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土曜から降り始めた雨は気弱にモジモジと降り続き、溜め込んだ洗濯物が乾かない。 何故水嶋のパンツまで混ざっているのかを不満に思いつつ、部屋の壁にある出っ張り全てにハンガーを掛けて干して回っていると床に転がっている水嶋を踏んだ。 腑抜けの水嶋は水の入ったゴム風船みたいだ。フギュっと変な音を口から漏らしただけで怒りもしない。 後輩の家に勝手に入り、承諾も得ないまま泊まっているのだから文句を言われる筋合いは無いが、毛布を被ってごろごろしているもふもふの塊は邪魔だった。土日に補給と部屋のメンテをしなければ週の途中で遭難するのだ。 最早客ではないから遠慮はしない、掃除機のヘッドでドシドシ突くと弱い脇腹を攻撃したらしくクネクネ捩れて面白いからわざと狙った。 昼は焼きそばと前の夜に炊いた残りの冷や飯だ。 チンするのがめんどくさかったから冷飯になったのだが、水嶋は文句を言わないから何でもいいってのもあった。 休日の水嶋は水嶋では無いのだ。 本物はどっちなのか今ではもう分からないが、余計なお喋りはして来ないし、邪魔にしたり、掃除機で攻撃しても文句を言う言わないからいてもいなくても同じなのだが……。 気にはなるのは………水嶋の滞在時間が段々伸びているって事だ。 もう来なくていいと言ったのに勝手に上がり込んでご飯を作っていた金曜から、土曜、日曜、日曜の夕方、とうとう夜になっても自分の部屋に帰ろうとしない。 「来ちゃった」とか言って女子が訪ねてくる訳じゃないから別にいいけど月曜の朝にルンルン同伴出勤なんていくら何でもキモいと思う。 「あの……水嶋さん……」 「なあ、こいつ殺されるよな」 「はあ……」 水嶋がリモコンで指したのはテレビドラマの冒頭、コツコツとヒールの音を響かせ、夜道を歩く女を影から伺っている男の手がアップになってる。 「殺されますね」 「殺されるよな」 「珍しいですね、いつもチャンネルをプチプチ変えまくってるのに…これ見るんですか?」 このドラマは9時枠……つまり見終われば10時……帰る気はなし。 「死ぬまで見ようかなって……うわ……速攻…」 携帯を持った女の手がアップになったと思ったら顔が映るより先に口を塞がれ画面から消えた。 場面が変わって主役のイケメン俳優が手袋をしながら川を見つめてる。そして視線誘導。遺体にかけられたビニールシートが捲れ、水に濡れた女の首に付いた痣がアップになった。 「あれ?この死体役って先週の雨の日に婚約したって指輪かざしてた女優じゃないですか?」 ビルの壁面に張り付いた大型ビジョンに映り、幸せそうでどこか痛い記者会見している所を水嶋と2人で見ていた。聞いた事も見た事も無い女優だったが婚約した相手が有名な金持ちでニュースになっていたのだ。 「これが女優か?ほぼエキストラだろ、顔が映ったのは死んでから3秒だしな……」 「それでもこのドラマはゴールデン枠でしょう、婚約特需かな?急にぶっこんだ感ありますね」 「どうなんだろうな」 ふんっと鼻を鳴らし「あの首についた絞め痕……場所が違うだろ」と医学を齧った片鱗を見せた水嶋はもうドラマの続きを見る気はないらしい、いつものようにコマーシャルになるとチャンネルを変えてしまった。 しかし、ドラマを見るつもりは無いらしいが帰るつもりもない。ゴロンと寝返りを打っていつものチャンネルクルーズに戻ってる。 好きにしてくれと布団を敷いた。
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