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一人の青年がいた。彼にはとにかく金がなかった。金さえ払えば入れてくれて卒業もさせてくれるような大学に奨学金を借りてまで入学し、無難に4年間を過ごし卒業したのだが、このような大学を卒業した者に対して社会は絶対零度か氷河期を思わせるように冷たかった。エントリーシートの申請をしただけで不採用通知を送ってくることはよくあること。このような大学にいくような彼の頭では筆記試験も突破出来ない。極稀に面接まで上り詰めても出身大学でフィルターがかかっているのか人事課のストレス解消としか思えない圧迫面接や出身大学によってはどんな答えでも正解になるクイズ面接を出されて不採用となってしまう。
こんな青年も泥を啜り、血反吐を吐くような苦労を重ねて人材派遣会社に内定をもらうことが出来た。人材派遣会社と言うから派遣社員の管理のようなホワイトカラーの仕事でもするのかと思えばそうではなく、なぜか自分が派遣されて工場勤務をするというブルーカラーの仕事をすることになってしまった。上役は「派遣される立場の気持ちも知らなければいけない」とは言うが、青年は工場勤務をもう2年も続けている。同期はもう皆ホワイトカラー側の仕事になっている。いつしか、青年は同僚に管理される派遣社員のようなものになっていた。給料明細を上司ではなく同僚に渡されるようになった時は屈辱で枕を濡らしたものである。
住まいも派遣会社借り上げのマンションで家賃も取られている。それどころか今どき珍しいブラウン管テレビ(地デジチューナー付き)、二層式洗濯機、誰が使ったかも分からないクリーニングに出しても使用済みの佇まいを持った煎餅布団一式、得体の知れない錆のこびり着いたガスコンロ、海外製の1・5リッターのペットボトル数本を入れれば満タンになるようなワンドア冷蔵庫、昭和感の漂う和風ペンダントライト、これらの備品使用料まで取られている。買い換えて備品使用料の呪縛から逃れようとするが「社員寮の備え付けのもの変えたら駄目だよ」とのお達しによりこの呪縛からは逃れられない。
このようなわけで青年の手元には金がなかった。毎月の給料も会社側によってかなり引かれている。手取りにすると10万円を切ることも珍しくない。食事も朝は食べない、昼食は社食の格安メニュー、夕食は自宅近くのスーパーマーケットの見切り品ばかりである。何の肉が入っているかも分からないワンコインの弁当が満漢全席に思えるぐらいに彼は困窮しているのだった。
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