ないしょの部屋

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ないしょの部屋

 時は遡り、チヨリ達が客室へ案内されていた頃。広間に戻ったリアナは、ポーノが仕舞われている段ボールを抱えた。 「こんにちは、新しいおもちゃさん」  そう怪しく呟いた。  ポーノが段ボールから出されたところは、豪邸に不似合いな、無機質な金属とコンクリートの壁に囲まれた部屋だった。  目の前には、うっすらと笑みを浮かべたリアナがいた。 「お、お、お嬢さん、何をする気なんじゃ」 「あなたは愛玩用のアンドロイドなのでしょう? 一緒に遊ぶだけですわ」  魔力がなく体が動かないポーノは、目だけでキョロキョロと周りを見渡した。正体不明の薬草の瓶、鉈やノコギリ等の刃物類が所狭しと並べられている。周りには首や足のない人形やぬいぐるみのようなものが散乱していた。 「ようこそ、私のないしょの部屋へ」  リアナは楽しそうにそう言った。 「こ、こんな物騒な部屋で遊ぶんか? も、もっと安全な所が良いんじゃないか? お嬢さんの部屋とか」 「あら、いきなり女性の部屋に行きたいだなんて、紳士でありませんのね、ポーノさん」  リアナは真っ赤な唇の端を上げる。ポーノはそのまあるいつぶらな瞳で、彼女を見上げた。  リアナはポーノの体を鉄のベッドの上に置いていた。静かにその体を探るように触りながら、話し始めた。 「都市伝説の、ようなものですけれども、こんなお話はいかがですか?」  いらないと言っても話すだろうと、ポーノは黙っていた。 「ある老夫婦が娘の孫をある事情で引き取りました。近くに同年代の子がおらず、不憫に思った老夫婦が、友達の代わりに、魔法の使える孫に魔力アンドロイドを買い与えたそうです。孫はアンドロイドと毎日仲良く遊びました。二人は本当の兄弟のようでした。そんなある日、孫が不治の病にかかりました。老夫婦の看病も虚しく、孫は亡くなってしまいました。後には孫の魔力が詰まったアンドロイドだけが残りました。孫が亡くなってから、アンドロイドが孫のような振る舞いをするようになったそうです。まるで、魔力だけでなく記憶も引き継いだかのように。老夫婦は生涯その魔力アンドロイドを可愛がった、そうですわ」  リアナはポーノの様子を伺うかのように見下ろしている。ポーノは、彼女に自分の人格が既に死んでいる人間のそれだと確信されるべきでないと感じた。 「ーーそれは、孫と過ごすうちに、その子の行動パターンをアンドロイドが学習しただけではないかの?」 「そうね、このお話はそうかもしれないわね。でも、犬型魔力アンドロイドのあなたが、少年の声で老人のような話し方をするのはどうしてかしら?」 「わ、わしの飼主もヨボヨボのおじいちゃんだったんじゃ」  ポーノはとっくに気づいていた。美しい銀色の髪に、燃えるような緋の瞳ーーこのお嬢さんはあの軍人同じ容姿をしている。 「知っていますか? ポーノさん。アンドロイドには、自分の身の危険察知のための機能が備わっているのですわ。例えば人間で言う、痛みのような」  ポーノは思う。嫌な予感がする。 「アンドロイドが痛みを感じたとしても、それはプログラムですじゃ」 「そうであっても、そのアンドロイド自身にとってはどうかしら?」  リアナはポーノの体に目当ての物を見つけた。アンドロイドの身の危険お知らせモードの切り替えスイッチだ。アンドロイドは自分の身よりも基本的には人間を優先するようになっているため、そのスイッチは初期設定では切ってある。リアナはスイッチをオンにした。 「それは所詮ただのプログラムなのかしら。それとも、本物の苦痛なのかしら」  リアナは手に怪しげな瓶を持っている。 「お嬢さん、アンドロイドに毒は効かんよ」 「体の中に入れる毒でなくてよ」  ポーノの指摘に、リアナは優しく返した。  リアナはマスクと手袋をしている。白衣も着ていて、なにかの実験を行うかのようだ。  リアナは瓶を開けると、注意深くポーノの体にだけかかるようその雫を垂らした。 「ひえぇっ」  ポーノは動かない体を捻った。  垂らされた部分が燃えるように痛い! 激痛だ!  これはーー。 「こりゃあ、酸、だな」 「ご名答、酸を浴びるのはどんな気持ちかしら?」 「あまり良い気持ちではないのう」  リアナは再び酸を垂らした。 「あででっ」 「やはり垂らした瞬間は痛いのね。アンドロイドは痛みが持続しないのかしら」 「勘弁して、お嬢さん、うぎゃぁ」 「それとも、体の形成が出来ないくらいかければ、危険信号が強くなって、持続的な痛みになるのかしら」 (まずいのう)  ポーノは目の前の女を見上げた。瞳を見開き、はあはあと、息は切れている。興奮しているらしい。  どうにかこの拷問以外に、気をそらさないといけない。 「お嬢さん、どうしてこんなことするんじゃ?」  リアナは酸を垂らそうとしていた手を止めた。 「あら! 私としたことが! 忘れていましたわ。ポーノさんにお聞きしたいことがあって、このお部屋に連れてきましたのに」  リアナは酸の入った瓶の蓋を閉めて、近くの机に置いた。 「この間私の双子の兄が行方不明になりまして。数日前遺体で発見されましたの。街の外の森の中の、空き地に埋められてましたわ」  死んだ? おそらくあの軍人だろうか。ポーノを殺した。  いっちゃんは無事だろうか。いっちゃんを守ろうとして、アーノがあの軍人をーー。  ポーノは犬の姿でそんなことを考えた。 「兄の遺体がすぐに見つかったのは、ひとえに私と双子だから、ですわ」  ふふふ、リアナは笑う。 「昔から兄とは、常にではありませんが、感覚が繋がることがありましたわ。人生の大事な時、ですわね。だから、すぐに分かりましたわ。あの日、家に帰らなかった兄が亡くなったことはーー」  
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