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 ここがお化け屋敷か合戦場ならもう少し現実味もあっただろう。  悠々と海の上を歩いてきた銀の鎧武者は、向けた切っ先を1ミリも外すことなく近づいてくる。 「ホラー映画の撮影だってンなら、相手を間違えているぜ……」  虚勢をはるだけの胆力は残っている。最悪、自分だけなら逃げ切れるかもしれない。ならば今のうちに光海(みつみ)と謎の少女だけでも遠ざける必要がある。 「光海、動けるな?」 「う、うん。でもヨーヘー……」 「話は後だ。その子を連れて親父たちのところへ。世界最強の忍者らしいからな。なんとかしてくれンだろ」 「ヨーヘーはどうするのよ!」 「なんとかなるだろ。たぶん」 「たぶんって、どう見てもすごい危ない人じゃない。ねぇ、一緒に逃げよう?」  迫りくる鎧武者からは視線を逸らさず、腕を掴む光海の手を振りほどく。  おそらくだが、少しでも目をそらした瞬間に斬り捨てられる。この鎧武者はそのくらい力量に差がある相手だ。 「お優しいことに、お前だけなら逃がしてくれるってンだよ。早く行けよ!」 「誰一人として逃がさぬ」  兜の隙間に燐光が灯る。  面を着けているために表情こそ伺えないが、逃がさないと口にした以上はそのように動くということだ。 「だ、そうだ。お優しくねぇ。逃げる時間くらい稼いでみせっから、早く行けって! 急がねェとお前ェら二人とも死んじまうンだぞ!」 「でも……」  少女を強引に光海に押し付け、思い出のクナイを改めて構え直す。  切っ先を鎧武者に向けて、ありったけの勇気を振り絞って前に一歩踏み出す。 「てぇめぇが何者か知らねェが、ここはタダじゃ通さねぇ! 親父と散々張り合った成果を見せてやる!!」  だから、今のうちに逃げてくれ。  音もなくすり足で間合い詰める。全身が武者甲冑で覆われている以上、狙うなら剥き出しの目だ。  前に出る同時に武器を持った腕を突き出し、間合いに入るギリギリで手首のスナップで投げつける。当てても外しても逃げられるように体軸をズラして、尚且つこちらの間合いを誤認させるための動き。だったはずなのに…… 「成果を見せられなくて残念であったな、小僧」  鎧武者は目の前にいるはずなのに、視界がぐらりと傾いていく。  脳震盪とかそういう類のものではない。動きや重さを感じることから自分が動かされているのが理解できる。そして、足がまだ踏ん張っていることもわかってしまった。 「いやぁぁぁああああああ────ッ!!」  光海の悲鳴が聞こえる。  それが背後から聞こえたものなのかどうか、いまいちはっきりとしない。少女も光海も無事なのだろうか。  二人の無事を確認するためには振り返らなければ。いや、それ以前にいつ鎧武者から目を離したのだろう。  一瞬見えた鎧武者は、いつの間に踏み込んだのか刀を振り抜いた姿勢でこちらを一瞥していた。  視界が回り、空が……見える。 「……ゲふっ──」  喉からこみ上げてくるものを堪えられずに吐き出してしまう。  視線を動かして最後に見えたのは、自分に足の裏を向けて下半身が倒れるところだった。
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