8 対決

1/1
38人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

8 対決

 ダーンッ! 「パイライト!」  とびらは開き、ロックがさけんだ。それと同時に、広間の中にいた兵士たちがとびかかってきた。ロックは彼らを次つぎとかわし、大理石の床の上を走った。  広間の奥の方に、パイライト摂政はいた。彼は体を半分入り口の方に向けて、落ち着いた表情でたたずんでいた。その右手には、闇のように黒い水晶玉がにぎられている。ロックたちの予想は当たっていた。あれこそ、命を吸い取りあやつる水晶、モリオンなのだ。  摂政の横にはウレックスがいた。彼は持っていたモリオンの箱をすぐに床に下ろし、剣をかまえた。貴族たちは少しはなれた位置で、顔をこわばらせていた。  ロックは摂政に向かって、走りながら大声で言った。 「その玉をすてろ! 演説もやめるんだ!」  そう言いながらロックは、ローズクォーツをかかげた。が、ロックの命令とほとんど同時に、摂政もモリオンをロックの方に向けていた。ロックのローズクォーツが光った直後、摂政の黒い水晶玉が、紫色の光を放った。  ロックの魔法は、効かなかった。摂政はモリオンを顔の近くに持って、落ち着きはらっているのだ。  ロックはローズクォーツに念じて、一度すばやく左側にとび、横から摂政におそいかかってモリオンをたたき落とそうとした。  が、摂政はとびかかってきたロックをわずかな動きだけでかわし、上からロックの体を打ちつけた。 「うっ……!」  ロックはバランスをくずし、そこをウレックスに取りおさえられてしまった。ウレックスは言った。 「こぞうめ。まさか、もどってくるとはな……! それも、あの魔女と一緒に!」  ロックはすぐに他の兵士たちに取り囲まれた。それと同時に、広間の入り口の方がさわがしくなり、兵士たちがガーネットをつかまえて入ってきた。彼女はわめいていた。 「はなせ! ばか! さわるな! でくのぼうのくせに!」  ロックとガーネットはすぐに持ち物を探られ、水晶玉はすべて調べられて兵士に取られてしまった。ガーネットはさらに猿ぐつわをされ、とびらはふたたび閉じられた。  パイライト摂政は貴族たちと共に、腕組みをしてなりゆきを見ていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。 「これはこれは。いったい、どういうことなのだ? なぜこんな所に子供が。そして、そっちにいるのは、ドワーフの女か? ……まさか、国王陛下のお命を?」  兵士たちがどよめいた。摂政が続けた。 「ドワーフめ。人間の敵、すべてのコリ国民をおびやかす害虫め。あわれな少年の心をまどわし、おとりにして、しのびこんだわけか」  ガーネットは摂政をにらみつけ、体をおさえつける兵士の手に抵抗しながら、うなっていた。ロックはたまらず声を上げた。 「でたらめ言うな! 王様をさしおいて、人の心をあやつって、国を、おびやかそうとしてるのは、摂政、あんただろ。全部分かってるんだ!」  が、ロックが言い終わるを待たず、ウレックスがどなった。 「きさま! 殿下に向かってその口の利き方は!」  彼はロックに手を上げようとした。が、摂政がウレックスに手で合図をして止めた。そして摂政は、モリオンを体の前に出し、言った。彼は黒い水晶玉を、どういうわけか、紫色に光らせていた。 「まったく人聞きの悪いことを。少年よ、何か誤解しているのではないかね? 私はいつも、この国のために、身を粉にして働いているのだよ」  摂政はいかにも残念そうに言ったが、ロックは彼をにらみつけて、言った。 「この国を自分のものにするために、だろ。モリオンで、その黒水晶で、みんなの命を吸い取るんだろ! 今から演説を見る、コリの国の全員の命を!」  周りの兵士たちが動揺しているのが分かった。大半の者は知らなかったようだ。  しかしウレックスは表情を変えず、摂政に何か耳打ちした。摂政は答えた。 「かまわぬ。