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佐倉局長
平凡な繰り返しの毎日だったのにクエスト的なイベントが多発している。
一週だけ守っても効果は無いから、もういいだろうと遠慮(多分めんどくさがってる)する水嶋を週末になると連れて帰っていた。
毎日一緒に仕事をして週末は水嶋が泊まりに来る(と言うより預かるって感じ、そのせいでもう二回も休日出勤になったのは言うまでもない。)
佐倉を避けているのか、そこまで私生活がどうでもいいのか知らないが3週目には「何食べる?」と水嶋自らスーパーに入って行くまでになっていた。
そして……
ひと月べったり一緒にいて水嶋の正体が割れてきた。乱暴で横暴で時々人でなし。それは変わらないが、その根元はただ度が過ぎたクソ真面目なだけだった。主に仕事の事だが、ただ単にデキる人だと思っていたら、目に見えていたのは正に氷山の一角だったらしい、沈んだ本体は実の所迷ったり、困ったり、ジタバタと無駄な動きが大半を占め、やってる事は結構要領が悪い。
「そこまで?」って呆れる程繰り返しチェックしているからこそ、傍目には完璧に見えるだけだ。
ただ、ただ、一生懸命で、一生懸命過ぎるから本社の小さなミスにギラつくのは当たり前だと思う。
勿論、さすがだなって日々感心もするがヌケている所も多く、生意気だと笑われそうだがフォローする事も増えて行った。
そして、思わぬ副産物も産んでいる。
システムエンジニアはどうやら奥田製薬では専任するほどの需要は無いが(なら何故そんな名目で社員として獲ったのかそのうち聞いてみたい)営業ツールとしては便利だった。取引先でパソコンとかシステム不調とかにちょいちょいと手を貸すと一気に名前を覚えてもらえるのだ。
それは水嶋が側にいて内部に顔を通してくれるからなのだが、その分野に詳しいと知ってくれるようになると、びっくりする事にワイズフード傘下の全国展開するファミレスのメンバーズアプリを頼まれた。
製薬会社でウェブアプリ開発なんて畑違いだが、それはそれで結構な高感度をゲット出来るし、細々と持っていた担当会社には水嶋が付いて来るお陰なのか、このひと月で一年目の売り上げを越えていた。
いつも早足で、いつも行き先不明で、取引先の相手がいる時だけ礼儀正しい好青年に早変わりするギャップ魔人の水嶋に慣れてきた、そんなある週の木曜日だった。
初めて行く会社で(飛び込み、つまり冷や汗)挨拶もそこそこに急な発注を請け負った。
時間に猶予は無く、普通なら次の朝イチに回すような案件だったがそこは「水嶋」だ、昼までに届けると笑顔で請け負った。
在庫の確認、配送の手配は水嶋担当、発注書を書いてくれと本社に頼み、伝票を取りに走るのは俺の役。
イライラしながら水嶋が待っているのはわかっている。電車を降りた後、駅から奥田製薬まで走って戻りエレベーターを待てずに階段を駆け上がった。
「伝票は?どこですか?」
「すいません、今からです」
「は?」
まだ午前中なのに事務のデスクには広げたお菓子と湯気の立っているコーヒーが並んでる。
一分一秒を惜しんで走って来たのに「何をやってるんだ」と血管が切れそうになった。
「間に合わないでしょう!」
「すいません……今…」
「フォーマットのある発注書に数字を打ち込んで判子を押すだけじゃ無いんですか!連絡してから20分は経ってる!」
「でも……」
「でもって何ですか!あんたら事務は水嶋さんがどれくらいギリギリで走り回ってるか知らないからそんなに緩いんだ!」
毎日歩いて歩いて……随分体力がついて来たが走ったせいで頭が沸騰していた。
先週の日曜に出なければならなかったのも事務のミスだったせいもある。
エアコンの効いた室内で悠々と椅子に座っている癖に最低限の補助もしない事に腹が立った。
しかしそれは見えないからこそ通じてない。
「緩いって何ですか?」
剣呑な顔をしてゆらりと立ち上がったのは荒ぶる社内でも怯えることなく妙に馴染んでいる女子社員の先鋒だった。
ある意味では水嶋より怖いが自分は間違ってない自信があった。
「緩いでしょう!こっちの緊急性がわかってない!」
「新規なのに信用調査が出来ないんですよ、緊急なんですよね?つまり元の取引先からうちに乗り換えたって事でしょう?そこら辺に未払いがあったらどうするんです?大体そんな怒鳴らなくていいでしょう!私達だって他にやる事があるんです、急な発注を短い電話で言い付けられても実績もわからないし調べる事だってあります!」
水嶋相手なら引くくせに舐められている、言い争う時間があればコピーのボタンは押せるのにこれ自体が緩いのだ。
「そんな事に20分も30分もかかってるから悠長だと言ってるんです!お菓子食う暇があったら動けよな!」
「動いてます!ほら!もうプリントアウト出来ましたよ!自分で取ってきてさっさと持っていけばいいでしょう」
「あのねえ!コピーくらい取りに行くけど封筒用意するくらいの気遣いは無い訳?大体…」
"まあまあ、そこまで"と部長に肩を叩かれたのは、最悪な事にびっくり顔をした水嶋がフロアに入って来た所だった。
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