忘却の夜

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「ごめん」  僕はそう言って隣に座った。 「待ってたのに」  かえでは再び同じセリフを吐く。木枯らしの後押しはなかったが、僕は口から言葉を絞り出す。かえでに聞きたいことが山ほどあるのだ。 「かえでの家ってさ。どこだっけ?」  かえでは不思議そうな顔をして 「え? 元町の団地だけど……」 と言った。  やっぱり――。僕は胸に穴が開き、木枯らしが抜けたのを感じる。  僕がさっきかえでの家、元町の団地を訪れた時のある憶測が確証に変わった。人気はなく雑草が生い茂ったそこは既に廃墟と化していた。この遊園地と同じように街から忘れ去られた空間。そんな場所にかえでは住んでいる。正確には住んでいた。かえでは、神名かえではもうここにはいない。僕が小学生の時どこか遠くの街に引っ越していた。目の前にいる涙目の女の子は僕が反芻し続けた末、まるで意志持つかのように動くようになったかえでのイメージだった。彼女が学校に行けなかったのも、無視されていたのも、僕に縋るようになったのも、僕をずっと好きでいるのも、全部僕の頭の中のイメージだったからなんだ。
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