紫魔法で、おおっておる」  それから摂政は、ざわついている兵士たちに向かって声高に言った。 「みなの者、静まれ! これはドワーフが、私の名誉をおとしめようと仕組んだ罠だ。つきあうでない。それより、周りにまだ仲間がいるかもしれぬ。探せ!」  摂政が言い終わると、ウレックスが指図して、大半の兵たちが外へ出ていった。広間には、貴族と、摂政に常についているらしい、ウレックスら十数人の兵士だけが残った。  ロックは、ガーネットの兄のことが心配になった。別行動をする作戦だったが、すでに最初の予定とはちがってきている。おくれているだけなのか、それとも今ごろもう、つかまってしまっているのか……。  ロックは不安そうにガーネットの顔を見やった。彼女は、がまんをうながすかのように、きびしいまなざしをロックに送った。その時、摂政がふたたびロックに向き直って、言った。 「その様子だと、やはり他に仲間がいるな。しかし、すでにこの広間は紫魔法で守った。仲間がこちらをうかがうことはできぬ。私も安心しておしゃべりができるというわけだ」  そう言うと摂政は、モリオンを持った右手をくるくる回しながら、兵士におさえつけられたロックとガーネットの前を、ゆっくり歩き回って、言った。 「モリオン……、そう言ったか? ドワーフはこれを、そうよんでいたのか。ククク……。ドワーフか……」  摂政は静かに笑いだした。貴族たちも、口もとに笑みをうかべている。摂政は続けた。 「この水晶玉を見られたと分かった時、それも相手がドワーフだと分かった時、正直に言って、あせったよ。うそから出た真、とでも言うべきか……、でっちあげた敵が、私に仕返しをしに現れたのか、とな」  ガーネットがふたたびうなった。やはり、摂政はドワーフのことを何も知らずに、敵あつかいしていたのだ。ロックは聞かずにはいられなかった。 「なんで、ドワーフが本当にいると思ってなかったくせに、ずっと悪く言ってたんだ」  すると摂政は、寒気がするほど不気味な笑みをうかべて、言った。 「民衆はな、信じるのだよ……。『自分たちの暮らしがうまくいかないのは、そこに悪いやつがいるからだ』と、そう言えば、いともかんたんに信じるのだよ。加えて、かがやける未来を語り、世界を変えねばならぬとさけべば、彼らはもう、夢中でよだれをたらしてとびつく。裏で何をしていようと、信頼され続けるのだ」 「ふざけるな!」  ロックがどなった。摂政はずっと国民をだましていたのだ。 「悪いやつは、あんたじゃないか!」  ロックは顔を真っ赤にして怒った。彼は摂政に怒ったのと同時に、そんなうそつきを信じていた自分たちを、とてもくやしく思ったのだ。  が、摂政は、平然として答えた。 「民衆は信じるだけだ。頭の中のまぼろしを信じるだけだ。何もなすことはできぬ。……だが、私はちがう。私ならできる。偉大なことをなしとげられる。民衆は私の言う通りに動きさえすればよいのだ。私のために働き、私のために戦うべきなのだ」  摂政がここまで語った時、ロックは、自分の心臓の音が一段と早くなるのを感じた。彼がモリオンで何をしようとしているのか、人びとの命を吸い取って何をしようとしているのか、それが分かったのだ。ガーネットも目をむいた。  摂政は、声高に続きを語った。 「私が民衆をあやつり、おそれも痛みも知らぬ最強の兵士にしてやる。戦争だ……! 海の向こうのすべての国ぐには、わがコリ国にひれふすのだ!」  広間に摂政の声がひびきわたった。貴族たちは満足そうにうなづき、周りの兵士たちは、みな目をかがやかせていた。はきけを覚えていたのは、ロックとガーネットだけだった。ロックは言った。 「どうかしてる……。そんなの、だめに決まってる。あんたこそ、まぼろしを、頭の中のまぼろしを信じてるだけだ!」  兵士たちが、いっせいにロックをにらんだ。一方で摂政は、おそろしいほど冷たい目でロックを見下ろし、モリオンを突き出して、言った。 「間もなく日が沈む。国民が私を待っている。新たな時代、かがやける未来が始まるのだ。少年よ、お前は一足先に、そこへゆくがよい」  モリオンが黒い光を出し始めた。