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やさしい男
初めましての印象は最悪だった。
「いらっしゃいませー……」
自動ドアの音とチャイムに振り返る。入ってきた客はいかにも酔っ払いだった。
「きゃはは。もお~やぁだ!」
「ふははは。違うって! どうぞつって! レディファーストだよ! れでーふあーすと!」
「お尻じゃなくて腰でしょ! 触るなら!」
明るい茶髪で襟足が肩まである長い髪。ちらりと見えるピアス。黒のタンクトップ。それだけがまず目に入った。隣の、似たような雰囲気の巻き髪ミニスカートの子の肩を抱き寄せ耳元でコソコソ囁く。
「ふふふ。あ、コウキ、ほら、店の人待ってるよ!」
コウキと呼ばれたチャラ男がこっちを振り返った。俺より頭一個分くらい背が高い。笑顔を張り付かせた猫目が俺を見た。思ったりより整った顔立ちに一瞬ドキッとする。
「あ、ごめんごめん」
「二名様でよろしいでしょうか?」
「うんうん」
「おタバコは……」
「吸いまーす」
「では、こちら側の席へご自由にお掛けください」
「は~い」
グラスに氷水とおしぼりを用意しながら厨房の時計をチラッと見た。十二時半……。あと一時間ちょっとでバイトも終わる。もうしばらくの我慢だ。
さっきの客に水を持っていくと、二人は一番奥にある、四人掛けのテーブル席のソファ側に並んで座っていた。彼女の方がタバコをスパスパ吸ってる。身体をくっつけてヒソヒソと囁きあってる様子はイチャイチャを通り越してここでセックスでも始めそうな雰囲気だった。
勘弁してよ。ヤるならホテルに行ってくれ。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
グラスをトンとテーブルに置いて声をかける。
「コウキ、注文だって」
「えー? んー。俺ねぇ、ナポリタンにしよっかなぁ。あ、鉄板のやつ!」
「うそ! そんなガッツリいくの?」
「ひゃははは。だってぇ、腹減ってんだもん。エリちゃんも食えば?」
「こんな時間にそんなの食べたら太っちゃうもん」
ガリガリで少しくらい肉つけた方がいいんじゃないの? って感じの女の子が言う。俺は何も言わず突っ立って、ただオーダーが決まるのを待っていた。
「いいじゃん。後から運動すんだから」
「もーっ! ばかっ!」
「ひゃははは。痛いって!」
女の子はバシッと「コウキ」君の腕を叩き、やっと俺を見上げた。
う、目でかっ! 顔半分目だな。まつ毛どんだけつけてんだよ。
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