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7 夕暮れの城
新年の祭りは四日目をむかえ、コリの国の都は大いにわき上がっていた。新たな年がやってきた喜び。明日からふたたび日常生活にもどるさびしさと期待感。あるいは、祭りに合わせて商売をしている人たちの最後の熱気。そういったさまざまな感情が飛びかっていた。そしてそれは、間もなく日の入りと共に行われる、パイライト摂政の新年のあいさつの時、もっとも大きくなるのだ。
去年のうちから、あるうわさが広まっていた。新しい年は、何かまったくちがう年になる、と。そのために、摂政は初めに国民に何か強く語りかけ、そして国民の意志を広く集める、と……。
コリの国の人びとは、だれもがその時を待っていた。みなが未来への希望で頭がいっぱいだった。
足もとの危険に気づき、戦おうとしていたのは、一人の少年と、一人のドワーフの少女だけだった。
ロックとガーネットは今、城の中にいた。
ドワーフの家を出発して山をぬけ、森をぬける間、二人の邪魔をする者はいなかった。二人はローズクォーツの魔法を自分にかけ続け、眠る時間以外はずっと走り続けた。そして一月四日の昼すぎになって、ようやく都へもどってきたのだ。
二人は人ごみにまぎれて都の門を通りぬけ、そのまま城のしき地に入った。城は都の周りと同じように高いへいで囲われ、ふだんは兵士が入り口を守っている。しかしこの日は、城のバルコニーで行われる演説を聞くために、ふつうの国民も中庭まで入れるようになっていたのだ。
けれども、城の建物の中まで入ることは許されていない。そこで、ガーネットが兵士の一人を魔法であやつって、こっそり城の中に入れてもらった。
問題は、そこからだった。城の中には、ロックが予想していた以上の兵士がいた。祭りの間は城の外の方が、警備が多いと思っていたのだ。しかしどうやら摂政は、計画を成功させるために、すでに身の守りを固めているようだった。
「……はあ、ふぅ、またあぶないところだった……」
息を切らしながら、ロックが階段のかげでつぶやいた。兵士に見つかりそうになっては走ってかくれる、ということを、すでに何度もくり返していた。
「ああもう……! さっきから、二階の先にすら進めてないわ。これじゃあ摂政の所になんて、たどり着けやしない」
ガーネットも汗をかきながら、いらだちを口にした。ロックが彼女に聞く。
「摂政は、まだ動いてない?」
ガーネットは白水晶をのぞいて、答えた。
「ええ。まだ西の塔の中よ。仲間の貴族と、お酒飲んでる。腹が立つわ」
ロックもくちびるをかんで、それから言った。
「やっぱりローズクォーツで兵士たちをあやつって、一気に進む方が……」
ガーネットは首を横にふった。
「だめ。ローズクォーツの魔法はそのうち切れるもの。もし途中で手間取ったら、先に魔法をかけた兵士から順番にわれに返っていって、いっせいに追ってくるわ。そうなったら、ふくろのねずみ。最初にしのびこんだ時の、あの兵士だけでせいいっぱいよ。あいつはもともと、ぼうっとしてたから」
「うーん……。あっ、また来た……!」
ロックの方の白水晶に、階段を下りてくる兵士の姿が映った。すぐに二人で白水晶を使い、周りの様子を探る。
「こっちよ!」
二人は結局一階に下りて、そこから少し先の部屋に入った。そこは物置きのようで、工具や庭仕事の道具がきれいに置いてあり、二人はすでに、何度もにげこんでいた。最初は鍵がかかっていたが、ガーネットが針金のようなものですぐに開けてしまった。ドワーフは器用なのだ。
「ああ、なつかしの物置き!」
ガーネットの皮肉だ。本当は、ついさっきまで、ここにかくれていたのだ。物置きの中は暗く、ロックはいっそう絶望的な気持ちになった。かべには小窓が一つ開いていたものの、時はすでに夕暮れになっていた。物置きのあるここ、城の北側には、もう光はささなかった。
時間がない。摂政の演説は、城の三階のバルコニーで、日の入りと同時に始まる。黄水晶の明かりがいっせいに摂政を照らし、城の中庭に集まった人びとと、白水晶を持つ国中の人間が、その姿を見ることになるのだ。
今からでも、人びとに摂政の計画を説明した方がいいのだろうか、とロックは思った。が、中庭にいる彼らの目のかがやかせようを見ると、子供の言うことを聞いてくれるとは、とうてい思えなかった。
ロックは、少しでも気持ちを明るくしようと思い、腰のふくろから黄水晶を出して光らせた。その時……。
バンッ!
物置きのとびらが、ロックの背後でいきおいよく開いた。そして大柄な兵士が剣を持って突っこんできた。最初の夜の倉庫の時の、あの大きい方の兵士だ。まずい。二人とも物置きの奥を向いていて反応がおくれた。
「がきども! おのれ!」
兵士はどなりつつ、ロックに向かって剣をふりかぶった。
ドガッ!
