heaven

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「睨んでないで座れよ、煙草を吸ってもいいか?」 「煙草を遠慮するくらいならもっと別の事に気を使ったらどうなんです、水嶋が困ってるって事くらいあんたの色惚けた変態の目にも見えるでしょう」 「色惚けてる……けどな」 ハハっと笑った佐倉は、吸ってもいいかと聞いたくせに返事を待たずに火を付けた。 ここの所ずっと水嶋がいたから吸っていなかったが今は煙草が欲しくてしょうがない、ヘニャヘニャになった煙草の箱を出すと火の付いたライターが目の前に出てきた。 「結構です」 こんな奴から火を貰うのさえ嫌だ。 ポケットを探ったがライターは見つからず仕方なく煙草を戻した。 「吸うんなら吸えよ、勝手にウイスキーを頼んだがそれでいいか?違うものが良ければ言えよ」 「俺はあんたと飲む気は無いから何でもいいです、言いたい事言ったら帰ります」 熱いな、と笑いながら煙を吐いた佐倉は腹が立つくらい余裕がある。すぐに出て来たウイスキーのグラスをまあ飲めよ、と前に押し出した。 喉が渇いてヒリヒリする。 出来ればビールを一気飲みしたい。 ウイスキーでもいいが…この量を飲み干せば「ホモ」とか「気色悪いとか」言ってはいけない事まで漏れる。 グラスを前に押し返すと佐倉は口元だけで小さく笑い鼻を鳴らした。 「お前あの夜にマンションに来てた水嶋の後輩だよな、悪いが名前は覚えてない」 「俺は下っ端ですから御社に用は無い、名前なんてどうでもいいでしょう、水嶋も本来なら佐倉局長とは直接関係ない筈です。職権を利用して脅すなんて卑劣な真似はやめてください」 「脅す?何の事だ」 片方の眉を下げ、何の事だと訝しげな顔をしたって事は自覚が無いらしい。わかってないならもっとはっきり言う。 「取引を盾に取って関係を迫るなんて下衆だと言ってるんです。水嶋の困惑が見えてないならあんた馬鹿だろ」 「何か勘違いしてるんじゃ無いか?俺は真剣なんだ、確かに水嶋はまだ戸惑ってるが男同士の経験が無いんだから当然だろう?俺は急いでるつもりは無いし無理に進めるつもりも無い」 「滅茶苦茶無理矢理に見えましたけどね」 待ってくれと水嶋が言ってるのに部屋の中に引き摺り込み、同僚の目の前で行為を見せつける、さっきだって人目があった。もし同意だったとしても無作法で無神経だ。 「無理矢理じゃない、情熱的だと言ってくれ。俺は会いたくて会いたくてずっと待ってたんだぞ、ちょっとくらい強引になったって許してくれ」 「する事して30分で帰るって水嶋は便所ですか、取引先の相手だと遠慮してなかったら普通キレます」 「何?嫉妬?お前間男か?そう言えばあんな時間に上がり込もうとしてたな、申し訳ないが水嶋は俺と付き合ってる、諦めてくれ」 「水嶋はあなたと付き合ってません、あれはただの枕営業です、あの人馬鹿が付く真面目なんです、勘違いしないでください」 「勘違いじゃ無い、俺はちゃんと告白してOKを貰ってる」 「はい?」 告白って… 校舎の裏で?……何だそれ、中高生か。 「工場の裏に呼び出して好きだと言った」 工場かい…… 自分で言って自分で照れるな。まるで似合って無い。 「それはあなたの職席に遠慮があったからです、見てればわかるでしょう、あんたの顔を見たら水嶋は逃げようと後ずさった。さっきだってオロオロしてたでしょう、困ってるんです。普通の男なら男から告白されて簡単にOKなんかしない、まともに物が見えてんならわかれよ」 「俺達が普通じゃ無いって言うのか?」 「そうじゃなくて…」 「お前は今店中の客を敵に回したぞ」 「へ?」 んっと首を振った佐倉の後ろで、カウンターの中にいた髭の店員が「こちらです」と言いたげに手を上げていた。壁に張り付いてライトアップされたカルプ看板には「Heaven__for Gay 」と書いてある。 しかも店中の視線が集まってる。 「嘘…ここ……」 「そう、俺はここで水嶋と初めて会った、意味はわかるな?」 それは聞いていたが……まさか本当にこんな普通の店だとは思ってなかった。 確かに注意して見ないとゲイバーとはわからない。 「今の発言は謝ります。あなた方を否定するつもりも差別するつもりもありませんが、俺が言いたいのは水嶋は違うんです、確かに誤解を与えたかもしれませんがあの人は仕事が終わると腑抜けて馬鹿になるんです、自分がどこにいるかわかってなかった、遊び相手を間違ってる」 「お前こそわかってない、俺は真面目だし遊びじゃ無い、惚れたからアタックした、そしたら付き合ってもいいと返事した、慣れてないのはわかってる、俺だって必死なんだ」 ……通じない…… 嘘みたいだが佐倉は手ぐさなみに揶揄ってるんじゃ無い、本気で水嶋に嵌ってる。ややこしい事になって来た。
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