1 ある夜の出会い

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1 ある夜の出会い

 石だたみの道の上を、たくさんのブーツと馬車が行きかう。三日月が城の向こうに沈もうとしているが、人通りはとだえない。  道に均等に建てられた柱の上に、澄んだオレンジ色の、大きさもオレンジほどの丸いものが乗っている。水晶玉だ。道に面したお店の軒先にも、同じものがいくつもつるしてあって、そのすべてが、内側から、たき火のような暖かい光を放っている。おかげで冬の夜にもかかわらず、人がおおぜい外に出ているのだ。  水晶玉は、人びとの手にもにぎられている。大きさはスモモぐらいで、無色透明か、白くくもったものが多いが、中には紫がかったものもある。いずれにしろ、みんな自分の水晶玉を一所けん命に見つめていて、なでたり話しかけたりしている。  水晶玉には魔法の力が宿っているのだ。オレンジ色の水晶玉は光って周りを温め、紫の水晶玉は持ち主の病気や災いを防いでくれる。無色の水晶玉は白水晶とも言って、その中にさまざまなものの姿を映し出し、音まで聞かせてくれるのだ。見たいもの、知りたいこと、昔の様子、遠くの景色、そして、未来までも。  ここ、コリの国の都の人びとが水晶玉に夢中なのは、そういうわけだ。  けれど、全員というわけではなかった。道行く人びとの間をぬって、荷車を引く小柄な少年がいた。うすよごれたシャツに、ところどころすり切れたズボン。後ろの荷台には、彼の体重よりも重そうな木箱が、ずっしりといくつも積まれている。少年の目は、あかがね色で澄んでいたが、視線は落ち着きなく、人びとの手の中を、つまり水晶玉を追いかけていた。 「ぼくにも、一つあればなぁ……。一番小さいやつでいいんだ」  少年が思わずつぶやいた。彼の名前は、ロック。みんなが当たり前のように水晶玉を持っているのに、彼には買えないのだ。彼は、まずしかった。 「水晶玉があれば……、いつでも先のことが分かる。いろいろ心配しなくてすむし……、自分の将来だって分かるのに」  だれにも聞こえないような小さな声だった。それからため息を一つついて、ロック少年は荷車の向きを変えようとした。荷物の配達の続きだ。働かなければ。  が、行き先とは反対側の道の角に、人だかりができているのが気になった。もっとも、これはいつもの光景だ。おとなが両手でやっとかかえられるほどの、巨大な透明の水晶玉が台座に置かれていて、そこに映っている姿と声に、みんなが注目しているのだ。 「われわれが魔法の水晶の力を見出し、その大いなるめぐみを受けて、およそ百年あまり。われわれのこの水晶の国は、大きな進歩をとげてまいりました!」  水晶玉の中の、五十歳くらいの貴族の男が、正面を向いて声高にしゃべっている。彼は、この巨大な水晶を見ている人たちだけに話しているのではない。手もとの白水晶でも、家の中の白水晶でも、望めば同じ光景を見ることができる。それはつまり、コリの国のほとんどの人が、今の彼の姿を見ているということだった。  男の名はパイライト。この国の摂政(せっしょう)だ。摂政というのは、王様が幼かったり病気だったりする場合に、代わりに国のことを取りしきる役のことだ。コリの国の今の王様もまだ若いので、摂政の役が置かれている。その彼が演説を続けた。 「われわれのこの国は、水晶玉に映し出されるかがやかしい未来を実現するため、常に変化し、前に進んで行かなければなりません。しかしながら、近年この国は、かつてのいきおいを失ってしまっております。国民の中には、苦しい思いをしている者もおられることでしょう」  パイライト摂政は城の中からしゃべっているのだろう。後ろには多くの兵士をたずさえ、声はひびき、威厳があった。そしてここで、彼の表情は、とても険しくなった。 「それらはすべて、原因があるのです。われわれの邪魔をする者たちがいる。進歩をさまたげる者たちが。それは闇にひそむ者ども。すなわち、ドワーフであります!」  