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何故人は、気分が沈むと海へと足を運んでしまうのだろうか。
そんなことを、俺は砂浜の手前にある階段に腰掛けながら考えていた。
だからと言って、別に俺は落ち込んでいたからここに来たわけではない。ただ、なんとなく気になったのだ。何故ドラマや映画の登場人物は、落ち込むとこうして海を眺めていたのかが。
だけど、実際にこうして眺めていると、その理由がなんとなく分かる気がした。
どこまでも続きそうな水平線からは、人ひとりの悩みなんてちっぽけだと思わされるし、青く澄んだ海は、悩みや不安を全て洗い流してくれそうな魔力がある。
もしかしたら人は、海に救いを求めているのかもしれないと、そんな結論に至った。
そんなときだった。ジャリッ、と小石を踏んづけたような音が耳についた。そこで意識を現実へと戻すと、斜め後ろに人の気配を感じた。
「あなたは、都市伝説を信じる?」
弱々しい声。だが、声のイメージから受けた印象は、普段は明るい子だったんじゃないかと思わせる音色だった。
「…………」
俺は少しだけ顔を横に向けて、横目でその人物を見やる。
肩までは掛からない程度の長さの黒髪ショートに少しキツい猫目が特徴の少女だ。その少女は俺と同じ学校の制服を身に纏っていることから、同い年くらいだろうと推測できる。
黒真珠のような瞳は、こちらに見向きもせず、ずっと海の方へと向いている。
その姿は、妙に現実味がなかった。
俺が答えないでいると、桃色の唇を開いた。
「あたしは、信じてるんだ」
「都市伝説を?」
「うん」
返してくれたことが嬉しかったのか、今まで海の方へと向いていた顔をこちらに向けて、笑みを浮かべた。
「あなたは、信じる?」
首を傾げて問い掛けてくる少女から視線を逸らすように、今度は俺が海の方へと視線を投げた。
なんて答えたものかと、考えて。
「信じない……けど」
言いながらどこか引っ掛かるものを感じて、答えを曖昧にすると少女は「けど?」とおうむ返しにした。
「君を見てると、そうでもないような気がする」
「うん?」
言ったことがイマイチ伝わっていなかったのか、微妙な顔をした。
俺はその様子に呆れるように笑い。
「普通、知らない人にいきなりあんな声の掛け方しないだろ?」
「そ、それは……そうだったかも」
少女は否定しようとして、途中で言いたいことが分かったのか、諦めたようにガクリと肩を落とす。すると彼女は、様子を伺うような目をこちらに向けてきた。
「もしかして、あたしのこと変質者か何かだと思ってたりする?」
「かなりね」
「ひ、ひどかー!」
即答すると少女は大袈裟に反応した。
「変質者でもないなら、もう都市伝説を信じるしかないな。それくらい君の行動には現実味がない」
「そこまで言わなくっても良いじゃん! ちょっと魔が差しただけだし!」
そう言うとぷいっと顔を背けられてしまった。どうやら怒ってしまったらしい。
だからと言って宥めようという気にもならず、俺は再び海の景色へと意識を沈めた。
それからどれくらい経っただろうか。
あれ以降、少女は一言も喋らなかった。俺もまた、一言も喋らなかった。
ただひたすら、もうすぐで夏を感じさせる柔らかい風の音とそれに揺られる波の音に意識を預けていた。
そうする中でふと、風に紛れて「またね」という言葉が微かに聞こえた気がして、意識を現実に戻した。
そこにはもう、さっきの少女の姿はなかった。
辺りを見回しても少女の姿はなく、それどころか人ひとり居なかった。
俺は頭を掻いて、帰ろうかとその場を後にした。
帰り道、何故か先程の少女事が頭から離れなかった。
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