4 秘密の光景

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4 秘密の光景

 何時間たったのだろうか。ロックは、男の声で目を覚ました。 「魔女の小娘め。見ているな? ちょうどいい。こちらも、きさまらを見つけたところだ。こぞうもまだ一緒だったとはな。人間の敵どもめ」  ロックが地面から体を起こすと、ガーネットが白水晶を見ていた。その中には、地下倉庫の時のすごうでの剣士が、森の木を背にして映っている。空は白みかけていた。 「何もしてないって言ってるのに……」  ガーネットはくやしそうに声をもらした。 「とぼけてもむだだぞ。摂政殿下にたかるダニが! おとなしく水晶を手放し、なわにつけ!」  ガーネットは答えず、白水晶の中をにらみつけた。そして、白水晶を持っているのと反対の手をふくろに伸ばし、ローズクォーツを取り出した。剣士が言葉を続けた。 「だんまりか、ドワーフめ。地獄の底まで追ってやる。だがその前に、昨夜の得体の知れない魔法の借りを返してやる。こうだ!」  剣士がさけんだ直後、ガーネットの持つ白水晶が耳ざわりな高い音を放ち始めた。  キリキリキリキリ……。 「まずいわ! やつらに、こんな術が使えるなんて」  ガーネットがあわてだした。ロックには何が起こっているのか分からない。 「敵が、この玉を壊そうとしてるのよ! 対抗してるけど……、くっ!」  分が悪そうなのは明らかで、ロックもそれがどういうことになるか気づいた。追手について知るための、目を一つ失うことになるのだ。二人がはなれて協力することもできなくなる。 「なんとかしなきゃ!」  ロックはそうさけびながら、横からガーネットの持つ白水晶に手をかぶせた。そのとたん、透明の玉が白くはげしい光を放った。  水晶の中の剣士は、うろたえだした。 「なっ……! おのれっ……!」  そして間もなく、キリキリという音が止み、水晶は何も映さなくなって、光もおさまった。 「……あんた、やっぱりすごいわ。逆に相手のを、壊しちゃった……!」  ガーネットが顔を上げ、目を見張ってロックに言った。彼は息を切らしていた。ロック自身も、どうして自分にこんなことができたのかと、おどろいていた。無我夢中で白水晶を守ろうと思っただけなのだ。自分の水晶玉のあつかいは、ガーネットよりまだずっとへたなのに……。  が、それよりもロックは、こちらが受けた被害の方が気になった。 「ガーネット、白水晶は、無事?」  彼女は白水晶を持ち上げて観察し、言った。 「少し、やられたわ。この水晶、中に金色の針みたいなのが少し入ってるでしょ。ルチルって言うんだけど、それが一部、壊されたわ。他のクォーツ、あ、つまり白水晶とのやりとりが、これで、できなくなった」  ロックは肩を落とした。が、ガーネットは平気な様子で続けた。 「しょげるのが早いんだから。大丈夫よ。ものを見ることはできるし、あんたにわたした予備もある。それより、相手の白水晶を壊したんだから! これで追手の力も減るわ。さ、身じたくしましょ」  二人はすぐに出発した。ドワーフのすみかまで、あと二日かかる。空は明るくなってきたが、冬の森の中はいつまでもうす暗く、冷たい空気に満ちていた。  歩きだしてから、ロックは、ある問題に気がついた。朝ごはんだ。彼はもちろん何も持ってきていない。もしガーネットも同じなら、森の中で、どんぐりでも集めなければいけなくなる。  けれど、その必要はなかった。ガーネットはマントの下の背中にもふくろを背負っていて、食べものがかなりたくさん入っていた。節約すれば、なんとか持つだろう。  歩きながら、ロックは手わたされたほし肉をかじった。 「ん……。この肉、大丈夫? ちょっとすっぱいんだけど……」  ガーネットは少しむっとして答えた。 「失礼ね。いたんでなんかないわ。それはオリックのお肉で、もともとそういう味なの。オリックっていうのは、地上の、いのししみたいなけものよ。もっとちゃんと味わってほしいわね。……まあ、もしいやだったら、町でおみやげに買っておいたお菓子もあるけど……」  ロックは、もう一度味をたしかめてみた。  なるほど、そのすっぱさはさわやかで、後からやってくる濃厚なうまみと野性味、あぶらの甘みを引き立てていた。いける、とロックは思った。 「気に入った? ならオリックのチーズもどうぞ!」  そう言ってガーネットは白くて固いチーズを食べさせたが、これもまたおいしかった。くせがなく、舌の上でとろけ、くだもののような甘ずっぱさだった。 「家に着いたら、ちゃんとした料理をごちそうするわね。ドワーフ料理は塩からちがうんだから」  ドワーフの少女はスキップをしながら言った。そんな彼女を見て、ロックは気になっていた疑問の一つを口に出した。 「どうして、ドワーフを悪く言う人間がいるんだろう。ドワーフは外に出ないんだから、だれも会ったこともないし、全然きみらを知らないのに。兵士や摂政は何を言ってるんだろう」  ガーネットは立ち止まってロックの方を向いたが、その顔は、引きつっていた。 「全部、でたらめなのよ。特にあの摂政ってやつ。夢でも見てるんじゃないの。今時あたしたちが、ヒトに何かするわけないじゃない」  国の中心人物を、ドワーフの少女はこきおろした。彼女は続けた。 「水晶だって、ロック、あいつらはドワーフが技をぬすんだって言うけど、ほんとは大昔にドワーフが、ヒトに教えたのよ。未来が見えるなんてのもうそ(・・)だし」  ロックは耳をうたがった。 「水晶玉で、未来も見えるんじゃ、ないの?」 「見えるわけないわ。未来はまだ、ないんだもの。