ざわめきが、人びとの間に起こった。  ドワーフ……。摂政の演説には、この名がよく出てくる。それはこの国の人なら、だれでも昔話で聞いたことのある名前だ。はなれて演説を聞いていたロックも、頭に彼らの姿を思いうかべた。  背が低く、ずんぐりしていて手足が短く、ひげがもじゃもじゃで、穴をほって暮らすという、人間と妖精の間のような生きもの。それがドワーフだ。が、ふつうの人はドワーフなんて、その目で見たことはなかった。まれに、とても年をとった老人が、子供のころにドワーフと出会った話をして周りに笑われる、というのが、少し前までのお決まりだった。  しかし、摂政の言い方は真剣そのものだし、最近では水晶玉で、どこかのどうくつであやしげな儀式をしている、ドワーフらしき姿を見ることができるらしい。ドワーフは本当にいて、この国に悪さをしているのだろうか……。  ロックがあれこれ想像しているうちに、摂政の演説も終わりにさしかかったようだ。 「今年も残すところ三日となりました。おのおのの水晶玉に映しだされる新たな年は、すばらしい、希望に満ちた、変化の年であるはずです。われわれは、それをかなえられる。未来に向かって、力を合わせて共に進もうではありませんか!」  水晶玉の内と外からわき起こった大きな拍手に包まれて、パイライト摂政はその演説を終えた。  ロックも周りの人たちと同じように拍手をして、それから一人で何気なくつぶやいた。 「今年ももう終わりかぁ。ぼくの来年はどうなるんだろう……。来年こそは、いいことあるといいなぁ……」  ここでロックは、はっと気がついた。配達だ。おくれれば店長にしかられる。彼はあわてて荷車の向きを変えようとしたが、道を歩いている人にぶつかりそうになった。演説を聞き終えて、みんな散らばり始めていたのだ。 「わっ! すみません! あっ! ごめんなさいっ……!」  ロックはよけようとしては別の人にぶつかりかけて、てんてこまいになってしまった。近くにいた人たちは彼にきたない言葉を投げつけ、はなれて見ていた人たちは彼を笑った。  結局だれにもぶつからずにすんだものの、ロックは自分が情けなくなって、ちょっとの間、うつむいて地面を見つめていた。  そうして、なんとか彼が気を取り直して顔を上げたところ、道を行きかう人びとの中に、自分を見つめる視線があることに気がついた。  背たけからして子供のようだが、マントとフードをしっかりとかぶっている。どうも女の子のようだ。その瞳は燃えるように真っ赤で、肌はすき通るように真っ白なのが、フードでかげになっていても分かる。異様だが、美しかった。  その少女はこちらを見て、いたずらっぽく笑ったような気がした。くやしさとはずかしさと、反対に、むやみに強がってみせたいような気持ちが、ロックにわき起こった。胸の音が早くなっているのが自分で分かった。少女はまだこちらを見ている。なぜだろう。なぜぼくを……? そうだ、行って近づいて、聞いてやればいい。  が、彼は荷車を引いて、路地裏の方へと向かっていった。つまり結局、慣れないことはしないで、配達を続けることにしたのだ。歩きだしてから一度ふり返ってみたが、少女の姿は、もう見えなかった。  ロックは、都のはずれの小さな水晶玉屋で、住みこみの下働きをしている。店の建物の一室に住まわせてもらいながら、水晶玉の配達などをして働いているのだ。が、一室と言ってもそれは地下倉庫のことで、ただ商品のかたすみで寝てもいい、というだけだった。その上、賃金はすずめのなみだほどしかもらえなかったし、おまけにここの店長は、ロックが何か失敗をすると(場合によってはしなくても)、すぐに彼をなぐるのだった。  ロックには両親がいなかった。ロックは父親のことは聞いたこともないし、母親はロックを産んでしばらくして亡くなったらしい。彼を育てたのは、母方の祖父だった。  ロックの祖父は、水晶玉作りの職人だった。がんこで、幼いロックが工場の道具をさわろうとするとすごく怒ったが、じっと作業を見ているぶんには許してくれた。  祖父は名人だったと、ロックは思う。