繕う

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マニキュアを塗ってみた。 今までも幾度か試してみたが、爪が何かに塞がれている感じが合わなかったため、1日と持ったためしがない。ただ色を乗せるのが好きだ。それだけの理由で何度も何度もためしてみては爪の閉塞感に嫌気が差し、リムバーで元の何の変哲も無いただの爪に戻す。 何の輝きも放たない爪に、自分で好きな色を乗せる。塗った直後は心が躍る。何の価値も無い自分にも色を乗せることができるのだと、自分に価値を見出せる気がした。世界が輝きを放つ気がした。 しかし結局は爪の閉塞感に嫌気が差して元に戻す。 もう若くはない、綺麗ではない爪。年々割れやすくもなっている。 結局は世界は変わらない。 好きな色を混ぜすぎて灰色になるように。 * それでも懲りずにまた色を刷いた。 薄く薄く爪に色を乗せる。 誰かに見せたいわけではない。 自分のために色を乗せる。 ふと、机の上にある雑誌が目に入った。 表紙は茶碗だが所々金の線が入っている。 どこかで聞いたことがある。割れた跡を魅せる技法だと。 壊れたら棄てるのではないのか。 別の何かに生まれ変わるのではなく、同じ茶碗として新しく美しく生まれ変わったその茶碗が輝いて見えた。 全く同じ茶碗に戻ったわけではないが、それでも茶碗として使われている。 * 必要なもの、廃棄するもの。 その区別がつかず、全て捨ててきた。 私に残ったのはこの灰色の世界。 でも、ほんの一手間で、世界は輝きだすのではないだろうか。 割れたらおわり。壊れたらおわり。 そんな悲しいだけの世界ではないのではないだろうか。 変わる勇気は無いけれど、変わりたいという思いはある。 勇気を出すには歳を重ね過ぎた。 私が私としてこれからを生きる為にほんの少しだけの変化を爪先に乗せた。
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