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火消し雨
チヨリ達が外へ出ると、ポツポツと雨が降ってきた。やがてざぁぁと本降りになった。
チヨリは父を抱えながら、燃え盛る屋敷から離れたところで座り込んだ。動かないアンドロイドは、なかなか重い。
「丁度良かった」
ラグロは胸を撫で下ろし呟いた。
「そうじゃなぁ。周りが森だから、燃えうつれば危うく大惨事だったのう」
ポーノがのんびりした口調で言う。
「無事に脱出できて良かった。さ、行こうではないか、チヨリ」
チヨリは首を傾げた。
「え? ポーノさん、このまま僕についてくるつもりなの? 何かやることがあるとか言ってなかった?」
「目的はあるのはあるが、チヨリはワシのマスターなんだから。犬一匹歩いてたらおかしいし。海の街へ行くのはワシの最終目的地でもあるし」
ポーノは得意げに言う。よく見ると、その身体は所々禿げている。
(それって、あのアンドロイド達と言ってること変わらないんじゃ。まぁ、ポーノさんくらい、良いけど。犬だし。最悪また売れば良いし)
チヨリは苦笑しつつ、父をそばに置き、立ち上がる。
ラグロは腕組みしながら、チヨリに向かって言った。
「俺も共に行こう」
「えっ」
「何でお前がついてくるんじゃ」
ポーノがラグロに近寄り、キャンキャンと鳴く。ラグロは身動きせず、それを見下ろした。
「海の街へ行く道中、女の子と犬一匹じゃ危ない。俺を使うと良い。君のアンドロイドを壊してしまったから、その償いだ」
チヨリは、腕の中の父を見た。目を閉じて、寝ているだけのようだ。
「ーー父さんは、僕たちが追われる身だと言っていた」
ラグロは肩をあげる。
「何に追われているんだ?」
チヨリはかぶりを振った。
「それが、わからないんだ。父さんは教えてくれなかったから。だからーー」
(僕とは来ない方が良い)
「だったら、余計に護衛が必要だな」
「そうじゃ、そうじゃ」
「えっ」
チヨリは目を丸めた。
「なんで」
「さっき言ったように、君のアンドロイドを壊したのもあるし、それに、君は命の恩人だ」
「そうじゃ、そうじゃ」
「そう、かな」
(ポーノさんはそもそも僕が盗んだし、ラグロさんにはそもそもアンドロイド達から助けてもらったと思うけど)
チヨリは一人と一匹を見る。どちらも、優しい瞳でチヨリを見ていた。
(ついてきてくれると言うのなら)
「ありがとう。是非海の街まで一緒に来て欲しい」
チヨリは、びしょ濡れのまま、歯を見せて笑った。緑色の髪の毛が、癖が酷くなりクリクリになっている。
ラグロが、そんなチヨリの様子を見つめた。
「な、なに?」
「いや、俺は一時期首都にいたことがあったんだ。その時に一度、王族を見たことがある」
ポーノがまん丸な目を細める。
「ほう、それは珍しいな。王族が一般ピーポーの前に姿を見せるとは」
「開戦の時だった。士気を上げるためだとかで、パレードのようなものを行ってた。王族の顔なんて見たことないから、よくわからないけど、偉い人だったと思う」
王族という時点で皆偉いだろうと、チヨリは思う。
「なぜ、急にそんな話を」
ラグロはチヨリを、その青い瞳で見据えた。
「その時の、王族の顔がちょっと、あんたに似てたんでな。驚いちまって」
ラグロは苦笑した。
「髪型のせいかもな。ほら、濡れて湿気で髪がうねってるだろ? その王族もそんな感じだったよ」
「へえ」
気の無い返事をしながらも、チヨリは変な感じがした。引っかかるような、大事なことのような。
こういう勘は嫌な形で当たることが多い。
「ま、その王族は男だったから、女の子にこんなこと言うのは失礼だな」
チヨリは、ラグロを見上げた。
「ーー男です」
「え?」
小さな声だったので、ラグロは聞き返した。
「あの、僕、男です。父にはわざわざ言うなと言われていたのですが」
ポーノがまん丸いまでチヨリを見上げた。
「お嬢ちゃん、ぼっちゃんだったんか?」
「チヨリ」
チヨリは周りをうろちょろするポーノを見下ろした。
「一応言ったけど、性別とか本当はどうでも良いんだ。僕はチヨリ。それだけさ」
チヨリは父の身体を今一度抱きしめた。その通りだ、と肯定してくれているように感じた。
「ところで、チヨリ。そのアンドロイドを持って歩くつもりなのか?」
ラグロがチヨリが抱いたままの父を指差す。
「そうだね。もう動かないけど、父さんをこのまま置いていけないよ」
「それなら、ワシの店に置いとくと良い」
ポーノが鼻息荒く言う。
「嫌だよ。中荒れ放題だったじゃない。盗まれちゃうよ」
「店の中には隠し部屋がある。そこに保管しよう。よっぽどのことがない限り、手出しできんよ」
「本当? ポーノさん自身はあっさり僕に盗まれたじゃないか」
チヨリの疑いの目に、ポーノは憤慨しながら言い返した。
「予期せず殺されたから、仕方なかろう。魔力は記憶を定着するのに使い果たしてしまったし」
「ーーずっと不思議なのだが、この犬型アンドロイドはなぜ老人のような話し方なのだ?」
ラグロのもっともな問いに、チヨリとポーノは顔を見合わせる。
「それは、ワシの家に移動しながら話そう。このままここにいても、濡れるし」
ポーノは本物の犬のように、身体を震わせる。雨の中、それは無意味だった。
こうして、二人と一匹は、未だに燃えさかる屋敷を濡れながら後にした。この雨が、全てを消してくれるよう願いながら。
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