災いも三年置けば用に立つ 1

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「それじゃ、僕はあっちの辺りを見てくるから」  待ち合わせの時間と場所を決めるまでもない。どちらか先に飽きたほうがもう一方を探せばすぐに見つかるだろう。  正面カウンターに向かって左手、一般向けの書架が並ぶ方向へと歩き出そうとした僕の腕を掴んで、ライは抗議の声をあげた。 「なんでさ。一緒に見て回ろうよ」 「嫌だ」  あっさり返事して彼の腕を振り払うと、ライは「なんで、なんで」と喚きたてた。  何故って、こっちが聞きたい。本を読むのに一緒になって歩き回る必要性は皆無だ。ライは子供だけれど、読み聞かせしてやるべき年齢ではないし、僕は彼の保護者でもない。 「静かに。他の人の迷惑になるから」  シッ。と、人差し指を立てるジェスチャーで僕が言うと、ライは不服そうに頬を膨らませて音を立てずに地団太を踏んだ。  もっとも、平日の昼間とあって館内に人はほとんど居ない。カウンターの向こうに座った司書らしき女性も、僕らの遣り取りを咎めるつもりはないようだった。子供向けの書籍も充実しているようなので、休日などは意外と騒がしいタイプの図書館なのかもしれない。読み聞かせのためのスペースには円形に組まれた低いソファと、小さな子供がペタンと座れるマットが敷かれていた。付近には特に幼い子供用の絵本がぎっしり詰まった本棚が設置されている。 「ライはどうせあっちだろう?」  僕はその読み聞かせスペースの辺りを指さす。 「僕は向こうの本を読むから」  目的地が違うので一緒には行けない。彼を納得させるため、僕はまたさっきと同じようなことを言って、向かって左の一般向けコーナーを示した。ライはふくれっ面のまま、僕の指先を追って整然と書架の並んだ奥のほうを見やる。フンと鼻息を荒くした。 「はいはい。どうせ俺はお子様ですよ。ハナはどうせ(・・・)専門書だろ。そういうの『情報収集』って言うんだぜ。読書じゃないね」  僕の言葉が気に障ったらしい。わざとらしく強調を加えて彼は悪たれ口を叩く。 「それを言ったらライのは読書じゃなくて『鑑賞』だろう」  彼が特に好むのは、ともすれば活字がひとつもない絵本だ。文字を読むことより絵を眺めることに終始しているように僕には見える。解説に必要な図の他はイラストのない専門分野の書籍を読むことの多い僕とはまったく嗜好が合わない。 「他人(ひと)の読書にケチつけんなよ」 「はいはい」  先に難癖をつけてきたのはどっちだか。自分のことは棚に上げて肩を怒らすライを適当にあしらい、僕は今度こそ目的の方向へと足を動かした。ライは拗ねたのか諦めたのか、さっきのように僕を引き留めはせず、やっぱり正面向かって右手の児童向けコーナーへと去って行った。
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