別室にて

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別室にて

案内人のひげ面の老人。 彼はもう1人、はげた男と話していた。 「裁判長、山崎拓海はどうしたものでしょう?あからさまにこの判決に不服な様子を見せていますが、、」 「動じるな、彼が何を思おうが我々の知った事ではない」 裁判長と呼ばれているはげた男は、彼が暴れている事など気にも止めない様子で、反省部屋にでも入れておけ、と案内人に命じた。 だが、今の暴れまくっている彼をどうやって移動しろというのか?ーーそもそもそんな部屋は一体、どこにあると言うのか? この世界でずいぶんと長く暮らしているが、反省部屋になど行った事がない。 その部屋の場所が分からないのだ。 しかし、刻が来たら行き場所がわかるようになる。少なくとも案内人にだけはーーそれがこの世界だ。 今は時が来るのを待つしかないが、反省部屋がどんなところなのか?見るのが楽しみだ。 しばらくして、時が来たようだ。 案内人が拓海を連れ向かうために、道に咲いている花や、草などが光を放ち、その場所を教えてくれる。 暴れすぎて眠っている拓海を、案内人は軽々と抱えて彼を移動させる。 だが、彼は目覚めなかった。 人一人を抱えているのにも関わらず、案内人は重そうな顔をしていない。 案内人の背後から声がした。女の声のようだった。 「ーー大丈夫ですか?お手伝いしましょうか?」 一瞬顔をあげると、女が笑っていた。 「そんなに重たくないので大丈夫です」 そう答えてから初めて女の顔をちゃんと見た。 彼女はまだ20才そこそこにしか見えない。若い女がこの世界に来る事は珍しい。 驚きを隠せなかったが、案内人はすかさず、彼女に名刺を差し出した。 ーー私、この世界の案内をさせていただいております。すぐに戻りますので、しばらくここでお待ちください。 案内人は頭を軽く下げて先を急いだ。何度見ても何もない世界だ。 細い道を100メートルくらい進んですぐ右に曲がるとそれは存在した。 ーー反省部屋。 そう書かれている。今まで何度となくこの道を通ったはずだが、こんな部屋は見た事がない。 恐らく彼のために作られた部屋なんだろう。 ガラス張りの戸に仕切られた小さな部屋だ。 案内人は軽く室内を見回すが、何も起こらない。こんな普通の部屋で何をどう反省させるのだろうか? 不思議に思いながら、彼をその部屋に入れると外から鍵をかけた。 案内人は次の場所に行かねばならなかった。 例の若い女の子が待っている場所へと急いだ。 その場所に立ち尽くしていた彼女の背中に言った。 「お待たせしました」 振り返ると彼女は言った。 「ーーここはどこですか?これまでいた世界ではないですよね?」 彼女は笑っている。 「この世界は現世と死後の世界ーーその中間地点に存在しています。なので、あなたは今半分死んでいます」 そう説明しながら案内人は口の端を持ち上げた。 「そっか、私半分死んでるんだ」 顔色一つも変えずに、アッサリと自らの死を認め、彼女も笑った。ーーこんな人は初めてだ。 ーーあなたは「死」が怖いとは思わないんですか? 案内人は聞いた。 これは単なる興味心だった。 「別に?どーせいつかは死ぬんだし、、」 平気な顔で彼女は答えた。 その場を軽い空気が支配した。 本来ならば「死にたくない」とゆう思いで、重たい空気に変わるものなのに、、。 「それじゃ行きましょうか?」 そう言われ、案内人の方がキョトンとしている。 「案内、、してくれるんでしょ?」 不思議そうな顔で、彼女は案内人を見つめた。 「そうでしたね!それでは参りましょう」 そこから歩いても、数分のところに生死裁判を受ける為の法廷があった。 二人はゆっくりと歩き始めた。 「この世界はホントに何もないですねぇ」 歩きながら彼女はそうぼやいている。 「この世界についての説明をします」 案内人が言った。 「あなたにはこれから、生きるか、死ぬかを決める裁判を受けて頂きます」 「裁判かぁ、、ちょっと緊張するなぁ、、」 相変わらず呑気な子である。 小粒の雨が降り始めたのと、ほぼ同じタイミングで、二人は目的地に到着した。 「あなたの名前は?」 今更であるが、彼女の名前を聞きそびれていた。 「え?私ですか?」 「はい」 「土屋ゆう気と言います。ちなみにまだ25才です」 聞いてもいないのに、年齢まで話してくれた。 「さようですか。あなたが行くべき場所にご案内します」 振り返り、案内人はゆう気の目を見て諭すように穏やかな口調で言った。 