命を、吸い取られる。ロックの体を、おそろしい影が包みこんだ。  その時、広間のとびらが開き、数人の兵士たちがそうぞうしく入ってきた。 「こら、おとなしくしろ!」 「ガーネット! ロック!」  ロックはふり返れなかったが声で分かった。アルマンディンが、つかまって連れてこられたのだ。  摂政はモリオンの黒い光を止めた。彼も貴族も兵士たちも、男のドワーフを初めて目の当たりにして、その姿をあざわらった。  その瞬間、ロックは自分をつかまえている兵士たちのわき腹に思いっきり頭突きをくらわせ、手をふりほどき、別の兵士が持っていたローズクォーツを真っ先に、次に紫水晶を取り返した。  ロックはすぐに身がまえた。兵士たちがロックに向き直る。しかし、摂政は、ロックを見て笑っていた。 「少年よ、やるではないか。おい、お前たち。そのドワーフの水晶玉は、取り上げたな? 調べて、動いているものは止めよ」  摂政はとびらの所にいる兵士たちに言った。ロックはちらりとアルマンディンの方を見ると、彼はなわでしばられていた。そして、なわを持ちながら水晶玉を調べていたのは、あの、物置きに残した大柄の兵士だった。アルマンディンの金づちを持っている別の兵士もいた。  みたび、とびらが閉められ、摂政はロックに向かって言葉を続けた。 「だれかに見せられては困るからな。おそらくそういう計画だったのであろう? 私が真相を話すところか、あるいは黒水晶で自分がやられるところか? そういった光景を白水晶でとらえ、国民どもに見せつけようとしていたのだろう? ワッハッハッ!」  彼は高らかに笑った。ロックはくちびるをかみ、ガーネットは目をふせた。アルマンディンは、だれにも聞こえない小さな声で、言った。 「すまない、ロック……」  摂政は、両腕をゆっくりと広げると、体をこわばらせているロックに言った。 「他に仲間は、いないな。最後に一つ、遊んでやろう。その水晶玉で、私と戦うのだ。私もこの玉の力を試す、いい機会だ。みなの者、手を出すな」  貴族と兵士たちは、かべぎわに下がった。ガーネットも引っ張られていった。  ロックは、右手にローズクォーツ、左手に紫水晶を持って下げ、少し腰を落としたまま動かずに立っていた。摂政は、右手にモリオンを持ち、目をらんらんとさせて、ロックを見ていた。 「眠れ!」  ロックがローズクォーツをかまえてさけんだ。が、先ほどと同じく、摂政がモリオンを紫色に光らせた。ロックの魔法は、やはり通じなかった。  ロックは続いて右にとんだ、と見せかけて左に切り返し、ふたたび横から摂政におそいかかった。  が、摂政はななめ後ろに大きくはねて、それからものすごい速さでロックに突進していった。おたがいのこぶしが交差しかけて空を切り、二人はすれちがった。  ロックはすぐに敵に向き直った。自分が冷や汗をかいているのが分かる。彼はつぶやいた。 「その力は、ローズクォーツ……」  摂政の持つモリオンは今、ピンク色に光っていた。摂政は、ロックの方に向かってゆっくり歩きながら、言った。 「(べに)色の魔法はドワーフどもが、ひとりじめしていたようだな。だが、それも終わりだ。黒の中にはすべての色が入っている。この玉一つですべてが可能なのだ。見よ!」  すると摂政は突然、モリオンをはげしく明るく光らせた。黄水晶の力だ。ロックは思わず目を閉じてしまった。卑劣なやり方にロックはいっそう怒りを覚えたが、すぐに、影が包みこむあの感覚がおそってきた。今度は命を吸い取る魔法をかけられているのだ。ロックは紫水晶の守りの魔法を全力で放った。 「うわああああ……!」  ロックはさけんだ。目は開けられるようになったが、自分の放つ紫色の強烈な光で、ふたたび目がくらみそうなほどだった。 「むう……、こぞうめ……!」  魔法を放っていた摂政は、そうつぶやくと、黒い光を止めた。それに気づいて、ロックも紫水晶の光を落ち着かせた。 「はぁ、はぁ……」  息を切らしながら、ロックは考えた。