春の足音

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春の足音

 最近、妙に落ち着かない。  理由は、だいたいわかってる。  おれも鷹藤もセンター試験が終わった後は二次試験に臨み、すべての闘いが終わったのは三月。卒業式が済んでからようやく合格を手にした。ヤツに誘われ、人生十七年目にして初めて行った初詣のご利益かなと言ったおれに鷹藤は、「実力だろ」と予想通りの答えを返してきた。  去年の暮れにヤツの家に行った時、『毎日アホみたいに勉強してて、なんで落ちるんだよ!』って言った時のムキになった顔を思い出すといまだに笑いが込み上げる。  推薦なんかで早々と進学先が決まったヤツらの中には卒業旅行の計画を進めてるグループもいたし、二次試験や後期受験組は徐々に学校に顔を出さなくなった。追い込みどころの騒ぎじゃないもんな。元バスケ部のアイドル顔とガリ勉はそろって隣県の有名私大へ進学するらしく、卒業式間際はごく自然に一緒にいるところを見かけるようになった。  おれは合格が決まってすぐに、都心に近い結婚式場でバイトを始めた。  鷹藤はといえば、合格発表を待たずに二次試験が終わったらさっさと平常運転に戻りやがった。それまで週三、四で入れていたバイトを卒業式が終わってからは増やし、シフトも変えて朝から入る日を多くしたらしい。一度、冷やかしてやろうと思って鷹藤のバイト先のカフェへ昼飯を食いに行ったら、予想以上に好青年な接客態度がオモシロくて。二度と来るなって言われたけど、明らかに照れ隠しだったし、大学に行っても続けるらしいからまた行ってやる。  結婚式場のバイトは、鷹藤が勧めてくれた。おれが、『土日中心で、できれば大学に行っても続けられて、朝早くてもいいから夜は早く帰れるバイトを探してる』と言ったら、わざわざ見つけてきてくれた。 『大学入ったら、いつかひとり暮らししてみたくて。家から通えるけど、なんか……、』 『なんか?』 『単なる憧れ、かな。ひとりになってみたいっていうか。そんな理由で家賃とか生活費とか親に出してもらうわけにいかねーから』  そりゃそうだよな。と言いつつ眺めていたメニューから顔を上げた鷹藤は、 『ひとり暮らしもいいけどさ、どうせなら、旅行とかそういうのに使えば?』  それもそうだな、と今度はおれが答えた。  それが、いつだ? 先週か。今日は結婚式場で最初の研修があった。朝からみっちり。学校がなくなってから長時間背筋を伸ばしたまま人の話を聞くこともなくなってたから、久しぶりにくたくた。  土曜の午後四時過ぎの電車は、それほど混んでいない。向かい側に座っている女の子達はどこの学校かわからないけど、かっちりとしたブレザーにスカートが似合っていて、着ている彼女達も可愛く見える。話し声がもう少し小さければ、たぶんもっと。 「……ね? 卒業式で好きな人の制服ボタンもらうのってさぁ、どんな意味があるの?」 「それ、この前先生が言ってたヤツだ」 「だってもう卒業するんだよ? いなくなっちゃうのに」 「記念でしょ。先生が若い頃は、そうするのが流行ってたって」  好きな人の制服のボタンをもらう……?  へぇ。うちの制服は二つしかボタンがなかったから、どっかで熾烈な争奪戦が繰り広げられていたんだろうか。男しかいないけど。  駅についてドアが開いて、閉まる頃にはもう終わってしまっているぐらいの、そんなたわいのない彼女達の会話。悪くない。そういう会話をしてみたいなって、たまに思う。  部屋にいて、ふっと窓の外を見た時とか、今みたいなバイトの帰りに、「さっき見た夕日がすげーきれいだった」とか、「桜、咲いてんな」とか。  言葉にするとものすごくなんでもなくて、「だから何?」って言われそうなこと。そんな些細なことほど、話せる人は決まっていて、それは誰でもいいわけじゃない。 「雪、すげー積もってる」 「だな」  って、そんな会話だけでも充分だし、「だな」がなくたっていい。ただ、言いたいだけ。  でも、あいつだったら「だな」って言いそう。 「こっちも降ってるぞ」って返ってくるのかもしれない。  だから、誰でもいいわけじゃない。  
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