9 約束

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9 約束

 ロック、ガーネット、アルマンディンの三人は、広間でぼうぜんとしている摂政や貴族と、うろたえ始めた兵士たちを魔法で眠らせ、うばわれた水晶玉をすべて取り返した。それからいきおいよくろうかに出て、事態を飲みこめずにいる外の兵士らをかわして走った。  走りながら、ロックは言った。 「早く城を出よう。中庭の人たちがおし入ってくるのは、時間の問題だと思う。あんなに頭に血が上ったまま、きみらの姿を目の当たりにしたら、どんなさわぎになるか分からない……」 「……理解した」  アルマンディンがつぶやいた。ガーネットも走りながら言った。 「命の恩人なのに、ね。ドワーフは辛いわ」  三人はまず一階の物置き倉庫へ行き、置いてきた荷物を取りもどした。そして裏口からひそかに城を出て、城の北側のへいをとびこえたのだった。  日は落ちたばかりで、西の空はまだ赤く、反対に東の空は暗い青緑色で、星が二つ、すでに見えていた。半月よりも少しふくらんだ月が、高く上っている。  城のへいのすぐ外側は低木の植えこみになっていて、その外側は、道をはさんで、やや荒れた住宅地になっていた。城のさわぎはへいの外まで聞こえてきたが、ロックたちの周りに人影はなかった。  ガーネットは白水晶で城の中をのぞくと、鼻で少し笑って、他の二人に言った。 「これ見て。兵士たち、自分で自分たちをしばってるわ」  彼女の言う通り、広間の兵士たちが、みずから進んで仲間に両手をしばらせていた。パイライト摂政は真っ先にしばられたようだ。アルマンディンがそれを見て、言った。 「市民の大軍におそれをなして、降参というわけか」  ロックは、胸をなで下ろした。これなら人びとの怒りもおさえられるだろう。もし怒れる民衆と、引く気のない兵士たちが戦いになったりすれば、痛ましい結果になるのは明らかだったからだ。 「でも、この国もこれからが大変、ね」  ガーネットがつぶやいた。ロックはだまって小さくうなづいた。明日から、望もうと望むまいと、世の中は大きく変わるだろう。けれどもその中で、パイライト摂政が今日までやってきたことを、きちんと調べなければならない。そして、彼の悪事を、どうしてぎりぎりまで見ぬけなかったのか、それをみんなが考えなければいけない。 「さて、と……!」  ガーネットが、やや声を高くして言い、それから兄の顔を見た。アルマンディンは、だまってうなづいた。かなたからの北風が、音を立てて三人の間を通りぬけた。  ガーネットは、ロックの方に向き直り、言った。 「あたしたち、家に帰ろうと思うの。……で、ね、どうかしら……? あんたも、また一緒に来ない? あんた、国中のヒトに顔を見られたし、何かと、いづらくなるんじゃないかと思って……」  ロックも、そうしたいと思った。彼女の両親に会って、あらためてお礼が言いたかったし、アルマンディンとはもっと話をしてみたかった。そして、何よりも、ガーネットと、もっと一緒にいたかったからだ。  けれども、彼は非常に迷った末に、顔を上げ、こう言った。 「ごめん……。ぼくは、都に残るよ……。これからこの国がどうなるか、ぼくは見届けなくちゃいけないと、思うんだ」  ガーネットは悲しそうな表情をした。が、彼女の目は、彼がそう言うことが分かっていたかのようでもあった。アルマンディンは、だまったまま小さくうなづいた。それから、ロックは言葉を付け加えた。 「それに、仕事のことも、あるし……」  ガーネットは、ちょっと苦笑いをして、言った。 「まったく、まじめね。あんた、ずっとあの下働き、続けるの?」 「……だまって休んじゃったし、くびかも。……いや、本当は、もっとちがうことがしたいかな……。でも、ぼくに何ができるか、って思うと……」  ロックは、ぼそぼそと言いながら、ふし目がちになった。それを見てガーネットは鼻からため息をつき、それから少し笑って、ロックに言った。 「顔、上げなさいよ、ロック。……あんたなら、できるわ。なんだって、ね。頑張れ、ロック!」  ロックは目頭が熱くなるのを感じた。彼は、ゆっくりと顔を上げて、ガーネットの顔をまっすぐに見た。少女の目にも、なみだがうかんでいるようだった。 「ガーネット、おれは先に行くぞ。……ロック、達者で、な」  アルマンディンが言った。ガーネットは軽くとび上がるようにして、体をよけた。アルマンディンは、体を半分ロックの方に乗り出し、手を差し出した。  ロックはその手を固くにぎり、言った。 「あの、本当に、ありがとうございました……!」  アルマンディンは、ひげでかくれた口もとを少しほころばせると、ロックの手を強くにぎり返し、それから北に向かって、足早に去っていった。  ガーネットはその間、だまったまま目を泳がせていた。ロックはアルマンディンを見送ると、彼女に向き直って、言った。 「ガーネットも、本当に、ありがとう……。お父さんお母さんにも、お礼を……」  ロックは最後まで言えなかった。ガーネットが突然、彼に抱きついたのだ。  ロックは息が止まったかと思った。ガーネットは何も言わない。  そのまま心臓が何千回鳴っただろう。彼女は体をはなして、両手でロックの右手をにぎり、真っ赤な瞳で彼を見つめて、言った。 「元気でね、ロック。また来るわ。……でもいい? まず、あんたがまたうちに来るのよ? ドワーフ料理をごちそうするって約束、まさか忘れてないわよね?」 「……えっと、いや、その、忘れて、ないよ? 忘れてない」 「もう! やれやれだわ。二度と忘れないように、時どき言うから。白水晶で、ね。それ、肌身はなさず持ってるのよ?」 「あ……、うん。ありがとう。大切にする。……ありがとう、ガーネット。ぼく……、頑張るよ」 「あたしも、頑張るわ。今できることを、ね」  こうして、少年と少女は月明かりの下、別れをかわし、それぞれの道をたどっていった。  城から聞こえる人びとの声はしだいに落ち着いて、ロックは、石だたみの上を歩く自分の足音が、やけに大きく聞こえる気がした。  けれども彼は、さびしくはなかった。水晶玉を通して、そして、この足もとの大地を通して、いつも自分たちは、つながっている……と、そう感じたからだ。
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