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彼は私の投げた三つのクナイを上体を捻って回避すると、屋上まで続くワイヤートラップを凝視する。
基点になっている部分は三か所。
背後に突き刺さったクナイを手早く引く抜くと、それをすべてトラップ解除に利用する。
(先ほどもそうだったけど、このひとはトラップへの対応が恐ろしく早い)
隙を与えないため猛スピードで追撃した手刀を頬の皮一枚で回避される。階段などお構いなしで連続攻撃を加えるも、すべて寸でで捌きつつ屋上目掛けて駆け抜けていく。
重たい扉を開け放ち、廊下よりもずっと広い屋上に彼は転がり出る。
「これで少しは動きやすくなった」
「動きやすくなったら私に勝てる。センパイはそう仰りたいんですか?」
「勝てるかどうかはやってみなきゃわからねェ」
「確殺でなければ戦ってはいけないんです、忍者は」
「俺は翡翠の忍者なンだよ。よその忍者のことなンか知るかよ」
知らず唇を噛んでいた。
この程度の覚悟しかない人が私たちの隊長になると思うと、腸が煮えくり返るような思いになる。
クナイを握る指先に力がこもる。
「余計な仕事を増やされる前にあなたを処分します!」
「頼んでねェっての!」
投げたクナイの陰にもう一投を重ねて投げる。
先のトラップ解除能力から推察するに、彼は相当目がいいのでしょう。
ならば視界に入らなければと私は一計を案じました。
ですが────
「器用なことしやがって!」
一投目を手にしたクナイで弾いた彼は、続く二投目に驚きはしたけれど咄嗟に持ち手部分を手刀で叩いて落とす。
想像したよりもずっと戦い慣れしている動き。
彼を鍛えた者はよほどの使い手だったのでしょう。
「これならどうです!」
私は腕を振って無色透明のワイヤーを振り回す。
目視は困難。彼はこれをどう捌いてみせるのでしょうか。
まるで彼に期待しているかのような自らの思考を振り払って、私は確実に彼の命を奪いに行く。
狙いは正確。首に巻き付けば勝敗は決したも同然。
「糸が得意らしいけど、短時間にあれだけ見たら対処法も察しがつくぜ!」
ワイヤーと首との間にクナイを入れて、伸びきったところをもう1つのクナイを走らせる。
遠心力で動くワイヤーを、クナイで支点と作用点を作ることで危なげなく切断してみせた彼は、どこか得意げな様子でこちらの様子を窺っている。
これは図書館での様子から、制圧は容易と思わされていたということなのでしょう。
それ以上に、彼の成長速度はあまりに急すぎると感じました。
「……素人と侮ったことは素直に謝罪します」
「じゃあ────」
「ですが私は、死にものぐるいで力を手にしました。それは決してセンパイのためではありません!」
「なにを!!」
私はこの程度のことに使うまいと思っていた賦力を解放すると、指に隠した火打石で火種を起こして賦力による熱の拡大を行います。
小さな火種はすぐに炎となる。火傷では済まない火力に彼が頬を引き攣らせる。
「ちょっとまて! お前今賦力で!」
「空牙! 火遁崩礁波!!」
呪印に乗せて炎を波のように前方扇状に拡散する。
私は修行中に自身の賦力が通常よりもずっと弱いことを知ってからというもの、より効率よく効果を発揮できる方法を研究しました。
道具を使い少ない力で広範囲に向けて放つ。
彼の二度弾いたクナイと先程完全に切断されたと思わせたワイヤーはまだ生きている。
クナイを使ってワイヤーを伸ばしてそこに火を走らせることで、空間に放出するよりも容易く距離を埋める。
炎による波状攻撃であれば視界などないに等しい。これならばどれだけ目が良くても対処は遅れるはず。
炎の波に飲まれる人影が見えた。直撃ならば無事では済まない。良くて入院。悪くすれば……
「心配さないでください。あなたが守ろうとしていた方は、私たち風魔の忍者が必ずお守りいたします」
「さっきも言ったぜ」
炎の中から聞こえる声に私は驚いた。
「頼んでねェ! それは俺の約束だ!」
まさかと思う。しかし、彼は到底忍者としては相応しくない捨て身の手段で炎を超えてきました。
真正面の炎は畳返しで起こした石壁でやりすごし、まとわりつく炎は風を纏って熱を後方に逸らすように突進で強引に突破する。
最低限の守りで、力任せに炎を突破する彼の全身は、至る所が焼け焦げてはいるものの致命傷としては軽い。
突き出したクナイで私の手元から伸びるワイヤーを根元から断ち切ると、空いた左手で私の喉を押さえたまま勢いと体重にまかせて倒れ込む。
「……まるで猪ですね」
眉間に突きつけられたクナイの切っ先に意識を向ける。
手にも切っ先にも震えはない。彼はきっとやるべきときにはやる。
「へへ、やぁっと届いたぜ」
「ゆ────」
「油断したってェならお前の負けだよ。お前の方こそ、忍者に向いてねぇンじゃねェの?」
「なにを……!」
「この短時間だけど、おめェを見た感想だ。見てほしいンだろ?」
図書館でのことを言っているのでしょうか。そう言う彼は、まだ私の目を直視している。
そういえばそうだった。このひとは、センパイは目がとてもいいんだ。
私はいったいなにをそんなに憤っていたのだろう。
そんな風に胸の内でストンとなにかが落ちた気がしました。
「参りました。センパイ、私の負けです」
もう片方の手に隠し持った針を捨てると、私はそう言って彼に降参しました。
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