私たちを棄てないで

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私たちを棄てないで

「何が、どうなっとるんだか」  ポーノは戸惑いを隠さずに言う。チヨリも目の前の光景に驚いていたが、父の亡骸を抱きかかえると言った。 「仲違い、したのかな。とりあえず、逃げようよ、ポーノさん」  男性アンドロイドが、リアナを刺し殺してしまった。その理由はわからないが、逃げるチャンスであることは明らかである。  音を立てないように、チヨリとポーノは広間から出口を目指すが、何かに道を阻まれた。 「おっと」  見れば、半壊のアンドロイドの一体だった。元は白く美しい肌の男性アンドロイドだったのだろう。顔は火にかけられたらしく半分焼け焦げ、片腕がなかった。 「あ、ごめん。僕たちもう行くよ。協力ありがとう、通してくれないかな」 「あなたを外へは行かせません」  「は?」  チヨリの怪訝な声にも構わず、アンドロイドは続けた。 「リアナ様が亡くなった今、あなたが私たちのマスターです。ここにいてください、チヨリ様」 「えっ」  チヨリが視線を泳がすと、半壊のアンドロイド達に囲まれていた。 「チヨリ、命令するんじゃ。マスターの言うことなら聞くはず」  ポーノの言葉にチヨリは頷く。 「う、うん。そこをどいて!」  命令しても、アンドロイドは出口へと続く唯一のドアを塞ぐように立ち続けている。 「ど、どういうこと?」 「チヨリ様、アンドロイドはこのように作られています。第一に人間(マスター)の命を守る、第二に人間(マスター)の命令には服従をしなければならない、第三に自分の身を守らなければならない。順番はそのまま優先度を表します」 「そんなのワシでも知っとるわい。こら! お前らはマスターの命令に従わんといけんだろ! さっさとそこをどかんかい」  アンドロイドがギロリと、瞳孔の開いた目でポーノを見下ろした。 「黙れ犬畜生が。私たちは第一の原則を守るためならば、他の二つは守らなんでも良いのだ。何にしても優先するのは、マスターの命だ」  ポーノも負けじと牙を剥く。 「何言ってるの。そこをどくと何故チヨリに命の危険が及ぶと言うの! 言ってごらんしゃい!」  アンドロイドは、慈愛を込めた表情でチヨリを見つめた。 「ーーここにいれば、私たちがチヨリ様をお守りします。衣食住の世話をいたします。母にも父にも友にも恋人にもなれます。肉体的だけでなく精神的にもあなたを充足させましょう。しかし、外の世界はどうでしょう。そんな犬ころと共に、生きていけると言えますか?」 「何を」  ポーノが目を丸め後ずさりをした。アンドロイド達は、チヨリを囲うように近付いてくる。 「私たちは、あなたをお守りします。あなたの為に、ここをどくことは出来ません」  ポーノは舌打ちする。 「こいつら、プログラムを都合よく解釈しておる。あのお嬢ちゃんの魔改造のせいかの。どうするかの、チヨリ」 「ーーごめん」  チヨリはポツリと呟いた。 「ごめん。ここにはいられないし、あなた達を連れて行くこともできない。こんな大所帯、目立ちすぎる。僕は、海の街に行かないといけない。手荒な真似は、したくないんだ」  チヨリはその、金色の瞳でアンドロイドを見た。 「どいてくれ。君たちを壊したくはない」 「何を。私たちにはあなたをお守りする義務がある。怪我をしない程度であれば、拘束もやむを得ませんよ」  アンドロイド達が静かに、チヨリへ近づいてくる。チヨリが手に力を込めた、その時だった。 「ガラクタども」  低音が響く。振り向くと、火のついた棒を持った男性アンドロイドがいた。 「その子から離れろ。さもなくば、燃やすぞ。アンドロイドの体には動きを滑らかにするための潤滑油が入っているはず。それに引火すれば、よく燃えるぞ」  男性アンドロイドは火の棒を、半壊のアンドロイド達に突き出す。アンドロイド達は逃げ出すどころか、男性アンドロイドに近寄ってきた。 「コイツ! 火なんか持ちやがって! さあ、チヨリ様を守るんだ! コイツを抑えろ!」  次々に向かってくるアンドロイド達に、男性アンドロイドは液体をかけた。臭いからすると、油のようだ。 「な。なにを」 「これで、よく燃える」  男性アンドロイドが火の棒を液体に放つと、あっという間に火が広がった。ごうごうと、音がなっているようだ。 「うぎゃぁぁぁぁぉぁ」  リアナにより危険(いたみ)を感じる装置がオンになっていたのだろう。アンドロイド達は断末魔をあげながら火の中に朽ちていった。 「あ、アンドロイドさん!」  チヨリが取り残されている男性アンドロイドに声をかける。彼は、リアナの亡骸を抱えながら火の渦の中にいた。 「あなた」  チヨリは気付いた。男性アンドロイドはマスターであるリアナを刺せるはずがないのだ。  彼は。 「あなた、人間なんですね」  男性アンドロイドは、彼は、青い瞳を丸めた。そして、悲しげに笑った。 「ああ。俺の名はラグロ。この屋敷の本来の跡取り息子さ。すぐに焼けてなくなるがな」 「ラグロさん! 逃げましょう。そこにいては燃えてしまう」 「もう手遅れさ、チヨリ。 最初から何もかもが手遅れだったんだ。 彼女(リアナ)が間違いに気付いて、俺と生きてくれればなんて、とんだ空想だった。 奴が死んだ時点で、彼女も殺してやるべきだった。 彼女は、スペアーー」 「なに!? 聞こえない!」  チヨリの声に、ラグロは顔を上げた。 「逃げろ! 後ろはまだ火が燃え移っていない! 早くそのドアから出口へーー」 「生きている人を、放ってなんていけない!!」  チヨリはそう叫ぶと、その手を炎に向けた。チヨリとラグロの間の炎が、道を作るかのように裂けた。 「君、一体」 「早くして! いつまでもは保たない!」  ラグロは迷った。自分は人を、リアナを殺した。そんな自分が、彼女を追わず、このまま生きるだなんてーー。 『生きて』 「え?」  懐かしい声がする。これは、グランが来る前、二人で暮らした時のような、優しい。 「リアナ」 『さぁ、生きて、ラグロ』  炎の中に、リアナが見える。穏やかな笑みで、ラグロを見つめている。ラグロは頭を振る。手の中のリアナの亡骸を抱く。 「こんなの、俺の都合の良い妄想だ。君は死んだんだ」 『いいじゃない。それでも。人はそれぞれ、自分に都合の良いものを見ているのよ。さぁ、そんな私の抜け殻は置いて』 「でもーー」 「つべこべやっとらんで、生きるなら生きんかい!!」  リアナの幻は消え去り、代わりに少年のような犬の吠え声が聞こえた。ラグロは咄嗟に、リアナの亡骸をその場に置き、炎の中の道へ飛び込んだ。そのまま、先に向かってかけた。後ろは振り返らなかった。
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