「ウッ」
ふいに、にぶい音が聞こえ、兵士が短くうめいた。そして彼は急に姿勢をくずして、前のめりに、たおれてしまった。
ドサッ! ガラララン……。
どうやら気を失ったらしい。剣はロックには届かず、倉庫の床に転がった。
ロックたちの視線の先には、背の低い、真っ赤な髪とひげのずんぐりした男、つまり一人のドワーフが、金づちをかかげて立っていた。
「お兄ちゃん!」
ガーネットが目を丸くしながらさけんだ。ロックは、あまりのおどろきに声も出なかった。兄とよばれたそのドワーフは、だまったまま、倉庫のドアをすばやく閉めた。
「大声を出すな、ガーネット」
ガーネットはちょっと手で口をおさえて、それからすぐに彼につめ寄り、言った。
「……お兄ちゃん、なんで? だってあんなに、無関心だったのに。はっきり言って、気味が悪いくらいだわ。説明して」
彼女はみけんにしわを寄せている。横で聞いていたロックは、彼女のきつい言い方に冷や汗が出る思いだった。
ガーネットの兄は、だまったまま、しばらく答えなかった。が、やがて、低い声で妹の問いに答えた。
「お前の言ったことが、気になって、な」
彼はそう言ったきり、目をそらして口を閉じてしまった。ロックが何か言おうと思ったその時、ガーネットが手をはさんでロックを止めた。すると、ガーネットの兄は、ふたたび話し始めた。
「おれのようなやつが、ドワーフをだめにした、ってな。その言葉が、石の破片のように心に引っかかった。気になってな……。クォーツでお前たちの様子を見てみた。……お前たちの目は、戦士だった」
彼はふたたびだまった。これが彼の答えなのだろう。ロックには、彼の言葉が十分に分かったわけではなかったが、ガーネットの兄はロックとガーネットの姿を見て、心に感じるところがあったのだ。ロックにはそのことが、あぶないところを助けられたこと以上に、うれしい気がした。
一方で、ガーネットはわざとらしく首を横にふりながら、言った。
「やれやれ、ドワーフの男はおしゃべりがへたなんだから。ま、いいわ。手伝ってくれるなら……」
彼女は急に口ごもったようになって、続けた。
「……感謝する、わ。あと、あの時、ばかって言って、ごめんなさい」
ガーネットの兄は、ほんの少し笑ったように見えた。ロックは彼に近づいて、おそるおそる言った。
「あの……、ありがとうございます。えと……、ロックです」
ガーネットの兄はロックの方を向いた。ロックは間近で彼を見て、髪とひげでかくれたその下の顔つきが、まだ若わかしいことに気づいた。そして、体の幅が、ロックの倍もありそうなことにおどろいた。
ガーネットの兄は、太い声で言った。
「おれの名は、アルマンディン。力を貸そう」
三人は気絶した兵士の手足をなわでしばり、猿ぐつわをさせた。その間、手を動かしながら、ガーネットが兄に今の状況を説明した。
それから三人は床に立てひざをついて、摂政の野望を止めるにはどうするべきか、しばらく考えを出しあった。
しかし、なかなかうまい案は出ない。ロックは、気絶した兵士の制服をうばって、変装するのはどうかと言ってみたが、ガーネットが強く反対した。特に、肩車をするというところを彼女はいやがった。
そうこうしているうちに、ガーネットが白水晶に目をやって、険しい顔になって、言った。
「摂政が、動きだしたわ」
他の二人も彼女の水晶玉をのぞいた。パイライト摂政は、はでな衣装に着がえていて、自分の部屋を出るところだった。摂政の仲間の三人の貴族も一緒だ。摂政のすぐ後ろには、剣士ウレックスが、両手で箱を持ってついていく。黒い水晶玉、モリオンを持っていくのだ。
ロックは心臓の音が急激に早まるのを感じ、胃まで痛くなってきた。摂政たちは、さらに十人あまりの兵士と共に、塔の階段を下りていく。行き先は三階のバルコニーだ。ロックは声をふりしぼるようにして、言った。
「もう、行くしかない……。つかまるの覚悟で、飛びこむしかないよ。演説が始まったら、この国の人は……」
ガーネットはくちびるをかみ、ロックを見つめた。彼女はだまったままだった。が、しだいに目を大きく見開いて、出しぬけに言った。
「ちょっと待って!」
ロックとアルマンディンはびっくりして顔を上げた。ガーネットはひたいに手を当てて、目を閉じながらつぶやいた。
「……そうだわ。つかまるの覚悟で……。クォーツを使って……。三人いるから、そうすれば……」
男二人は、いぶかしげに顔を見合わせた。その直後、少女は顔を上げ、二人の目を交互に見ながら、言った。
「作戦を思いついたわ。覚悟はいい?」
ガーネットは早口で説明し、ロックとアルマンディンは食い入るように聞いた。
すべてを話し終えたガーネットと、すべてを理解したロックとアルマンディンは、それぞれ深く息を吸った。それから、アルマンディンが言った。
「ううむ……。いい策だ」