彼の水晶玉はまさにかんぺきな球で、ゆがみ一つなかった。もとの水晶に色や模様のあるものは、その個性が最大限にいかされ、どれも唯一無二の魅力と、自由自在の魔法を放つように加工された。玉だけでなく、水晶で動物や人をかたどった彫刻も、それ自体が魔法のように見事だった。すごい、すごい、とロックが目をかがやかせてそれらの作品をほめると、祖父はひげの下の、ふだんは真一文字に結んだ口を、ゆっくりとほころばせるのだった。  けれども、その祖父も二年前に亡くなって、ロックは働かなければならなくなった。  もし祖父が生きていれば、そろそろロックに水晶玉作りの修行をさせてくれる約束だったが、今となっては、かなわない。少年の心には、結局何も教われなかったという思いだけが残っている。しかも、祖父はなぜか水晶玉の魔法を使うことがほとんどなかったため、ロックは玉の使い方すら、ろくに知らないのだ。  以前、ロックが今の店の売り物の水晶玉をさわって、使ってみようとしたことがあった。が、玉が異常な光を発してしばらく止められなくなり、後で店長にひどくなぐられた。それ以来、ロックは仕事で必要な時に、ほんの少ししか、水晶玉にさわっていない。近所の子供たちも、自分の大事な水晶玉を彼にさわらせはしなかった。  さて、夜もふけてきて、ロックはやっと店にもどってきた。寝床である地下倉庫への階段を下りる。へとへとだ。何件もの家に商品の水晶玉を運び、苦手な説明をしたり(ロックはしゃべるのが苦手だ)、取りつけを手伝ったりして、そこでちょっと失敗すれば怒られたりばかにされたりする。帰りは荷車も軽くなるだろうと思うのはまちがいで、お客から不良品や使えなくなった商品を引き取ることもしなければならない。それがまた山のような量なのだ。 「明日はもうちょっと、ましだといいなぁ……。まあ、そう言って、いつも変わらないけど」  ロックはそう口に出してから、ちがうな、と思った。今日は少しだけちがった。あの女の子……。びっくりするほどきれいだった。やっぱり話をしてみればよかった。 「けど、無理だろうな、ぼくには」  でも、もしかして明日も会うことができたら、いや、そんな都合のいいこと起こるわけない、などと、そんなことを考えながら、彼は地下倉庫のドアを開けた。  商品の木箱が列になって積まれている。その奥のかげが、ロックの場所だ。冷たく、何となくじめじめしていて、ろうそくの明かりがなければ昼でも何も見えない。けれど、彼はこの場所が少し好きだった。何百個という水晶玉に囲まれて眠ると考えると、毎晩わくわくするからだ。  今夜は、特にそうだった。ロックはあれこれ考えた末、明日もあの少女に会えることを期待して、眠りにつこうと決めたのだった。  が、少年の考えは裏切られた。  ガチャバダンッ!  ドアが突然、いきおいよく開いて閉まった。何者かが地下室にかけこんできた。鍵はかけたはずだ。ロックは急いでろうそくをかざした。見えたのはマント姿の小柄な……。  少年は息をのんだ。  あの少女だった。  赤い瞳、白い肌。少女は息を切らしていて、フードがぬげている。頭のてっぺん近くで結った髪もまた赤く、波打っていてまるで炎のようだ。マントの前がはだけているので、毛皮を組み合わせたような見慣れない服や、さっきは分からなかった体形も分かった。身長はちびのロックより少し高いくらいだが、手足はずっと長く、すらりとしたおとなの女性を、そのまま小さくしたような姿なのだ。美しいが、同じ人間とは思えなかった。  その少女は、息を切らしながら言った。 「あんたさっきの……。お願いっ、助けて! 追われてるの。あたしをかくまって!」  「……けど、きみはっ、えっと、いったい、えっと……」  ロックはあまりのことに言葉が出てこなかった。が、一番聞きたいことを、少女自身が言ってくれた。 「何者か、って? あたしはドワーフ。名前はガーネットよ」
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