「この世界ではウソなどつかないようにしてくださいね」 「大丈夫ですよ」 余裕そうにゆう気は答える。 303と書かれた部屋の前。 案内人が振り向いて言った。 「この部屋があなたの行くべき場所になります」と促して、軽く会釈すると案内人は歩いてどこかに消えた。 静かにそのドアを開けると、不思議そうに室内を見回した。 「ーーへぇ、これが裁判部屋なんだ」 興味津々な様子である。 証言台に立ち「宣誓」なんて言ってふざけている。それを見ていた案内人が呟く。 「ーーこんな子、、初めてだ」と。 「それでは初めましょうか?ーーあなたの未来を決める裁判を」 案内人が言う。 「はいはい」 相変わらず彼女はおちゃらけている。 ここに来るまでの道のりと一緒の軽々しい空気が漂っている。 これから裁判が始まるとは、とても思えない。 ーー宣誓書を読み上げなさい。 「宣誓、私はこの裁判の中でウソをつかない事を誓います」 ーーでは、あなたの名前、生年月日を記入してください。 ゆう気はペンを取り、記入した。 土屋ゆう気、20××年7月3日。 ーーここに来た日を言ってください。 「ここに来たのは、、いつだろ?わかんない場合はどうしたらいいですか?」 ーー分からなかったらいいです。それでは次の質問に進みましょう。 ーーあなたにとって大切なものは何ですか? 「大切なものはありません」 ーーそれでは、今後どのようにしたいですか?生きていたいですか?それともー? 「別にどちらでも、、」 ーーでは、あなたにとって未来は光ですか?それとも闇ですか? 「考えた事もないですね。漠然と生きてきただけなので、、」 ーー最後の質問です。 「あなたにとっての罪はなんですか?」 「私にとっての罪は、私を殺そうとした事です。ーーだから、私は今ここにいるんですけどね」 「わかりました。ーーこれでゆう気さんの生死裁判は終わります。判決が出るまでしばらくお待ちください」 案内人は軽く会釈をして、その部屋を後にした。 しばらくして、また案内人が顔を出す。 何の準備もいらないまま、急に判決を告げられるのだろうか? 案内人が軽く頭を下げる。 「ーー判決を言い渡します。では、土屋ゆう気様、証言台へ」 証言台の前に立つと、彼女は頭を下げた。 「それでは判決です。ーーあなたは「生」です。もう一度生きて、今度は同じ過ちを繰り返さないでくださいね」 「はい」 彼女は案内人の顔をジッと見つめ、問いかけた。ーーなぜ、私はまだ生きなければならないのか?と。 ーーあなたはこの世界でウソをついていた。 本来ならばそれが咎められ、死へと向かうはずでした。だが、あなたはまだ若いーーウソをつきすぎた理由にも納得がいく。だからこそ、あなたはもう一度生きるべきだと言う事になったのです。 それ以上の話は出来なかった。 私が求めていなかった結果が出てしまった今、もーどうする事も出来ないのだ。 ーー生きるしかない、、生きるしか、、。 「生きる」その言葉がゆう気の心に重くのしかかっていく。 そもそも生きていたくなかったから、死を選んだのに、また生かされたらまるで意味がない。 ーーそれでは参りましょう。あなたの行くべき場所にご案内します。 案内人が言った。 どこをどう歩いたのか?よくわからない。 目印と呼べるものがないせいもあるんだろう。 しばらく歩いていると、2手に枝分かれした道にたどり着いた。 ーー土屋さんはこちらへどうぞ。 案内人が右手の道に進むように促しているが、ゆう気は案内人の言葉に逆らって、左の道へ進んでいく。 「待ちなさい。それ以上行ってはいけません」 案内人がそう言うのも聞かず、全速力でゆう気は走って行った。 ゆう気の事はしばらく好きにさせておく事にして、案内人は反省部屋に閉じ込められている拓海の様子を見に行った。 その部屋は四方が、ガラス張りになっている。外から丸見えだ。 至るところを張らした拓海は座り込んでいた。まるで虫に刺されたように見える。 上方から声が聞こえる。 「ーーそろそろいいだろう。出してやれ」と裁判長の声だ。 案内人は拓海を出そうとして、部屋に入ると目の端に何か黒い影が見えた気がした。 室内に入り彼を抱え、外に出ようとした瞬間だ。案内人は頬に微かなうずきを感じた。 ーーハチだ。 どこから沸いてきたのか?わからないが、その部屋に数10匹のハチが沸いてきている。 案内人も数分のうちに10箇所は、軽く刺されてしまった。 もっとも痛みはほとんどないが、、。 