ティータイム

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ティータイム

 メインの肉料理の後は、デザートが出てきた。冷たくて甘い、アイスクリームというものだ。チヨリは初めて食べた。口に入れた瞬間溶けてしまうので、バケツ一杯食べられるとチヨリは思った。  食後にはお茶が出て来た。 「コーヒーだと眠れなくなってしまいますでしょう? これは特別な茶葉が入っていて、リラックスしてよく眠れますのよ」  たしかに変わった匂いがする。チヨリは苦手だと思った。 「そうなんですね」  一口飲むと、リアナが目を離した隙に父のカップに入れた。少なめに入っていたため大丈夫だと思ったが、カップのフチ並々になってしまった。 (不自然かな) 「ところで、チヨリさん」 「は、はい!」 (父さんのカップにお茶を入れたこと、バレたかな)  リアナは優雅にお茶に口をつけると、言葉を続けた。 「お父様、全くお食事をとっていらっしゃらないようですけれど、どうかしまして?」 「え?」  チヨリは父を見る。父の前には手つかずの料理が並んでいた。チヨリにとってはいつもの光景なので、気にとめていなかった。 「ああ、父は人前で食事しないのです」 「食事を、しない」  リアナは興味深そうに言葉を繰り返す。 「はい。あとで食べてはいるんですよ? ただ人がいると、食べないんです」 「ーーそうですか」  リアナは納得したようだ。微笑んでも見える。  父はチヨリの前では食事を摂らないが、たまに食料が減っていたので、いつのまにか食べているのだとチヨリは思っていた。  リアナは男性アンドロイドを呼び、テーブルの上のものを片付けさせた。父の分の皿も下げられてしまった。 (ああ、後で父さん食べたかもしれないのに。まぁいいか。2、3日食べなくとも、父さん平気だし) 「あの、チヨリさん?」 「はい」  リアナは緋色の瞳で、チヨリを見据えた。 「あなたはどうして、ーー魔力アンドロイドを父と呼んでいらっしゃるのかしら?」 「ーーは?」  チヨリは、失礼も構わず思い切り顔を歪めた。すぐに取り繕うように笑う。 「はは、何をおっしゃっているのですか。父は人間ですよ」 「あなたこそ、何をおっしゃるの、チヨリさん。一目見た時から思っていましたが、食事を摂らないのを見て確信しましたわ」  リアナは形の良い、長い指で父をさした。 「あなたのお父様にしては、若過ぎる」  父は静かに席を立った。チヨリもそれにならう。  チヨリの身長は現在150センチ程度。歳は12歳だ。  父の身長は、それと同じくらいか低いくらいだった。顔つきもチヨリと同い歳くらいの少年のそれだった。 「父さんはーー、父さんです。赤ん坊の頃から面倒を見てくれた。確かに見た目に歳は取りませんが、それは大人だから。成長期でないから」  チヨリは戸惑いながら思い付くことを口にした。父は静かに、手でチヨリを制した。 「リアナさん、食事ありがとうございました。我々はこれで失礼いたします」  父は言うと、頭を下げた。 「あら? 泊まっていかれないの?」 「ええ。大丈夫です。チヨリ、行こう」  チヨリも目の前の女性が不気味に見えて来た。上品に見えていたその笑みも、今は酷く恐ろしい。 「う、うん、父さん。すみません、リアナ様、これでーー」 「馬もないのに、森の中を歩くのは危険ですわ」  リアナは変わらず笑みを絶やさずに言う。チヨリは、ぞっとした。 「ど、どうしてーー、アーノルドがいなくなったことを知っているの?」 「あら?」  リアナは目を見開いて輝かせた。 「さっき、食べちゃったじゃない? 美味しかった?」  ちろり、リアナは真っ赤な舌を出した。  チヨリは意味がわからずしばらくぽかんとしたが、理解するというワナワナと体が震え出した。 「あ、アーノに、何したの?」 「荷車と一緒にありましたから、あちらも商品かと思いまして。生きたまま持ってくるなんて斬新ですわ」  チヨリは吐き気がした。我慢できず、その場で嘔吐してしまう。すかさず男性アンドロイドが来て、チヨリにタオルを渡した。チヨリはタオルを受け取り、口を拭くと、そのタオルを捨てるように床へ投げた。  アーノルドを、食べてしまった!! 「あなた、おかしい」  睨みながらチヨリが言うと、リアナは赤い瞳を弧にして笑う。 「怒っていらっしゃるの? そういえば代金をお渡ししてなかったわね」 「いらない。アーノは商品じゃない!」 「そうそう、それ、も頂きたいですわ」  リアナは形の良い指で、父を指した。指の先が真っ赤だ。爪にマニキュアを塗っているらしい。 「ーーは?」 「代金は馬と合わせておいくらかしら? チヨリさんの言い値で買い取りましてよ」  チヨリは後ずさった。 「ふ、ふ、ざけないで。父さんは、家族よ」  リアナはおかしそうに、手を叩いて笑った。下品な笑い方だ。 「その、少年型アンドロイドが? 家族? 父さん? ふざけているのはあなたですわ」  チヨリの前に立ちはだかるように、父が立った。口を開く。 「リアナさん。あなたのおっしゃる通り、私は魔力アンドロイドです。理由があり、この子の父親代わりをしてきました。私のマスターはチヨリです。あなたの所有物になるつもりはないのです。どうか、このまま我々をこの屋敷から出してください」  チヨリは、父の言葉が信じられなかった。  父さんが魔力アンドロイド? 僕がマスター? そんなのおかしい。僕には魔力なんてーー。 「あなた方のおっしゃることはわかりましたわ。魔力アンドロイドを売ってくださらないと言うことですね」 「う、売ったりしない! 食事はその、ご馳走様でした。失礼します!」  チヨリは頭を下げると、父とともに急いで広間を出ようとした。 「残念だわ」  リアナがそう言うと、男性アンドロイドが静かにランプのようなものを持ってきた。リアナが、いつの間にか手に持っていたマッチで火をつける。フワリと、甘いような苦いような不快な匂いが漂った。 「これ、は?」  そこまで口にして、チヨリの体は崩れ落ちた。すかさず父がチヨリの体を支えようとしたが、男性アンドロイドによって遮られた。体格差があり、チヨリのところまで辿り着けない。 「チヨリ!」  父の言葉にも、チヨリは床に倒れたまま反応しない。  リアナは、唄うように言った。 「先ほど飲んでいただいたお茶なのですけど。飲むだけなら夜によく眠れるだけで無害なんです。でも、このお香と合わせると、あら不思議、一生の眠りにつく殺人ティーに早変わりですわ。言うことさえ聞いてくだされば、こんなことしませんでしたのに」  男性アンドロイドは静かに父のリセットボタンを押した。 「シャットダウンいたします」  機械的な声でそう告げ、父は倒れた。
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