命を吸い取る黒い魔法の力はおそろしいが、ロックが守りに力を集中させれば、防ぐことができるようだ。  しかし摂政は、冷ややかな笑みをうかべてロックを見下ろし、言った。 「分かっておらぬようだな。手順が一つ増えただけだということを……!」  摂政は水晶玉をピンク色に光らせ、ロックに突進してきた。ロックもローズクォーツを使い、摂政をよけるように広間をぐるりと走った。  が、摂政の方が動きが速い。ロックはしだいに、広間のすみに向かって追いつめられていった。摂政は笑った。 「ワハハッ! かなうものか! この私と黒水晶の力に!」  ついに、ロックは広間の左奥の角に閉じこめられてしまった。ロックの左の方にはガラス戸があって、その外がバルコニーになっているが、彼はその前にすら出られない。  摂政がゆっくりと、にじりよる。兵士と貴族たちも集まってきた。ガーネットとアルマンディンも連れられてきた。  にげ場はない。が、ロックはまだ、あきらめていなかった。摂政は最後に必ず、ロックにおそいかかってこなければならないからだ。せまい角では、来る方向は限られる。そこを反撃して、モリオンをうばうか壊すかできれば、敵の負けだ。  もしかすると摂政は、また目くらましをしてくるかもしれない。その時は摂政は、今は下げて持っている水晶玉を、こちらに向けるはず……。ロックは、敵の右手にある水晶玉の動きに集中した。  その時突然、何かがロックの顔めがけて飛んできた。鍵だ。それはロックの右目の上に強く当たった。おそらくモリオンの箱の鍵だ。ロックはまたも目を閉じてしまった。摂政が、ロックの注意からはずれた左手で、それをすばやく投げつけたのだ。  ロックはすぐに目を開いた。が、摂政の姿がない。 「上だ!」  アルマンディンがさけんだ。しかしその瞬間、ロックの頭上に、はげしい一撃が加えられた。摂政は宙にとび上がっていたのだ。  ドガッ……!  ロックは床にうつぶせにたおれた。両手の水晶玉は転がり落ち、兵士たちが歓声を上げた。ガーネットは口をふさがれながらも、必死でロックの名をよんだ。 「これで終わりだな」  摂政はそう言って、ロックの頭をふみつけた。ロックは気を失いかけていたが、ふまれた痛みで目を覚ました。そして、声をふりしぼって、言った。 「ひきょう者……! 分かったぞ……。あんたは、おくびょう者なんだ。だから、いつも、きたない手を使う。人をばかにして、自分がえらいと思いこむ。自分の悪いところを見ないで、頭の中のまぼろしを見てる……。政治の失敗だって……」  摂政は足を上げ、そしてふたたび、いきおいをつけてふみおろした。  ガッ! 「だまれ! 子供に何が分かる! 悪いのは民衆だ。身勝手で無気力な民衆だ。だから私が、この玉で言うことを聞かせるのだ。やつらは、どれい(・・・)であるべきなのだ!」  広間に摂政の声がひびいた。すでに日は、沈んでいた。城の中庭では、摂政の演説を待っていた人びとが、ざわつき始めていた。  摂政が続けた。 「聞くがよい。どれいたちが主を待っている。もう行かねばならぬ。さらばだ」  そうして彼はモリオンをロックに向けて、黒く光らせ始めた。  が、ロックは、にやりと笑って、言った。 「聞くのは、あんただよ……。あのさわぎは、楽しみの演説が始まらないから、なのかな……?」  広間の兵士たちも、ざわつき始めた。摂政の表情が、くもった。彼はバルコニーの方をうかがい、モリオンの魔法を止めて、ふり返って兵士たちの顔をきょろきょろと見わたした。彼らの内の何人かは、自分の白水晶を出して見ていた。 「何が起こっておる!」  摂政がどなった。すると、ウレックスがあわただしく摂政の前に進み出てきた。 「で、でん、殿下……」  彼はいかにもうろたえた表情でそう言うと、白水晶を差し出して摂政に見せた。中庭の様子を映しているのが、ロックにも見えたし、声も聞こえてきた。 「どういうこと! 子供じゃないの!」 「摂政様が、まさか!」 「パイライトのやつ、なんてひどいことしやがる」 「どれいだって? 摂政は何を言ってる! 最初の場面から見せてくれ!」  