三枝木女史、天馬を撃つ

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三枝木女史、天馬を撃つ

三枝木女史は少し落ち着いたのか、ランクルのハンドルを握りながら 思い出し始めていた。 昨夜は眠れない夜にも関わらず酷い夢を見た事を。 いや、夢かどうかはそれも定かではない。 夢なのか何かが誰かが私の脳内に入り込んでの仕業なのか。 だらりと項垂れ死んだように動くことのない璃子の首根っこを掴み 仁王立ちに立つ天馬鬼葦毛。 「帝に纏わる高貴な血と明智の汚れた邪悪な血を殿の墓前に捧げ奉るのじゃ!!そうすればうぬら明智一族に奪われし我が主、信長様の魂も救われる この世においての復活も叶うやもしれぬ!!」 「笑止!!そのような阿呆なまねをして魂が救われるものか!! ましてや蘇るなどと、獣の如きうぬに何ができようぞ!!」 こちらに背中を見せて叫ぶのは髷を落としざんばら頭に鎧を着た光秀と思しき武将。 「地獄からの戯言、何を喚いても届かぬわ!! 己が一族、根絶やしにされる様を指を加えているがよいわ!! ふわっ、はっはっはっ!!!」 そんな地獄の釜の奥底から響くような笑い声で目が覚めた。 そこからの今に至るこの流れを考えるとやっぱり単なる夢ではなかったのかもしれない。 「Hey,siri、空飛ぶ馬の実況ライブを映して」 それだけでiPhoneは車内の10インチモニターと連動してあの鬼葦毛を映し出していた。テレビメディアのライブ中継の映像かそれとも一般人がライブ配信する映像か、にわかには判別はできないけれど翼を大きく広げた馬の姿は遠巻きながらもはっきりと確認できた。 「この馬は今どこ?正確な位置を教えて」 ──日本の京都府京都市中京区下本能寺前町の高度230mの上空を時速50kmで旋回中です。 本能寺前?やっぱりそこに時空の扉かなんかがあるってこと? いやいやそこは本能寺の跡じゃないし。 「これまでの経路からどこに向かうか分かる?」 ──3つの答えがあります、すべて答えますか? それとも確率の一番高いものを答えますか それとも一番確率の低いものを… 「全て言って!!」 ──確率の低いものから順に 京都市中京区の京都御苑 京都市中京区の二条城 京都市北区の上賀茂神社 以上です。 「確率は?」 ──・・・? 「だからそれぞれの確率は何%!?」 ──現在、京都府京都市中京区下本能寺前町の上空に居る馬が京都御苑に飛来する確率は20%、二条城に飛来する確率は30%、上賀茂神社に飛来する確率は50%。 「上賀茂神社が高い確率の理由は?」 ──上賀茂神社には糺の森という深い森林が存在し現在警察などから追われていることを考慮すると身を隠すには妥当と判断しました。 「Hey,siri、もしその馬は織田信長の所有する天馬鬼葦毛という馬なら、どこへいく確率が高い?」 ──京都府京都市中京区の京都御苑です。確率は80%です。 「その理由は?」 ──現在、京都市内では葵祭が執り行われており始点が京都御苑  終点が上賀茂神社になっています。もしその馬が織田信長関連の何かを探しているとするなら、馬車に引かれたきらびやかな衣装を纏った時代行列に惹かれて飛来する確率は高いと判断しました。 「それが正解やわ」 今自分が目指しているところは京都御苑。三枝木女史はSiriの答えを待つまでもなく、岩倉のKITAYAMA銃砲店を出た時から御苑のある洛中へと車を走らせていた。 今日は葵祭当日、御苑には人が溢れていてそれこそ時代をタイムスリップしてきたような衣装を纏った古の京の都の時代人が列をなしているはず。 それだけでもあの信長の鬼葦毛を惹き付けやってくる理由になりえる。なんのためにこの時代に飛来して何を為そうとしているのか今のところは全く見当もつかないけど少しでも戦国の世の匂いをがするところに向かって翼を広げているのは間違いない。 とにかくもう時間との勝負、あの子に何があっても不思議じゃない。あの子はれっきとした明智の血を引く末裔。何かしらの生贄に使われるとしたら格好の獲物に違いない。 殺れないまでも翼や足を撃ち抜いて動きは止まればあとの処理はいくら無能な公安直属の特殊部隊や桜田門も何とかしてくれるはず。どこの国の何者ともしれない未確認飛行物体に対して銃火器を構えて事を起こす、そんなことは彼らにはできっこない。威嚇の拳銃を空に一発ぶっ放すことさえ、上にお伺いをして思案を要する輩たちの集まりなのだから。 ──ライブ映像が地上波放送に切り替わります(Siriの声) (動き出しました!! 馬らしき飛行物体が翼を大きく拡げて北西へと向かい始めました!!) モニターが映し出す映像がヘリコプターからの映像に切り替わり 女子アナらしき人物が身を乗り出さんばかりにして高音の金切り声を張り上げていた。 「ビンゴ!」 小さくつぶやいた三枝木女史の声にまるで呼応するかの様にランクルのエンジンが唸りを上げる。 高野川沿いに南へ伸びる見通しの良い川端通り、その法定速度を遥かに超えるスピードで交差点に突っ込んでいく。 免許を取って30有余年、信号無視などしたこともなかったゴールド免許の優良ドライバー三枝木女史が赤信号を無視して猛スピードで走り抜けて行く。 荒ぶる8気筒ターボエンジンの爆音と高らかに鳴り響くクラクションの勢いに押されたのか、対面の横切ろうとする車はまるでパトカーか救急車を見るように唖然として急ブレーキを踏み道を譲る。 「ランクルってこんなに早かったんや」 いつもそのパワーに圧されおそるおそる踏み込んでいたアクセルはさっきからべタ踏みを何度繰り返してることやら。ブルブルと唸る車体に負けまいとハンドリを抱え込むようにして押さえつける、まさにその姿は鬼神が舞い降りた如き有様。 鬼葦毛という信長の化身のバケモノの出現と護らなければいけない唯一無二の大切なものの生命の危機。 このおそらく三枝木女史にとっての人生最大のキャリアになるであろう二大インシデントが彼女の中に眠っていた光秀、ガラシャに纏わる荒ぶる明智の血を呼び覚まそうとしていた。
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