緊張しつつ、ロックも言った。
「……うん。……やろう。二人とも……、よろしく、お願いします」
「手順は大丈夫ね? なら、行くわよロック。後をたのむわ、お兄ちゃん」
ロックとガーネットは、余計な荷物やマントをはずして物置き倉庫に残し、周りの様子をうかがいながら、ドアを開けてろうかへ出ていった。
ガーネットの兄アルマンディンは、二人を送り出してドアを閉めると、床に寝ている例の大柄の兵士に馬乗りになり、彼の顔をたたいて、言った。
「起きろ。お前に用がある。声を出すなよ」
一方、ロックとガーネットは、一階と二階の間の階段で、ふたたび息をひそめて白水晶を見ていた。
やがて、ガーネットが小声で言った。
「来たわ。今、三階まで下りて来た。お供が増えてる」
彼女の水晶玉の中の摂政は、二十人以上の兵士に囲まれながら、長いろうかを歩いていた。そのろうかを半分まで行った所に大きなとびらがあり、その先が広間になっている。その広間を通って、演説をするバルコニーへ出るのだ。
明らかにそわそわしているロックを横目で見て、ガーネットが言った。
「まだよ。今、突っこんでいったら、閉め出されて終わり。まだ待つの。摂政たちが広間に入り終わったら、外の兵士はぜったい、気がゆるむ。そこを一気に行くのよ」
ロックは自分の白水晶をちらりと見てから、言った。
「うん……、大事なのはタイミング……。まだ、ここにかくれていても大丈夫みたいだ。もう少し待とう」
そうこうしているうちに、摂政たちが広間に入り始めたのが分かった。
ロックの白水晶で、自分たちの周りの様子を探る。近くに兵士はほとんどいない。二人は足早に階段を上りだした。水晶玉の向こうでは、摂政に続いてウレックスや貴族、他の兵士たちが、ぞろぞろと広間に入っていく。
そして今、最後尾の兵士が中へ入り、入り口を守る兵士たちが、とびらを閉めた。
その時すでに全速力で、ロックとガーネットはそのろうかを走っていた。足にはローズクォーツの魔法がかかっている。ろうかに残った兵士たちが二人に気づき、声を上げた。
「おい、子供がいるぞ。どうやって入った?」
半分笑ったような兵士たちの顔は、子供たちのただならぬ速さと顔つきを見て、みるみるこわばった。
「やばいっ! 賊が侵入した! 一人は例の魔女だ!」
兵士が言い終わるやいなや、ロックがローズクォーツを突き出して、さけんだ。
「眠れ!」
ピンク色の目もくらむような光が広がった。そして、兵士たちがバタバタとその場にくずれ落ちた。ロックの力で、一瞬にして夢の世界へ行ってしまったのだ。
しかし、長いろうかの途中までしか、魔法は届かなかった。広間のドアのところにいる兵たちは、むしろ目が覚めたように気を張って、剣と紫水晶をかまえた。
「どんどん来るわ!」
ガーネットが走りながら白水晶を見て言った。今のさわぎを聞いてか、あるいはすぐに水晶玉で知らせたのか、援軍がろうかの向こう側から現れた。ロックはガーネットの様子から、後ろからも兵士が来ているとさとった。
「眠れ! 武器をすてて引き返せ!」
ロックは走りながら、無我夢中で魔法を放った。ガーネットも後ろ側の敵を相手に、ローズクォーツを使い続けた。
が、つかれと、たおれた兵士が邪魔になるせいで、二人の進みはおそくなっていった。そして、とびらまでもう少しという所で、おそれていたことが起こった。最初に魔法をかけた兵士たちが、目を覚まし始めたのだ。
眠らせた兵士は、ろうかの先よりも、ここまで通ってきた側の方が、多い。つまり、後ろ側を守ってきたガーネットの敵が、みるみる増えていった。
「ロック、行って!」
ガーネットがロックの方を見ずにさけんだ。すでにガーネットの助けに回っていたロックは、ためらった。
ガーネットは今度は顔だけをロックの方に向けて、言った。
「何してるの! 作戦でしょ? あたしは大丈夫よ、ほら早く!」
ロックは、もしまたガーネットが敵の刃にたおれることがあったらと思うと、胸が張りさけそうだった。しかし、それをこらえて、彼は言った。
「ガーネット、ぜったい死なないで……!」
ガーネットは、その赤い瞳でロックを見てから、兵士たちの方に向き直り、言った。
「死ぬのは当分、こりごりだわ! さあ前を向いて!」
ロックは広間へのとびらへ向き直った。と、その時、ガーネットが腰のふくろから何か取り出し、すばやくかかげた。黄水晶だ。
真昼の太陽かのような強烈な光が、すべての兵士の目に突きささった。ガーネットに背を向けていたロックでさえ、兵士の武具に照り返された光で目がくらみそうなほどだった。
兵士たちはみな、うめきながら動きを止めた。ロックはその間をすりぬけて、広間とバルコニーへ続くとびらに、力の限りの体当たりをした。
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