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- 男と女の居ない世界。 -
紅みがかった教室の窓辺で、日直の二人の影が揺らめく。短髪で筋肉質な人影が、向かいに座る人影のまっすぐに伸びた長い髪を触りながら、ポツリと呟いた。
「……お前って、女みたいだよな」
「え? どしたのいきなり……ていうか、『女』ってなに?」
キョトンとした顔を見て、直也は優しく口を開く。
「これはもうすぐ授業で習うことなんだけど……今から千年くらい前、人類には『男』と『女』の二種類が居たんだ。『男』は力持ちで度胸がないといけなくて、『女』は器用で慎ましくなきゃいけない。『男』だけが長髪にしたりスカートを履いたりするのが良くないって言われて、『女』は『男』に付き従うのが普通。『男』は仕事して働いて、『女』は家事や育児をする、って分担してたらしいよ」
「へー……てことは生まれた時に自分の在るべき姿が大体決まっちゃうんだね、大変そう」
真実は日誌を書く手を止めずに答える。
「男と女で求められる姿が違うなんて面白いよね」
「じゃあ僕はその時代だったら男と女どっちだったんだろう?」
「んー……真実は綺麗な長い髪だから、女じゃない?」
「じゃあ直也は力持ちだから男かなぁー」
「そういえば、男女は一人称も別で、僕や俺なら『男』、私やうちなら『女』だったらしいよ。そうすると私は女じゃない?」
「確かに、僕より直也のが字綺麗だしね」
「あ、でも直也は男で、真実は女に付ける名前っぽかったかも」
「結局どっちよ」
思わず吹き出した真実につられて、直也も笑みをこぼす。
「しかも、付き合ったり結婚したりするのは何故か男女じゃなきゃいけないらしいんだ。同性を好きになることはありえないとされていて、初めにそういう人が生まれた時は迫害の対象になったらしいよ」
それを聞いた瞬間、真実人物のペンが止まる。
「えー! じゃあ好きになる人も予め決められてるの⁈」
「うん。だから女が付き合っている時に女友達と仲良くしてるのは良いけど、男友達と仲良くしたり、ましてや二人で遊ぼうものなら浮気、って言われちゃうんだって」
「同性は良くて異性はダメなの? 同じ友達なのに?」
「その時代はそうだったらしいよ。多分原因としては、当時の人間の身体は男女でないと子供を作ることが出来なかったからだと思うけど……」
それを聞いて、それまで興味津々だった真実は少し目を伏せる。
「じゃあもし同性同士で好き合って結ばれても、その人との子供はできないんだね……」
「……そうだね」
その立場を自分に置き換えて考えてみたのか、直也も声のトーンを落とす。
「……僕、今の時代に生まれてよかった」
数秒の間のあと、ポツポツと真実が語り出した。
「付き合ってる時に七海とは話せて智和とは話しちゃダメ、とかなったら悲しいし……何より、もしその時代に居て、僕と直也の性別が一緒だとしたら……こうやって付き合えない、なんて辛すぎるもん」
その言葉に、少し直也の頬が紅くなる。
「私もだよ……ずっと一緒にいようね、真実」
「うん、約束だよ、直也」
その時、五時を告げるチャイムが教室に鳴り響いた。
「やっば、もうこんな時間か」
「早く日誌出して帰ろっか」
誰も居なくなった校舎から、手を繋いで歩く二人の長い影が見えた。
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