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2 少女と少年
ドワーフだって? ロックは、ますます混乱してきた。
「だってドワーフってのは、こう……」
ひげが、と言いかけてロックは、妙な話だと自分で思った。そもそもドワーフが本当にこの世にいるのか、分からないのに。だが目の前の少女が人間だとも思えなかった。ガーネットと名乗る少女は、言った。
「ひげは男よ。ヒトだってそうじゃないの。ずんぐりしてるのも男だけ。ヒトの話に出てくるドワーフは男だけみたいね」
たしかに、動物にも、おすとめすで見た目が全然ちがうものは、たくさんいる。彼女は続けた。
「そんなことより、かまわないわね? その奥がいいわ。かくれるから、木箱で見えないようにするの手伝って! 中身は水晶かしら。だれか来ても知らんぷりするの。かんたんよね?」
少女ガーネットは寄ってきて、まくしたてた。近くで見ると彼女の頭の大きさは、手足が長い分なのか、ロックの半分くらいしかないように思われた。
それにしても、追われているのは、何か悪いことをしたからじゃないか? 本当にうわさのドワーフならなおさら、何かたくらみがあるんじゃないか……?
けれど、なぜだろう、めちゃくちゃなことを言われているのに、ロックは彼女を助ける方に、気持ちがかたむきかけていた。彼女を好きになってしまったのだろうか。いや、いつもの自分なら、まだまだあれこれ迷っているはず……。何か、頭がぼうっとするのだ。
「ほら、岩みたいに固まってないで! 動けるでしょ?」
そういうガーネットの右手には、いつの間にか、たまご大の水晶玉がにぎられている。それはピンク色で、ロックは今までにそんな種類の水晶玉は見たことがなかった。それがぼんやり光っている。ロックは、ろうそくを床に置いて、木箱に手をかけていた。なんとなく、言うことを聞いてあげてもいいような、そんな気持ちになっている……。
ガチャバーンッ!
ドアがふたたび開いた。おとなの男が二人入ってくる。制服姿の城の兵士だ。
「魔女め! もうにがさんぞ。おとなしく城へ来い!」
すごい迫力で兵士の一人が剣を突き出す。ロックは思わずあとずさりしたが、ガーネットは下がらず、言い放った。
「だれが行くもんか! 出てって! あたしは何もしてない!」
彼女はピンクの水晶玉をかかげた。さっきよりも強い光を放っている。
「効かねえ効かねえ!」
もう一人の大柄の兵士が、後ろで左右の手に、大きな紫の水晶玉をにぎりしめていた。紫水晶はお守りの水晶だ。両者の間で、何か力のせめぎあいがあるらしいことは、何もできずに見ているロックにも分かった。ガーネットの表情が苦しくなっている。
彼女は空いている左手を、腰のふくろへ伸ばした。その瞬間、兵士の剣が、少女の右手をすばやくはらった。
ガツーン……。
地下倉庫の地面に、ピンク色の水晶玉が落ちた。
「次は手首を落とす。いやならへたな動きはしないことだ。この、うすぎたない魔女め」
そう言った兵士の声と表情は、心の底から相手をにくんでいるかのようだった。ロックは、たまらず口をはさんだ。
「えっと、兵士さん、そんなひどい言い方……。いったいこの子、何をしたっていうんですか」
剣を持った兵士は、後ろの兵士にあごで合図をしてから、ロックに答えた。
「国に害をなす輩は、すべてその報いを受けるのだ。かくまう者も同罪だ」
言い終わるやいなや、大柄の兵士がロックに突進してきて、紫水晶をにぎったままの手で彼の顔をなぐった。
ドゴッ!
