スペアのリアナ

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スペアのリアナ

「おじいさんとおばあさんは、(わたくし)がこの部屋に運んで解体しましたわ。それから、庭の畑に埋めました。ちょうどその頃、戦争が始まってC市の都市機能も低下しましたから、老夫婦がいなくなって怪しまれることはなかったですわ」  リアナは楽しそうに話し続けていた。ポーノは返事もせず、呆気にとられ黙って聞いていた。彼女の話す内容は、決して笑顔でするものではなかった。 「この部屋も、元々兄のものでしたの。勉強用にと老夫婦がリフォームしました。実験も行うからと、こんな作りに。それに、防音でしてよ。兄はよく、気に入らない相手を殺してここで解体してました。私もたまに手伝わされました。ーー今では、私が使っているんです」  リアナは唇をなぞる。 「当然ですわ。私は兄のスペア、ですもの」  ふふふ、口元を歪める。 「兄が帰ってきたのは先月のことです。何でも、逃亡した軍事用の魔力アンドロイドを追ってきたとか。兄は魔力と名のつくものは嫌ってましたから、見つけても軍に報告せず壊すつもりでしたでしょうね」  ポーノは違和感を覚えた。  魔力を嫌っていた? しかし、あの男は、魔力を持ついっちゃんに執心のようじゃったーー。首だけのワシの抜け殻が、見ておった。  言わない方が賢明だと知りながら、ポーノは口にしてしまった。 「お兄さんは、魔力が嫌いなのではなく、焦がれていたんじゃないかのう。ないものねだりというか、手に入らないから憎んだというか。きっと、少しでも魔力を持っているあなたや母親のことか羨ましかったことだろうと、思うよ。ワシは」  リアナはす、とポーノを見下ろした。酸が入った瓶をしまうと、ペンチを持ってきた。ポーノの、本物そっくりに作られた犬の爪にペンチを当たる。 「まさか。兄は使う側の人間です。魔力はいわば、頭の悪い人間の持つものです。そんなものに、兄が焦がれる訳がありません」  リアナは言いながら、なんてことないように、ポーノの爪をペンチで剥いだ。 「はぎゃぁぁぁぉ」  ポーノは悶えた。瞬間、激しい痛みが指先を襲い、そして消えた。やはり、痛みは持続しないようだ。 「痛いのう、お嬢さん」 「そうですか? 一本ずつ大事に行きますから、安心してください。ポーノさん、では質問です。ポーノさんを殺したのは、兄ではないですか? 軍人に殺されたって言ってましたよね」 「どうかのう。わからんのう。名前はわからんし、あだだだだだ」  リアナはポーノの爪を剥いだ。血は出ないが、本物そっくりの爪が床に転がる。 「兄の名前はグランです。名乗っていませんでしたか?」 「殺す相手に名乗らんじゃろう。ぎぃやぁぁぁぁ」 「確かにそうですね。でも私は、あなたを殺したのが兄だと確信しています。そして、兄を殺したのがあなたの知り合いであると」  ポーノは、まぁるい目で、リアナを見上げた。 「お嬢さん、やはりあなたには魔力の才があるようだ。あなたは無意識のうちに、お兄さんに自分の魔力を預けていたのだよ。だから、何となくでも、彼の辿ったものが、わかるのだ」  リアナの口の端が、片方だけ上がる。 「そんな訳ありませんわ。兄に魔力がないのだもの。スペアの私にもありませんわ。私はスペアとして、兄を殺した人物に復讐しませんといけませんの。さ、あなたがおっしゃっていたいっちゃんとは、どのような人物かしら? 性別は? 年齢は? 髪型は? 瞳の色は? 身長は?」  ポーノは、哀れように、目を細めた。 「お嬢さん、あなたがあなたの兄を殺した人物に復讐したいのは、スペアだからではない。お兄さんが唯一の肉親だったからではないのかね?」  一瞬、紅い瞳が揺らいだ。 「ーーそんな気持ちは持ち合わせていませんわ。やめてくださる?」 「いや、あなたはお兄さんと同じになろうとしていたようだけれど、あなたはお兄さんと同じでない。同じ瞳の色をしているけれど、その奥は全然違う。全くの別人じゃよ」  リアナはぽかんとポーノを見下ろした。可愛らしい顔をした、白い犬だった。 「な、何をーー」 ーコンコン。  ノックの音がした。控えめに、金属製のドアが開けられる。 「ーーリアナ様、お食事の準備が出来ました」  男性アンドロイドだった。リアナは彼に名前をつけていなかった。 「今行くわ」  リアナはポーノを抱えると、床に投げつけた。 「キャンッ」  ポーノは悲鳴をあげた。 「続きは食事の後にしましょう。では、御機嫌よう」  そう言って、リアナは部屋から去った。灯りも消され、真っ暗な部屋の中で、ポーノは途方にくれた。  それが数時間前のことである。扉が開き灯りが見えたと思うと、男性アンドロイドが何かを部屋に置いていった。  それは気絶したチヨリだった。  
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