未来を念じて見えるのは、自分の想像や願い、せいぜい予感くらいね」  少年が信じていたものが壊れていく。ロックは自分の未来を知って安心したかったからこそ、水晶玉がほしかったのだ。ガーネットは、ぼうぜんとしかけているロックに、さらに言った。 「うそばっかりなのよ。国が落ち目なのも、あの摂政っておやじが政治に失敗してるからでしょ?  ちょっと調べれば分かることだわ。しかもあたし見たんだから。城の中じゃ、とんでもないぜいたくしてるのよ、あいつ!」  ガーネットが一気にまくしたてた。不満が爆発したのだろう。目になみださえうかべている。  が、ロックは今、とても重要なことを聞いた気がした。 「見た、って、言った? ガーネット、きみ、城の中を、のぞいたの?」  ロックの質問に、ガーネットは顔をしかめたまま答えた。 「そうよ。摂政がなんでドワーフを悪く言うのか知りたくてね。大した手間じゃなかったけど、結局、何も分からなかったわ」  ガーネットは白水晶を使ったのだろうが、ふつうの人間の力では、城の外から中をのぞくことなど、できないはずなのだ。ロックは彼女に言った。 「兵士たちが、……いや、多分摂政が、きみをつかまえようとしてるのは、きみが摂政の、見られたくないとこを見たからじゃないの?」 「ぜいたくしてるとこ? なんでよ。あたしだれにも言うつもりないもの。今、思わずあんたに言っただけよ」  どうやら、ドワーフとは考え方がちがうところが、少しあるようだ。例えのぞいた者に悪気がなくとも、のぞかれた者は気にするのだ。しかし、とロックは考えた。 「城の中のぜいたくくらい、みんなにばれても、ごまかせる気がするな……。ガーネット、他に何を見たか、覚えてる?」 「大したことなかったと思うけど。クォーツに光景が残ってるわ」  ガーネットは白水晶を差し出してロックに見せた。彼女が見たものが、ここにあるというのだ。ロックは緊張の面持ちで、水晶玉をのぞきこんだ。  城の中が映る。窓の外には三日月が見えている。広間の大きなテーブルに、ごうかな料理が山ほど乗っている。席についているのはパイライト摂政と、数人の貴族だ。兵士や召し使いは見当たらなかった。 「長かったが、ようやく飲みごろになった」  摂政が、ワインをいくらか飲んでから言った。彼の顔つきや口調は、ふだんの落ち着いた様子とは別人のようで、どこかゆがんで、ざらついたものを感じさせた。  彼の言葉を聞いた貴族たちの動きが止まり、やがて一人が、身を乗り出した。 「すると、できたわけですな」  摂政はにんまり笑ってから、とびらの向こうによびかけた。 「ウレックス! あれを」  現れたのは例の、ドワーフをひどくにくむ剣士だった。摂政にかなり近しい立場らしい。剣士は頑丈そうな金属の箱を両手で支えて持ってくると、テーブルの上に、うやうやしく置いた。  摂政は剣士を下がらせてから、箱の鍵を開け、箱のふたを少しだけ持ち上げて、中身を他の貴族たちに見せた。  どよめきが起こった。それから摂政は満足そうにゆっくりとうなづいて、言った。 「美しいだろう。これがあれば、私に敵はない。水晶を通して力を発揮することもできる。つまり……」  摂政は口もとに不気味な笑いをうかべ、箱のふたを閉じてから、声を上げて笑いだした。 「ワッハッハッ! あと数日だ。すべてを飲みほす時は近い!」  ここで、光景は終わりだった。  少年と少女は顔を上げて、たがいに見合わせた。しばらくは二人とも、だまっていた。  先に口を開いたのはロックだった。 「大したことなかった、って言わなかった?」  ガーネットが答えた。 「お酒の話だと思ったのよ。でも、今見ると、明らかに悪だくみね。これがのぞかれたのが後で分かったから、あたしを追ってきたんだわ。正直言って、話の意味は分からないけど……」 「箱の中身は、見えた?」  ガーネットは少し考えてから、首を横にふって言った。 「ううん。でも水晶玉だと思うわ。『水晶を通して力を発揮』とも言ってたし。あ、ローズクォーツやガーデンクォーツはね、白水晶を通して、はなれた相手に魔法をかけられるのよ」  ロックは初めて知ったが、そう言えば、さっき剣士と白水晶でやり合った時、ガーネットはローズクォーツを出しかけていた。  彼女は続けて言った。 「でも、水晶の色が分からないわ。ふたのかげで暗くなってたから……」 「ローズクォーツで、だれかをあやつろうとしてるとか?」  ロックは言った。これが一番、ありそうな気がした。が、ガーネットはあまり同意しなかった。 「うーん、でも、ローズクォーツの魔法は、けっこうすぐ切れちゃうでしょ? それに、ヒトはローズクォーツのこと、よく知らないみたいだし……」  ロックも、ちがうような気がしてきた。摂政は、だれに何をしようというのだろうか。せめて水晶の色が分かれば、何をしようとしているのか分かるかもしれないが……。  ロックは、みけんにしわを寄せて、言った。 「けどやっぱり、この光景の中に、摂政の秘密があるんだ。兵士も、この水晶玉をどうにかしたがってたんだ。ガーネット、きみの家族にこれを見せれば、もう少し何か分かるかもしれない」  ガーネットは少し考えてから答えた。 「そうね。さっき、あたしの白水晶のルチルが壊されなければ、見たものを今すぐ家族に見てもらえたのに……。でも、できないことを考えても、しかたないわね。今できることは、先を急ぐことだわ!」  二人は、ふたたび歩きだした。地面は、少しずつ上り坂になっていった。ドワーフの住む山が、たしかに近づいてきていた。
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