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バレバレなんですがそれは
「ねえねえ」
夏の日差しも熱い日曜日、生徒達だけで集まったテニスコート。
ネットを張る作業の傍ら、女子部員が男子部員に呟く。
「あの二人付き合ってるんだよね?」
ネットを挟んだ男子が目配せする。
「黙っとけよ。本人達ばれてないと思ってるんだからさ」
「そんな事言ったってさ、こんな事になっちゃってどうするんだろねあの二人」
ネット越しの男子が大袈裟に首を竦めて見せた。
「幾ら負け続けだからって女子なんぞには負けねーから」
言って男子部部長野上信也は目の前の女子部部長伊勢美香に向かって中指を突き出して見せる。
いつもなら放課後の帰り道、人目を忍んで手を握りに来る信也の指を乱暴に捻じ曲げる美香。
「いでででで!」
悲鳴を上げる信也に向かって唇を突き出して美香が反撃する。
「そんなセリフは勝ってから言いなさいよ!」
事の起こりは些細な行き違い。
合同練習を終えた後片づけの最中、何の気なしに女子部員が発したセリフが男子部員のコンプレックスに火を点けてしまったのだ。
「女子の方が部員も多いんだし、コートもう少し使いたいよね」
この意見に別の女子がのっかってしまった。
「だよねえ、どうせ男子は大会に出ても…」
皆まで言わなかったのは女子のやさしさだったのだが。
実際、男子部のヘタレぶりには顧問も痛し痒しだったのだ。
レギュラー争いの絶えない女子部に対して、団体戦に参加できる人数を確保するだけで精一杯の男子部。競争の全く起こらない部活に男子部員のモチベーションも滾る訳もなく、ギラギラした女子部の練習に比しておままごとと揶揄されるのも致し方ない男子部の練習の穏やかさ。
まるでそれぞれの部長の性格がそのまま出たような部の雰囲気だ。
「部員の手前俺だって言わなきゃならないのは分かるだろう?」
放課後の帰り道、多くの生徒達が使う表通りを避けて、わざわざ距離の長い裏通りを通うようになった美香。
一歩下がった位置から語り掛ける信也を振り向いて美香が言う。
「わかるけどさ、あたしだって後輩の手前引けないよ」
「そうだよなあ」
優柔不断な性格そのままの返事に美香が怒ったように左手を信也に向かって伸ばす。
「握るの?握らないの!」
慌てて歩み寄り指を絡めて来る信也に美香はため息をつく。
充分な背丈にそれなりのルックス、テニスの腕もコーチに言わせると県大会クラスらしい。
しかし如何せん性格が穏やか過ぎて勝負師向きではないようだ。
付き合うようになったキッカケも彼から告られたと言う訳でも無く、部長同士頻繁にやり取りを重ねるうちに、いつしか一緒に下校するようになっていた。
指を絡めた信也の手は大きく暖かく、これでもう少ししっかりしていたらあたしももっと寄り掛かれるのに。口の中で呟いて美香はわざと信也に寄り掛かる。
「試合は3試合、勝敗に関わらず3試合で終了とする」
促されて宣言する信也。
女子部部長に促されて動く辺り、既に二人の関係を知っている後輩達にしてみれば失笑物なのだが、後輩と云う者は有難いもので笑いをかみ殺してくれている。
東側に男子、西側に女子が陣取り第1試合の4人がコートに立った。
最近はシングルスが出来たが、ソフトテニスはダブルスが基本。
球拾いの為コートの周囲に張り巡らされたフェンス際に立った女子1年生が隣の男子に語り掛ける。
「伊勢部長と野上部長、もうどこまで進んだのかな?」
「そんな事知るかよ!」
顔を赤らめる男子部員に女子部員は思う。今年も男子は一回戦負けだなと。
試合は予想にたがわず、いや予想通りにと言うべきか一勝一敗で最終戦になだれこんだ。
「部長!」
2年生の男子部員が立ち上がって男女が睨み合うベンチの中央に立って両部長に向かって言い募る。
「今日のこの戦いはいわば男子部、女子部それぞれのプライドを掛けた戦いだと存じます!」
ここで何故か両陣営からやんやの拍手。
「最終戦は是非に両キャプテンの一騎打ちで締めくくっていただきます様この場を借りてお願いする所存です!」
大仰な男子の言い分に歓声が上がる。
「い、いや、さすがにそれはハンデがあり過ぎじゃ…」
中腰の信也に対してすっくと立ち上がった美香が宣言する。
「いいわ、あんたらのヘタレぶり思い知らせてあげるわ」
美香の宣言に沸き立つ女子。
呼応するように拳を突き上げる男子。
「いいのか」
ネットを挟んだ美香に、ベンチに聞こえないよう小声で問う信也。