コリ国民が、みな白水晶をのぞきながら、おどろきと疑問と怒りで、大さわぎしていた。  その声は、城の外からバルコニーのガラス戸を通しても聞こえてきたが、すでに身がすくむほどの音量になっていた。三人の貴族たちの顔からは、血の気が引いていた。 「……こいつ!」  摂政がロックをにらみつけ、すぐに彼から足をはなし、足早に広間の中を見回った。広間の中の全員が、今起こっていることを理解した。ここでの様子が、摂政の正体が、白水晶を通して、外の国民に見られているのだ。  いや、全員ではなかった。一人だけ、うつろな目をして、水晶玉を片手にぶら下げたまま、つっ立っている兵士がいた。摂政も気づいた。それは、アルマンディンをつかまえていた、例の大柄の兵士だった。  ガーネットは笑いをこらえていた。これこそ彼女の作戦だったのだ。アルマンディンはロックたちと別れてから、物置き倉庫で、この兵士にローズクォーツの魔法をかけていた。そうしてしんぼう強く言うことを聞かせて、やることを覚えさせたのだ。  アルマンディンは大柄の兵士に、わざと自分をしばらせて、動かしたままの白水晶を持たせ、つかまったふりをして、広間に連れてこさせた。  そして、水晶玉を調べて魔法を止めたふり(・・)をさせて、ここでの光景を、ひそかに、とらえ続けていたのだ。  摂政はその兵士にかけ寄り、どなった。 「きさまっ!」  アルマンディンの後ろに立っていたその男は、びくっと動いて、それから周りをきょろきょろと見わたし、言った。 「あ? おれ……、あれ……?」  摂政はそれにはかまわず、その大柄の兵士の持つ白水晶を、彼の腕ごと持ち上げて、中をのぞいた。映っているのは町の大通りのようだった。城の中庭ほどではないが、多くの人がこちらを見て、さわいでいた。この白水晶と、町の通りの巨大白水晶がつなげられていたのだ。  人びとは、最初は何が映っているのか分からなかっただろう。しかし、しだいに異常が起こっていることに気づき、自分たちの知り合いにこの光景を、白水晶を通して見させたのだ。それが広まった結果が、今の、全コリ国民のさわぎなのだ。  摂政は顔を真っ赤にして大量の汗をかき、歯ぎしりをして、声をふるわせながら言った。 「おのれ……。こんなっ……。かくなる上は……!」  彼はモリオンをかかげ、黒く光らせた。今ならまだ、ほとんどの人がこちらを見ている。警戒されるかもしれないが、今のうちに、国民の命を吸い取ろうというのだ。  ガツン!  ガッシャーン……!  その時、はげしい音がして、モリオンは床にたたきつけられ、くだけ散った。  アルマンディンが、金づちをふり下ろしていた。彼はいつの間にか、なわを引きちぎり、自分の武器を取り返していたのだ。  摂政と貴族と兵士たちは、皮肉にも、まるで魂を吸い取られたかのように、ぼうぜんとして立ちつくしていた。外と兵士たちの白水晶から聞こえてくるさわぎは、今や怒りの声一色になって、広間の空気をふるわせた。  パイライト摂政は、しりもちをついて、へたりこんだ。  広間の中で、例の大柄の兵士だけが、何が起こったのか分からず、あたりを見回していた。アルマンディンは、彼の手から白水晶を取り返し、魔法を止めた。 「一件落着、ね」  ガーネットの声が聞こえた。彼女は猿ぐつわをはずし、兵士の手をはなれて、ロックの体を起こしていた。ロックは、痛む顔をゆがめながら、言った。 「なんとか、ね……」  ガーネットは、ぼろぼろの彼を見て、同情で顔をゆがめた。そして、二人の方にかけ寄ってきたアルマンディンに向かって、口をとがらせて言った。 「お兄ちゃんが、おそいから。もう少し早かったら、ロックがこんなにならなくてもよかったのよ? 『私が民衆をあやつりぃ』とか、ばらしてるとこ、みんなにたっぷり聞かせられたんだから」  アルマンディンは、答えた。 「すまない……。あのでかぶつの物覚えが、悪くて、な」  ロックは、笑った。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!