顔合わせ

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顔合わせ

 そういえば、先生は日向くんたちの様子も確認せずに紅茶を入れていたけれど、そんな呑気で大丈夫なのだろうか。戦闘は長引いていたようだけれど。客間の扉が開かれると、日向くんと中学生くらいの眼鏡をかけた大人しそうな少年が姿を現した。    少年は幼い顔立ちだったが、切れ長の瞳や長い眉は大人びていた。カラスの濡羽色とでも表現されそうな真っ黒の髪は、照明を反射してつやめいている。    「葵君、今回も無傷でのお帰りか。さすが、ヒーロー歴七年のベテランは違うね」  「万一を考えて紅茶ではなく救護セットを用意しておいて頂きたかったな。まあ――結果的には問題ないが」    こんな小さな男の子が、ベテランヒーローにあたるのか。二倍は歳が離れていそうな先生にすら対等に話している様子や、無傷であることを見るにかなりの実力者なのだろう。    「嫌味で言ったつもりじゃなかったんだけどねえ。これも葵君へのぼくからの信頼の形だよ?」  「何で俺の顔見るんすか先生」  「それは日向が毎戦闘で無駄な怪我ばかりこさえてくるからだろうが」  「む、無駄じゃねえって!」    軽口を叩きあいながら、三人は私の周りに座った。葵くんと呼ばれた少年は斜向かいに座って、私を品定めするかのように見ている。    「戻ってくるまでの間に、日向からある程度話は聞いてきた。君がイプシロンか」  「……そう、みたい……です」    私が答えると、葵くんは角砂糖をぼとぼととティーカップの中に落とした。    「僕は望月 葵。この中で恐らく最も長くヒーローをやっている者だ。よろしく」  「佐倉、ちえりです……よ、よろしくお願い、します」    凄い威圧感だ。体格はほとんど私と変わらないし、腕も日向くんと比べると折れそうなくらいに細いのに。    「あと、もう既に僕は君に対して馴れ馴れしい口をきいてしまっているが――このように、ヒーロー同士では敬語はよそうという暗黙の了解がある。経歴の有無、年齢、ベータレイヤーの中ではそんなもの関係ないからな」  「え、あ、はい……」    ミルクを勢いよく注いだ葵くんはティースプーンでくるくるとかき混ぜる。    「でも俺先生には敬語使っちゃうけどな。やっぱ十違うとタメ口利くのなんか違うなーって思うし」    日向くんは口を尖らせると、紅茶をあおった。先生はぼくもそんなに気にしていないよ、と肩をすくめてから笑った。葵くんはため息をついて、甘ったるそうなミルクティーを啜った。    「……ヒーローが減りすぎて色んな取り決めがなあなあにされている」    声変わりしきっていないけれど、高くはなく落ち着いた葵くんの声には妙な深みがあった。そう遠くはない過去に、ヒーローが減るような激しい戦い――あるいは大きな事件が起こったのだろう。だとすれば、日向くんや先生は分からないが、少なくとも葵くんはそれを乗り越えている。    「ど、どうして、ヒーロー……さんたちは、減っちゃった、の?」    鋭い眼光で私を一瞥すると、葵くんは淡々と述べた。    「それはちえりがヒーローになってから伝える。イプシロンでしかない君を完全に信用してよいか、まだ判断しかねるからな。すまないけれど、これに悪意はない。日向の時もそうした」    イプシロンの状態からヒーローにならなくてもいい、というのは先生からも聞いている。そこまで深入りできるのは向き合える覚悟がある者だけということか。    「あの、能力……分からないと、ヒーローに、なれないって……聞いたんですけど、どうやって、能力を……当てるんですか」  「能力を、当てる?」    葵くんは目を細めて笑った。話し方は大人のようだが、笑顔はまだ幼い子供そのものだ。    「能力は使ってみないと分からない。ああ、さすがにいきなりベータレイヤーであいつらと戦えとは言わないが」    私の能力は先生のように直接戦力になれない能力である確率の方が高いだろう。しかし、私の意思で今のところ直接制御できる能力でもない。使ってみる、ということすら難しい。    「――僕に考えがある。日向、ちえり、着いてきてくれ」    葵くんに従って、私と日向くんは藤本医院を後にした。
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