対して美香がベンチに聞こえる様大きな声で返す。
「いっつもいっつも攻めが甘くて遅れをとってるあんたには負けないから!」
続けて小声で。
「自分からは手も握れない癖に…」
「いい度胸だ!その高慢ちきな鼻へし折ってやる」
怒鳴り返す信也の姿に球拾いの女子が隣の男子に問う。
「ねえ、あの二人何言ってんの?」
「知らねえけど、ああいうののろけって言うんじゃねえの?」
「フーン」
まだ一年生の二人には理解し難かったようだ。
長身から繰り出す信也のサーブは唸りを上げてネットを越えたがサービスエリアを大きく越えてエンドライン間際で跳ねる。
「フォルト!」審判のコールが轟く。
カバーを掛けたラケットで口元を隠した女子が男子陣営に問いかける。
「もう少し上手に外せないもんかなあ」
カバーで遮っているのでコート内の二人には聞こえない。
口の前にタオルをかざした男子が答える。
「無茶言うなよ、狙って外すって入れる以上に難しいぞ」
どうもコート上の二人と、コート外の男女のこの試合の意義が大きくずれているようだ。
球威の落ちたセカンドサーブを鋭く返した美香は信也の上げたロブを容赦なくコートに叩きつける。
信也を睨みつけるその眼光には別の意味も含まれているようだ。
サービス権が移動して美香がサービスラインに立つ。
推薦で選ばれるだけ有る美香は伸びやかな体躯も含めて実力も折り紙付き。
後ろで束ねた長い黒髪を揺らして放ったサーブは綺麗な弧を描いて信也の直前で跳ねる。
充分な体勢から打ち返した信也の強打はどうした事かネット上端に弾かれて信也側のコート上にポトリ。
「完全に気圧されてるよな野上部長」
見守る男子部員のぼやきに女子部員が続ける。
「あんなんじゃ将来尻に敷かれるの見え見えだね」
「旦那があんなんじゃ伊勢部長も可哀そう」
コート内の二人を他所に何故か深く頷くベンチの男女だった。
ミスを連発する信也のプレイの所為で互角のまま進む試合に、別の意味で盛り上がっている部員達を他所にコート上の美香はイライラを募らせていた。
抉れた男女の部員達の気を静めるために、善戦及ばず男子に敗れるというシナリオを描いていて、信也も当然その気持ちはわかっているものと思っていたのだ。
なのに予想以上の信也のミスの連続。
堪り兼ねた美香が最終ゲームを残して審判にタイムを要請。
タイムを要請しながらベンチに向かわずネットに向かう美香に、応じるようにネットに近ずく信也。
深刻そうな二人の様子に周囲の生徒達のざわめきも鎮まる。
ネットを挟んだ二人は手を上げれば触れ合わんばかりの距離。
長身の信也の顔を窺うように下から見上げた美香の唇が動き、信也の表情を歪ませる。
「違うんだ。嘘じゃない。わざとやってるんじゃない」
小声で、それでも一生懸命、振り絞るように語る信也の言葉。
「自分でもわかんねーけど、ボールに向かう度にいろんなことが頭よぎってさ」
「こんな時に」
咎める美香の言葉に信也は項垂れる。
「こんな事でさ」
黙って様子を窺っていた女子部員が、コート上の二人に気を遣いつつ男子に話しかける。
「二人の間にひびが入らなきゃいいんだけど」
答えず無言で見つめる男子の視線の先。
伊勢美香女子部部長の縋る様な視線に野上男子部部長が短く一言だけ答えた。
「ファイナルゲーム、サービス野上!」
審判のコールに大きく振りかぶる信也。
天も打てよとばかりに伸び上がった信也のラケットから放たれたサーブに美香は一歩も動けない。
見ていた男子部員も目を見張る弾丸サーブ。
「イン!」
鋭いコールと共にサービスエリアを指差す審判のコールになぜか美香の表情は満面の笑み。
「ゲームセット!ウォンバイ野上!」
歩み寄り笑顔で手を握る二人の部長の姿に男子が女子に尋ねる。
「美香先輩と信也先輩何話してたんかな?」相変わらずカバーを掛けたままのラケットで口元を隠したままの女子が答える。
「わかんないの?万が一にも美香先輩が勝っちゃったりしたら…」
「まあ、そうだわな」
わかったのかわかっていないのかあいまいな男子の返事に溜息をつきながら女子が呟く。
「なんにせよ、あの二人これからは隠れずに手を繋いで歩けるよね」
先輩達がコートを後にするのを確かめて歩き出した一年女子が隣の男子に問う。
「結局今日の勝敗どっちの勝ちなの?」
一年男子がドヤ顔で答える。
「ラブゲームに勝ち負けなんかあるかよ」
用法としては大間違いだが指摘するのも大人げ有るまい。
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