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晩餐会
チヨリ達は客用の寝室に案内された。
「夕食の準備ができましたらお呼びしますわ。それまでどうぞお寛ぎくださいませ」
リアナはそう言うと去っていった。
部屋は白を基調としていた。客様の寝室など普段は使わないだろうに、塵ひとつ見当たらず清潔だ。
(綺麗すぎて、落ち着かない)
チヨリはそわそわしながら、部屋で過ごした。父は馬の様子を見に行くと言って、外に出た。
暇を持て余したチヨリは、屋敷の中を散歩し始めた。廊下も白く、部屋に入るための扉もドアノブ以外は白い。そう言えば、外観も白だったなとチヨリは思い出す。
ふと、廊下の一番端のドアが気になった。そこだけ、無機質な金属でできた扉だったのだ。
(何だろう)
勝手に入るわけにもいかないので、チヨリはチラチラとそのドアの方を見ていた。隙間でもあれば、少しでも中が見えないかと思った。
(どうしてだろう、何か、嫌な感じがする部屋だな)
不吉な、これは嗅いだことのある、におい。例えば、森の中で、獣に囲まれてしまった時のような。
(死の、気配?)
まさかね、チヨリはドアに背を向け元来た道を歩く。もしかしたら、あの部屋は台所に繋がっていて、肉の解体場なのかもしれない。だから、死の気配がするのかも。
チヨリは久しぶりに食べられるであろう肉のことを考えて、よだれが出てきた。
部屋に戻り荷物の整理をしていると、控えめなノックの音が聞こえる。ドアを開けると、背の高い男性が立っていた。チヨリは思わず声を出しそうになった。ああ、これがアンドロイドか。
彼は何の感情もない顔で、こう言った。
「お待たせいたしました、チヨリ様、ご夕食の準備ができましたので、お越しください」
夕食は昼間に案内されたところと同じ広間に準備された。ポーノはいつの間にか移動させられたらしく、段ボールごといなくなっていた。チヨリは最後に見たポーノの、恨めしく睨む視線を思い出す。
(気にすることない。だって、あれはただのアンドロイドだもの。老人みたいな話し方してあの店の主だって言っていたけれど、そういう設定なんだろう)
チヨリが席に着くと、父も外から戻ってきたらしく隣に座った。
「アーノルドの様子はどうだった?」
アーノルドは馬の名前だ。チヨリの問いに父は神妙な面持ちで、囁くように言った。
「手綱が外れてしまったらしく、逃げてしまったようなんだ。敷地内も、屋敷の外も探したんだが、見つからなかった」
馬は移動手段として重要で高価だ。アーノルドはお婆ちゃんという歳だが、まだまだ現役で旅を続けられた。
「そんな! どうするの?」
馬を失えば、荷台を運ぶ事も困難だ。
「今日の売り上げで、明日の朝一で馬を見繕ってこよう。これだけの街だ。馬くらい売っているだろう」
慌てるチヨリに対して、父は落ち着いて答える。
「そう、そうだね。それしかないね」
チヨリは首を傾げた。
「でも、おかしい。アーノは手綱が外れたところで、逃げるような子でないのに」
チヨリは違和感を持ち始めていた。静かに、でも確実に。
「お待たせいたしました」
そこへ、リアナが真紅のワンピース姿で現れた。瞳と同じ色の生地が、彼女の白い肌によく映える。リアナは優雅にチヨリ達の向かいに座る。
途端にチヨリは自分の格好がみすぼらしいように思えた。いつも着ているベージュのシャツに紺色のズボンだ。
「お綺麗ですね」
チヨリの言葉にリアナは微笑んだ。
「ありがとう、チヨリさんにも衣装をお貸ししましょうか? チヨリさんは顔立ちがとても可愛らしいし、きっと似合いますわ」
「いや、僕は」
チヨリは言葉を滲ませ、曖昧に笑った。
先ほどと同じ男性アンドロイドが飲み物を運んで来る。
「お父様はお酒はお飲みになる?」
「いえ、父は飲みません」
黙っている父の代わりに、チヨリが答えた。
「そう」
男性アンドロイドによって、チヨリと父のグラスにはペリエが注がれた。リアナ自身はワインを飲むらしい。
「乾杯しましょう」
グラスを高らかに掲げ、乾杯した。
まず前菜が何品か運ばれて来た。チマチマとした食事で、元は何の食材か分からないが美味しい。
次にスープが運ばれて来た。透き通っていて、何かの肉が入っている。薄味だがダシが効いている。
そこまで食べ終えると、リアナは待ちきれない様子でチヨリを見据えた。
「さ、チヨリさん。そろそろ旅のお話が聞きたいわ」
ワインのせいか、リアナは頰を上気させチヨリを見つめる。その様子が艶かしく、チヨリはどきりとした。
「え、と。そうですね。僕自身の実体験など大したことありませんから、こんな話は如何でしょうか」
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