ロックは床にあおむけにたおれた。彼の体の横に、先ほどのピンク色の水晶玉が転がっている。
「やめて! なんてことするのよ! あの子は何もしてない! なんにも言わないうちに、あんたたちが来たんだから!」
ガーネットはうそをついた。ロックを助けるためだろう。おまけに、ロックと大男の間に割って入ろうとした。
「動くなと言ったつもりだったのだがな」
剣士の暗く冷たい声がひびいた。すでにその剣を、少女にねらいを定めてふりかぶっている。
「やめろ!」
ロックがさけんだ。と同時に、目もくらむようなはげしい光が地下室を満たした。神秘的なピンク色の光だ。それは床にいるロックの手の中から出ている。たたき落とされたガーネットの水晶玉を、思わずつかんでいたのだ。
兵士たちの動きは、止まっていた。ロックは立ち上がって、水晶玉をにぎったまま、腕をふり回して彼らに言い放った。
「武器をすてろ。すぐにここから出ていって、二度と、この子にかまうんじゃない!」
なぜこんなに強気で命令できたのか、自分でもおどろいた。が、さらにおどろいたことに、兵士二人はだまって剣を床に放り投げ、ゆっくりと後ろを向くと、気だるそうに地下倉庫から出ていった。
これは、いったい……。
「すごいわ、あんた! やったわ! 助かった! ぶたれたとこ、大丈夫?」
ガーネットが目をうるませながら言った。体は大したことはない。それよりもロックは、頭が疑問でいっぱいで、何を言ったらいいのか分からない。
ガーネットはロックの手をつかみ、水晶玉を見つめた。ピンク色の光はいつの間にか、おさまっていた。
「この玉、ちょっと欠けちゃってる。落とされたせいだわ。なのに、あんなに強い術をかけられるなんて。ちょっと焼きもち焼くくらいだわ」
彼女の言い方が気になって、ロックは、ようやく口を開いた。
「術……? ひょっとしてあいつらは、魔法の力で退散したっていうこと? それも、やったのは、ぼく?」
「もちろんそうよ。水晶術。ローズクォーツは心を動かすことができる。知らないでやったの?」
「ローズクォーツ?」
「紅水晶のこと」
紅水晶というのはこのピンクの水晶のことだろう。それは分かるが、ロックは水晶玉の店で働いていて、こんな色のものは見たことがなかったし、あんな力を持つ水晶玉があることも知らなかった。そして、自分に水晶玉があつかえることも知らなかった。
あれ? ということは、とロックは思った。
「きみはここに入ってきた時、この水晶の魔法の力で、ぼくに、むりやり手助けさせようとしてた、ってこと?」
ガーネットはロックの手から水晶玉を取り上げて、にんまりと笑った。
「そういうこと。ごめんなさいね。でもありがとう。もう行くわ。とりあえず追手は二人減らせたことだし」
「行くって、どこに……」
ロックは聞かずにはいられなかった。ガーネットはもうドアの方を向いていて、肩ごしに言った。
「決まってるわ。家に帰るのよ。ドワーフの家に、ね。ヒトの町はしばらくかんべんだわ。本当に、ただ遊びで見物してただけなのよ?」
強気な少女が、気を落としたように思えた。ドワーフの少女だ。ロックはもう、彼女の言葉をうたがっていなかった。追われることになったのも、何かのまちがいか、見た目がちがうせいだろう。
彼女は一人で出ていこうとしている。仲間がいるとも思えない。ドワーフのすみかが、都の近くにあるとも思えない。乱暴な兵士たちの追跡を、一人でかわせるとも思えない。
今、少女はドアをくぐり、地上に上がる階段に足をかけている。
「ぼくも、行くよ!」
少年がドアにかけ寄り、体を半分外に出して、言った。
「ぼくに、できるなら……」
少女はゆっくりとふり返った。今にも泣き出しそうな表情が、一瞬見えたようだったが、すぐに、きびしい顔と口調になって、言った。
「あんた、分かってるの? さっきみたいなひどい目に、いや、一緒につかまるかもしれないのよ?」
「分かってる、けど……」
放ってはおけなかった。それに、少なくとも都の外に出るまでなら、自分の方が見つかりにくい道を知っていると思ったし、二人の方が、追手に気づきやすいと思った。そして、もしさっきのような水晶の力を自分が使えるなら、彼女の助けになれると思ったのだ。
そういうことをロックが言おうとした矢先に、ガーネットが大げさにため息をついてから、言った。
「じゃあ、いいわ。あんたがそうするって言うなら。ぐずぐずしてるひまもないし。お願いするわ。しばらく、ね」
ロックは急いで倉庫の中にもどってろうそくを消し、かべにかけてあった雨用のマントをつかみ取ると、ふたたび外に出てドアに鍵をかけた。
「あっ。兵士の剣を持っていった方がいいかな」
ロックはガーネットの方に向き直ってから、思いついて言った。が、彼女はちょっと小ばかにしたように笑った。
「むき出しの兵士の剣なんて、目立つじゃないの。武器は水晶玉よ。あたしの予備があるから、わたしとくわ。あんた、名前は?」
ピンクと紫、透明の水晶玉を受け取って、少年が答えた。
「ロック」
「ロックね。使い方は行きながら教えるわ。ところであんた、仕事はいいの?」
「えっ?」
「働いてるんでしょ? 見たもの。あたしの家まで、三日はかかるわよ?」
すっかり頭からぬけていた。このままだと、店長にだまって仕事を休むことになる。
が……、ロックは考えた。ちょうど新年なのだ。ふつうの人は休みになっている。去年は、お客も来ない中、一人で店番をしながら店中の水晶玉をみがかされた。自分だって、たまには休んだっていいはずだ。
それに、さっき追い出した兵士が、そのうち魔法が切れて、ロックの所に来るってことがあるかもしれない。ほとぼりが冷めるまで、ここにはいない方がいい。何より……。
「行くって、決めたから……。じいちゃんが言ってた。男に、二言はない、って」
ドワーフの少女は、少しおどろいたようだったが、すぐに明るく笑って、こう言った。
「あたしのおばあちゃんは言ってたわ。男が強がった時は、女はか弱い役を演じるのよ、って。あたし、できるかしら」
少年も、思わず少し笑った。それからマントをはおり、水晶玉をにぎりしめ、息をひそめて、少女と共に階段を上っていった。
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