彼も同じようにハチに襲われていたんだろう。 反省部屋ではハチに襲われるとゆう仕組みの様だ。 何とか彼を抱えて、案内人が室外に出るとその部屋は消滅した。 それを確認して、再び彼を裁判所に連れていく。案内人はその途中でーー大丈夫ですか?と彼に声をかけながら、、。 立つこともままならない様な状態の拓海をそこに座らせる。裁判長の声が言うーー彼をしばらく休ませてから、次の場所へと連れていくようにー。 案内人はそれに従う。 そして現世での数十分が過ぎた頃、彼は案内人に導かれ、死への道を歩いていた。 2手に別れた道を左手に進んでいくと彼はストンと下に落ちていった。 その間、わずか数秒間だった。 まるで落とし穴に落ちていくようだ。 こうして山崎拓海は死への世界に落ちていった。 ゆう気ーー。 一方、土屋ゆう気は、左手の道をもうダッシュで走り続けていた。 進んでも進んでも終わりが見えないーー疲れてきた。 動悸、息切れがすごい。 ぜーぜーしながら、ゆう気は足を止めた。 あたりを見回す。 ーーここは? そう案内人に右に行けと言われた道の入り口に立っていた。全速力で走っていたのは夢ではなく、事実だと乱れた呼吸が教えてくれている。 なのに、どうやら私は元の道に戻ってきてしまっているようだ。 ーーあなたはこちら側にしか進めません。 案内人は冷ややかな目で、彼女に伝えた。 諦めたように、彼女は言われた通り、右に歩いていった。 そして彼女は息を吹き返す。 ーー大介。 どれくらい眠っていたのだろうか? 目を覚ますと、大介は白い壁に四方を囲まれた部屋にいた。 先程までの何もかもが、現実味のないもののように思えた。 「鈴木大介さんーーですね?」 白衣を着た看護師が顔色を伺うように覗き込んでいた。 「ーーここは?」 「病院ですよ。一時期は心配停止状態になって大変だったんですよ。でも、顔色もいいし、もう大丈夫ですよ!良かったですね」 白衣の彼女は笑う。 彼女の色白の顔に陽が当たり、輝いて見えた。 生きている事が嬉しくて、涙が溢れ出す。でもーー。 目を開けたら一番に会うと思ってた相手の彼女はここにいなかった。 ゆう気ーーどうしたんだろ? 「あのっ」 僕は看護師の彼女を呼び止めた。 「ーー来てませんか?僕の、、彼女」 「そうですね、、来て、、ないと思いますよ」 「ーーあの、、この部屋ってケータイの使用は出来ますか?」 「この部屋は大丈夫ですよ!、、ですが、、」 「え?何ですか?」 「あなた、過労で倒れて病院に担ぎ込まれたんだけど、、倒れた場所が悪くて、ケータイがこんなふうにーー」 言いにくそうにしていた理由がわかった。 看護師の彼女が見せたそれは、もはやケータイとは呼べないほど、ぐしゃぐしゃになっていた。 「僕はどこで倒れたんですか?」 「それがね、道路の真ん中で倒れて、それを見たドライバーさんがあなたを助けてくれたのよ。でも、ケータイまでは気がつかなかったみたいで、、」 看護師は救急隊から聞いたすべてを彼に伝えた。 ーーそうなのか。 ガックリと大介は肩を落とした。 ーー僕の選んだ道は間違っていたのだろうか?あのまま僕が死ぬ事を彼女も望んでいたとでも言うのだろうか? この世界に戻ってきて、僕は急に一人ぼっちになってしまったような気がした。 ずっと僕のそばには彼女がいて、当たり前だと思ってたのにーー。 ーー拓海。回想。 案内人の話によると、人の人生にはそれぞれの人生毎にビデオが回されている。 生死裁判を行う事が出来るこの世界でだけ、それを見る事が出来るらしい。 それもこの世界で、案内人の彼か、裁判長しか見る事が出来ないものだと言う。 そのビデオには拓海のそれまでの人生すべてが写し出されている。 「うーむ」 唸るような声をあげ、顎に手を添えて、案内人はそのビデオを見つめていた。 「山崎拓海」とビデオテープに張られている。 彼は幼い頃に、父親からの虐待を受けていたようだ。肉体的な虐待は毎日のように繰り返され、彼は笑わない少年時代を過ごしていた。 その父と離れ、自らの生活を作ろうとしたのは15になった時のようだ。 「ーーてめぇなんて死んじまえ」 彼は吐き捨てるように家を出た。 それから友人の家に転がり込むようになる。 それから半年が経った頃。 仲の良かったその友人に彼女が出来た事で、友人の家にも拓海は居づらくなっていった。 覚悟を決め、1人での暮らしを始めた頃、拓海の闇とも呼べる問題が起きた。 彼女が出来て、幸せな時間が過ぎていた。