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リアナの双子の兄の話
リアナは語り始めた。
リアナの双子の兄は、昔から頭が良かった。
双子の母は、二人が8歳の頃に死んだ。父親のことは知らない。
母は兄が殺したのだ。リアナは知っていた。
「馬鹿な母親は邪魔だ。俺達を産んでくれたことは素晴らしいけれど、それだけだ」
兄はそうよく言っていたから、母が死んだ時彼が殺したのだと、リアナは思ったし実際そうだった。
美しい母は、男性を惹きつける能力には長けていた。寄生するように、様々な男の元を双子を連れ渡り歩いた。母は男を見る目はなく、大抵ロクでもない奴ばかりであった。兄はいっそ自分たちを置いて行ってくれたらと思っていたようだが、母は双子を手放さなかった。
愛されていた、とリアナは思う。
美しく、心優しい母は、ひたすらに頭が足りなかった。愛する子供を守るためには、男に頼り生きていくしかなかったのだ。
そんな母の姿を、兄が酷く冷えた、紅い瞳で見ていたことをリアナは覚えている。
母はある朝、兄の作ったスープを飲んでその日に死んだ。グラン、ありがとう。そう言って、涙を溜めて、やっと見つけた働き先へ出かけた。その当時珍しく男性の元にはおらず、家族三人だけで住む部屋を見つけていた。母も、男性に頼りきった生活から抜け出さなくてはいけないと思っていたのだろう。リアナ達のために。
そして、帰らなかった。発見された時には、道端で冷たくなっていた。フラついて、荷車を引く馬にけられたらしかった。
「本当に、申し訳ない」
そう言って、馬に乗っていた老夫婦は双子を引き取って、丘の上の屋敷へ連れ帰ってくれた。真っ白で、ステキなお屋敷だった。
老夫婦には、跡継ぎがいなかった。双子を養子にしてくれた。
幸せで穏やかな生活だった。老夫婦は優しく、大切に双子を育てた。
母が死んだことで、何もかもが上手くいったのだ。
兄さんが、母さんを殺したの?
恐ろしいけれど、確信している疑問は、心の奥に仕舞い込んだ。
「リアナは俺のスペアだから。だから生かしといてあげるんだよ」
兄にほおを撫でられながら、リアナはそう囁かれたことがある。つまらない質問をして、兄に捨てられたくない。
私も、殺される。
リアナはそう思っていた。
双子はC市内にある学校に通い始めた。学校に入り、始めに行ったことが魔力の検査だ。特殊な黒い石を使う検査は、白、赤、青、黄、色なしの五段階だ。兄は色なし、リアナはほのかに黄色づいた。
「訓練すれば、魔法が使えるかもしれない」
先生にそう言われ、喜んだリアナだったが、学校から帰ると兄からこう告げられた。
「魔法が使えるやつは、馬鹿だ」
静かな声だった。冷たさだけがあった。リアナは戸惑いながら、後ろに立つ兄を振り返った。揃いの紅い瞳が、彼女を捉えていた。
「魔法が使えるやつは、馬鹿だ。あの女も馬鹿だった。そうだろう? リアナ。俺たちは、使う側に回らなくては」
美しい母は、内緒よ、と、少しだけ魔法を見せてくれた。風を吹かして洗濯物を早く乾かしたり、料理の際の火力を強めるために使ったりと、その程度だった。また、客を取るためにも使っていたようだ。母の色香を高め、彼女を魅力的に見せた。
当時はよくわかっていなかったが、思い返せば、母は娼婦であった。
「あの女は、男達に言われるがまま魔法を使っていた。俺たちはそうじゃない。使われる魔力などないのだから、俺たちは奴らを使う側だ」
兄はそう言うと、リアナの隣を通り自室へ去っていった。魔力がないのは、兄さんだけよ、リアナは寸前のところで飲み込んだ。
私も、殺される。
母は馬鹿だから、殺された。
私は、そうじゃない。
「リアナは俺のスペアだから。もう学校に通う必要はないよ。俺が学んだことを、そのまま教えてあげる」
兄は優しく微笑んで、そう告げた。老夫婦にバレないよう、リアナは学校に通うふりをしながら、こっそり屋敷に戻り兄の『ないしょの部屋』で過ごした。
「スペア」
リアナは小さく囁いた。指で唇をなぞる。
ないしょの部屋は、兄が持ってきたおもちゃだらけだった。リアナはぼんやりと、その一つを手に取り、壁に投げつけた。ぐちゃりと、嫌な音がして壁が赤く染まる。
スペア、だから。
魔力など、持っていない。
学校を卒業し、軍学校へ入る兄の代わりに、屋敷に残った。兄の代わりに、老夫婦を殺した。
兄は鼻が効く。薬学に長けていた。兄のように鼻は効かなかったが、リアナも知識は同じくらい身につけた。
兄は森に行っては、見かけは美しい毒のある植物をつんできて、庭に植えた。足腰が衰え、外にあまり出られなくなった老夫婦は喜んでいた。
その中の一つに、神経毒を持つものがあった。兄は軍学校に入る前に、それで老夫婦の『お薬』を作った。
「最近二人の具合が良くないだろう? 介護には金がかかる。これを、毎日の食事に少し混ぜてやってくれ。あまり大量に入れてはいけないよ、毒だから」
そう言って、兄は軍学校のある首都へと旅立った。
老夫婦は兄の入学を、泣いて喜んだ。自慢の孫だと、リアナに笑顔で話した。
「最近、よく目が見えないの」
おじいさんの方は、食事に入れ始めてから一週間ほどで死んだ。おばあさんはしぶとくて、なかなか死ななかった。最後は目が見えなくなり、リアナは甲斐甲斐しく世話をした。
「ありがとう、リアナ。あなた達のような孫が出来て、私たち夫婦は幸せだったわ。本当にありがとう」
おばあさんに感謝されるたび、リアナは気が狂いそうになった。
(私は兄さんのスペア。兄さんならこれくらいのことで、思いとどまったりしない。私は兄さんのスペア)
リアナはそう、頭の中で繰り返した。まるで、呪いの言葉のように。
食事に毒を入れ始めて、三ヶ月が過ぎた。ある朝、いつものようにリアナがおばあさんを起こしに行くと、冷たくなっていた。そして二度と起きなかった。
その時頭の中でパチンと音がして、リアナは兄と自分が同じものになったと分かった。そして、兄と感覚が繋がるようになった。
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