々に遅延を予告して、コンビニの弁当は「追加待ち」、電車は増便しているが街の循環は麻痺している。 奥田の運送部はシフト全部を深夜に切り替え、昼は休業している。その為に小口と近隣は従業員が手で持っていくという地獄が展開されていた。営業は勿論の事、事務まで駆り出されて社員が全員で走り回っていた。 水嶋は有給で休みだ。 今ここにいたら「リアカー持ってるか?」って聞かれそうだからいいけどね。 その日三度目の配達は、改造して間口を広げたリュックに30キロ(ハサミで切っただけ、しかもノースフェイス、経費に乗せる)を背負い、両手に30キロずつ担いでの工場巡りだ。 チョモランマにいるシェルパかっての。 地獄の登山を終え、ヘトヘトになって本社に戻るとよく知ってる筋肉の塊が電話番の事務に怒られていた。
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