だが、その裏で問題は深刻化していた。 まだ3ヶ月だった。 土屋ゆう気と付き合い始めて、、。 「自動車の免許を取るから」とゆう理由で、彼女がサラ金からお金を借りると言う。保証人になって欲しいと頼まれて、保証人になったのが原因だった。 彼女が作った借金の取り立てに追われるハメになる。それも彼女が行方をくらまさなければ、味わう事のない地獄だった。 それからの拓海は、人を人とも思わない冷酷な人間へと変貌していく。 「ーー裁判長、この辺からですね。彼の罪は、、。」 案内人がそう言うと、裁判長がそれからの画像を覗き込む。 これから数えきれない程の罪が暴かれていく。 障害事件12件、そのうち3件が殺人、強盗1件、強制猥褻2件。 ーーよくもまぁ、これだけの罪をおかしていながら、平然と罪はないなどと嘘をつけたものだ。 ーー裁判長、この男どうしますか? 「ふーむ。面白い、、これだけの罪はなかなかおかせるものではないが、そのすべてが現世で事件化されていないのはなぜか?」 この世界の権力者である裁判長はそこに興味を持ったようである。 画面にうつるすべてを、真剣な眼差しで見つめている。 ーービデオ画面にて。 ここはどこだろうか? 画面に写っているのは、どこかの小さな部屋だった。小綺麗にかたついている。 しかし一体誰の部屋なんだろうか? そんな時、1人の女が写し出された。 恐らく拓海の近くにいるんだろう。案内人にはその女の顔に見覚えがあった。 土屋ゆう気と言う女だ。間違いない。ビデオの中の彼女は怯えているようだ。 「おい、俺を覚えてるだろ?」 怒鳴るような拓海の声。 「忘れる事なんて出来ねーだろ。人の人生、ぼろぼろにしやがってーー」 なんだか流れがよく掴めないが、、彼らは今喧嘩をしているようだ。 「あの時はごめんなさい」 謝っているのは、今この世界で裁判を受けている土屋ゆう気だ。 「謝罪なんていらない。俺はお前が消えた事で何年苦しんできたと思ってるんだ」 「ごめんなさい」 彼の言う事はもっともである。 払えるはずのない高額な借金をして、私は自分だけ逃げてしまったのだから。 そのすべてを彼に押し付けたのだから、殺されても仕方ない。ーーそれくらいの覚悟はしていたはずだ。しかし、私は生きる事だけを願っていた。 「金の事は忘れてやる。その代わり、俺とまた生きてほしい」 「ごめんなさい。私はもうあなたとは暮らせないーー」 「なぜだ?」 「私はもうあなたみたいに、すべてを暴力でなんとかしようとする人とは暮らせない。だから、許してほしいとは言わない。私の事は忘れてほしい」 これは拓海のビデオに写っていた罪のうちの一部だ。日常的にDVをしていた挙げ句、彼女に借金を作られ逃げられてしまったが、彼はどうやら、彼女の事を思い続けてたのだろう。 すれ違い様に彼女と再開し軟禁した。その時の映像のようだった。 お互いに非があるけれど、、この時の拓海は自分の罪を認めようとはしていない。 謝り続けているゆう気を、許そうとする気持ちをまったく持ち合わせていない拓海は、強引な手段に出た。 彼女の気持ちを取り戻すためにー。 「ふざけんなよ、勝手に借金してそれから自分だけ逃げてーー俺に支払わせて、、。 何も言わずに消えたと思ったら、好きな人が出来ただと?勝手な事ばかり言いやがって、、」 感情のままに、拓海はゆう気を殴った。 彼女が壁に叩きつけられる程の力だった。 「ーー今回は私が悪いかもしれない。でも、何もなくても、あなたはいつでも暴力で、思い通りにしようとするじゃないーーそれがイヤなの。もー耐えられない」 黙って彼女が荷物を持ち、部屋を出ようとした時「ごめん」と、拓海の小さな声がした。 振り替えると、拓海がハッとした表情をしている。ーー俺は何て事を、、。 初めはそう思ったはずだ。しかし、月日を重ねる毎に、悪い事をしてしまった、と言う意識は消え、当たり前のようにそれを繰り返してしまっていた。 毎回同じーーもう俺には俺を止められなくなっていた。 「ーーごめん」 土下座して、深く頭を下げる。 誠心誠意で謝ったはずだ。 ーーでも、もう彼女と一緒にはいられない。 「金の事はもういいよ。慰謝料にしておいてくれーー殴ってしまったこと、本当にすまなかった、、」 俺は彼女から離れる事に決めた。 しかし離れてしまうといとおしくて、忘れられないのだろうがーーもう、出会ったばかりの頃には戻れない。
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