秋の入り口

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秋の入り口

 最近、耳にした噂。  おれの目の前に座っているコイツが、同じこのクラスのアイツと付き合っている……らしい。ちなみにココ、男子校。  アイツはたしか去年までバスケ部にいて、一年の頃は茶色っぽいフワッとした髪がチャラそうに見えて内心ケッと思ってたけど、話してみたら、実は見た目ほどいい加減なヤツじゃないってことがわかった。なんとかって名前のアイドルに顔が似ているらしくて、誰かの妹だかお姉さんだったか忘れたけど、クラス写真を見て騒いでいたらしい。  もうひとりのコイツ。おれの目の前にいる、ガリ勉。もう、頭のてっぺんからつま先まで、まごうことなき勉強の虫。普通科もスポーツ科もそれなりにお利口だけど、そいつらがもれなくひれ伏す……までは言わないけど、まぁそれぐらいお勉強のできる少数精鋭、私立東陵学園特進科の中でもたぶんトップクラス。常におれらの上空にいるヤツ。  コイツの背中がだらぁっと椅子にもたれかかっているところを見たことがない。いつもまっすぐ背筋を伸ばしていて、ブレザーには糸くずもついちゃいないしシワのひとつもない。後ろ髪も短くビシッとそろっていて、その髪の下、首の後ろのナントカっていう骨のところに二つほくろが並んでいる。  そんなヤツらが付き合っている、というか恋愛関係にあるなんて。  そんな噂、誰が信じる? 半信半疑どころか、ありえねーだろ。  いくら男子校だからって男同士で、しかもあのアイドル顔とこのクソ真面目なガリ勉って、どんだけ妙な組み合わせ。甘ったるいチョコレートパフェと寿司を同時に食ってるみたい。  ただ、下級生の中には社会人と交際しているヤツがいるって話も聞いたこともある。社会人、それも男。マジで? なんで? 系列の女子校だってあるし、そこらへんの道に女の子達、フツーに歩いてるじゃん。朝の電車でもその辺に女子はゴロゴロいるし。なんで男? 社会人なんてオトナとどこで知り合うわけよ。  それはさておき、コイツとアイツに関する噂はちょっとタチが悪い気がする。容姿とか性的指向を、周りの関係ない人間がどうのこうの言うのって、聞いていてイヤな気しかしない。試験の点数がどうってことなんかと違って、言われた本人が反論しづらいことをわかって揶揄しているのが見て取れて、噂しているヤツのゲスさしか伝わってこない。  前にそういう噂を立てられたハリウッドのスター俳優が、否定でも肯定でもないステートメントを出してってニュースを見た。彼曰く、「僕がその噂を否定したら、ゲイやバイセクシュアルだと思われたくないってことになる。それ自体が差別意識の表れじゃないか? だから僕の答えは『ノーコメント』」って。  同性愛者も異性愛者も、無性愛者も傷つかない。彼を揶揄するようなことを言ったり書いたりした人だけが、自分のした行為がいかに恥ずかしく情けないことか思い知らされるようなコメント。その俳優を特に好きだったわけじゃないけど、彼の考え方や視野の広さ、彼っていう人が相対している世界の大きさを、その短いコメントを読んだ時にちょっとだけ知れたような気がした。  まぁ、だから、そんな悪口みたいな噂は立てるもんじゃないし、よもやあいつらがそんな関係になっていたとしても知ったことじゃない。それ以前に本当にありえない。そう思い込んでいた。  けど、見てしまった。  昼休みの教室で。  その日は五時限目が音楽で、独唱のテストがあるから、昼食後の休み時間を練習に充てるよう音楽室へ集合がかかっていた。うっかり忘れものをしたおれは、ガラ空きだった教室の後方の戸から顔をつっ込んだ。その次の瞬間、舌を噛む勢いで全力で口を押さえ、廊下に突っ返した。誰も居ないはずの教室にアイツらがいた。こっちに背を向けて机に並んで座り、ぼそぼそと話している声が聞こえて思わず息を呑んだ。 「……行こうよ。今日の帰り、待っててよ」 「わかった。わかったから」 「それよりおまえ、最近やせた? 首のあたりとか」 「毎日見てるだろ。変わんないよ」 「見てないよ。もうずっと……おまえの家、行ってないし」 「来週、……予備校の模試が終わったら、……」  なんかもうそこから先は、絶対に聞いちゃいけない気がした。ガリ勉の首の後ろに二つ並んだほくろにアイドル顔の長い指が伸びていくのを想像して、思わず顔がカーッと熱くなった。なんで戸がガラ空きなんだよ!  しかも「おまえ」って。おい、元バスケ部のアイドル顔。お前、ガリ勉をそんなふうに呼ぶのか。あんな、みんなが教室にいる時には絶対に出さないような声で。ガリ勉もガリ勉だ。生まれてから一度も笑ったことないような、まっ平らなほっぺたしてるくせに。いつもだいたいツンとした顔で本ばっかり読んでるくせに。デレデレしてんじゃねーよ。  窓のほうを向いて座っている二人にはおれの姿は見えていない。物音も立てていないからバレてはいない。へたり込んだままの体勢でゆっくりと徐々に隣の教室のあたりまで移動し、わざとぱしんぱしんと大きな音を立てて制服の汚れを払ったり、咳き込んだりしながら「わっすれっものー」と歌うように言い、何事もなかったようにもう一度教室へ向かった。アイドル顔はおれに気づくと、「あ。次の音楽、テストか!」と飛び跳ねるように立ち上がった。  アイツら、本当にそうだったんだ。  いや、アイツらも。と言うべきなのか。  なぁ。  なぁ、恋ってさ。  恋って、そんなに必要なもの?  誰かを好きになるとか、付き合うとか。  だっておれら、ほぼ全員進学するんだろ? 来年になったら、卒業したら、みんな離ればなれじゃん。遠距離恋愛とかすんの?  今さえ一緒に居られればそれでいいの?  それとも、そんなふうにばっかり考えているおれが変なの?
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