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家族だった
リアナが目を覚ますと、椅子に縛り付けられていた。隣を見ると、男性アンドロイドも同じように縛られている。場所は先ほどまで食事していた広間のようだった。
「目を覚ましたかの?」
声をする方を見れば、可愛らしい犬が、チョコンとお座りしていた。
「ーーポーノさん。これで形勢逆転のつもりですの?」
「つもりも何も、その通りだと思うんじゃが」
ポーノはふん、と鼻を鳴らす。隣には、チヨリが怖い顔をして立っている。
「父さんを治して」
少年型アンドロイドはシャットダウンされたままらしく、広間にあるソファに座らせてあった。
リアナは意地悪く笑う。
「治すも何も、シャットダウンしただけですわ。電源を入れれば、起動するんでないですこと?」
ポーノはお座りをやめ、リアナの周りをうろつき始めた。
「電源ボタンを押したんじゃが、つかないんじゃよ。お嬢さんが何かしたんじゃないかの?」
リアナは澄ました顔で答えた。
「してませんわ。する前に気絶させられましたもの。それにしても」
リアナは辺りを見渡す。兄と壊した、大量の人型アンドロイドに囲まれているようだ。そのほとんどが原型を留めていない。顔半分がなかったり、足や手がなかったり、腹に大きな穴が開いていたり。それが、動いて立っている。生きているかのように。
兄が見たら、どう思うだろう。
リアナは眉をひそめ、思わず呟いた。
「そのような状態でも、まだ動きますのね。化物のようですわ」
ぱんっ。
片腕の人型アンドロイドが、リアナのほおを叩いた。残された方の手で。
「あなたを許さない」
アンドロイドは瞳孔の開いた目を向けて、リアナに言い放った。それを引き金に、五体不満足のアンドロイド達がぞろぞろと彼女に集まりだした。縛り付けられている腕や足を引っ張る。
「私達と同じにしてあげるわ」
アンドロイド達の言葉に、リアナは冷たい瞳を向けた。
「意思があるつもりなの? 金属の塊のくせに」
ボキ。
乾いた音がして、リアナの腕は折れた。
「ーーゔぁああああっ」
リアナの悲痛な叫びに、チヨリは目をそらす。
「皆、酷いことはやめて」
マスターであるチヨリの言葉を命令とみなし、人型アンドロイド達はゾロゾロとリアナから離れた。
チヨリは言葉を選ぶように、リアナに語り出した。
「リアナさん、この子達にも、意思のようなものはあるんです。僕はアンドロイドには詳しくないけど、人間と同じくらいの知能があるって聞いてます。それがたとえ作られたものでも、確かに存在するんです」
「何をおっしゃって、るのか、わかりかねますわ」
リアナは痛みに顔を歪めながら、答えた。
「あなたの、お父様だって、中に、温かいものは、ありませんのよ。ただの、冷たい、金属が、つまっているのよ」
チヨリは悲しそうに目を細めた。
ソファに座ったままの、父に寄り添う。
「父さんはアンドロイドだったけれど、確かに僕の父さんだった。僕をここまで育ててくれた、色んなことを教えてくれた、ずっと側に、いてくれたんだ」
チヨリは父の身体を撫でる。いつものように、元気になって欲しいと願いながら。
しかし、父はいつものように目を覚ましはしなかった。目を閉じたまま、ピクリとも動かない。その身体は怖いほどに冷たい。
「たった一人の、家族、だったんだ」
チヨリの瞳から、ぽたぽたと涙が溢れた。
「う、う」
チヨリは父の身体を抱きしめた。何度も体をさする。
チヨリは予感していた。
もう父が、動かないことを。
「ーーチヨリ」
犬の姿のポーノか、チヨリのそばに寄り添う。心配そうに、まん丸の瞳をチヨリに向けた。二人と一匹は、側から見れば、きょうだいと一匹の家族のようだった。
リアナはその様子を、静かに見ていた。
(たった一人の、家族)
リアナは噛みしめるように、その言葉を心で呟いた。
「ーーわかりましたわ」
リアナは呟く。すがるようにチヨリは彼女を見た。
「実は、その少年型アンドロイドには、ある細工をしましたの。私と、私のアンドロイドの縄をといていただければ、治して、差し上げられますわ」
チヨリの瞳が輝く。
「ほんとう?」
「ええ」
チヨリはリアナに近づく。すかさずポーノがその間に割って入った。
「ダメじゃ! チヨリ! 信じてはならん!」
「ポーノさん?」
「あら、何をおっしゃるの? 治して、差し上げると言ってますのに」
痛みのせいで顔色は悪いが、涼しい表情でリアナは言った。
ポーノが吠える。
「信用ならん! 治す方法があるなら、その口でワシらに伝えれば良いんじゃ」
「あら、口じゃ、説明するのが難しいので、私達が、治すと言ってますのよ」
リアナは微笑む。
「私、あなたが、その少年型アンドロイドを、想う気持ちに感動しましたわ。確かに、アンドロイドにも、人間と同じように、心があるのかもしれません。たった今そこに、それが、見えましたわーー縄を、といてくだされば、必ずあなたの、お父様を治すと、誓いますわ」
チヨリはじ、とリアナを見る。リアナの瞳の奥を見る。嘘をついているようには感じられなかった。
チヨリは、こう言った勘に自信を持っていた。
「わかった、外すよ」
「チヨリ!」
ポーノは叫ぶが、犬の姿では、キャンキャンとチヨリの周りを吠えて駆け回るだけで精一杯だった。
「ごめん、ポーノさん。僕はやっぱり、どうしても、父さんを治して欲しいんだ」
チヨリはまずリアナに近付き、椅子に縛りつけてある縄をといてやった。続いて、男性アンドロイドの縄をほどくため、リアナに背を向けた時だった。
「危ない! チヨリ!」
ポーノの大声にチヨリが振り向くと、リアナに白い犬が体当たりをしていた。
「くっ」
リアナは体勢を崩し膝をつく。見れば、いつ手に取ったのか、折れていない右手には小さなナイフが握られていた。
「な、なんっ」
チヨリは混乱した。自分の勘が外れたことが、信じられなかった。
簡単なことで、父を治したいという気持ちのあまり、チヨリの目は曇っていた。自分に都合の良いものが見えてしまったのだ。
「護身用ですわ」
問いかけるようなチヨリの瞳に、リアナは少々ズレた答えを返した。
「不意打ちは、失敗しましたけれど」
リアナはチラリと赤い舌を出して笑った。手にしていたナイフを投げる。
「彼が相手になりますわ」
チヨリの背後には、たった今縄を緩めてしまった、男性アンドロイドが立っていた。
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