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 どれくらいの間意識を失っていたのだろう。  そもそもさっき見たものは夢や幻の類だったのだろうか。  慌てて体を起こし、胴が繋がっていることを確認する。どうやら体には傷一つないようだ。 「でも、服は裂けてるってことは、夢じゃない……のか?」 「よもやこれほどのものとはな」  低い擦れた声に慌てて視線を向ける。  どうやらこの武者甲冑の化け物も夢や幻の類ではなかったらしい。なにを驚いているのか、陽平の姿を見てしきりに興奮しているように伺える。 「やはりどうあってもその娘、御館様に献上したくなった!」  娘と言われて背後を振り返ると、どうやら意識を失ったらしく、地面に倒れ込んでいる光海と、その傍らに先ほどと変わらず無表情で立つ少女の姿があった。  そして、周囲に飛び散った真新しい血。 「なにが、起こったってンだよ」 「二つに斬っても蘇ることができるとは、不死とはまさにこのこと」 「二つに……って、なにィ!?」  この鎧武者の言うことを信じるのならば、陽平はどうやら一度胴斬りにされて絶命したらしい。  なんとなく覚えている記憶とも一致するので、冗談や嘘というわけではなさそうだ。 「うそだろ……」 「細切れにしても蘇るのか、試してみたくなったぞ」 「冗談じゃねェ! そう何度も死んでたまるか!」 「抵抗は無意味。小僧程度がなにをしようと、某に適う道理なし」  お説ごもっとも。といったところだった。  実際、先程斬られたときも、太刀筋はおろか振りかぶる動作さえ見えなかった。  胴斬りにされても手放さなかったクナイを強く握りしめ、再び鎧武者と対峙する。  恐怖が、斬られたという経験が、陽平の足を自然と後退させる。 「逃げ出さぬか。見上げたものだ」 「逃がしてくれねぇンだろ? だったら嫌がらせでもなんでも構わねェ、最後まで抗ってやる!」  ただのハッタリだ。腰は退け、頭はどうやってこの場を脱しようかと思考を巡らせている。それでも虚勢を張るのは偏に、倒れた光海と、その傍らの少女を自分と同じ目に合わせたくないというもう一つの恐怖心からだ。  考えろ。考えるのを放棄すれば確実に殺される。  鎧武者の動きに合わせて身構える。相手にしてみればさぞかし滑稽な姿だろう。なにせ身動ぎするだけでこちらが面白いほど動揺してみせるわけだ。  何度目かの動きに合わせて足を後退させたとき、踵が何かにぶつかった。 「……光海」  怖い思いをさせてしまった。おそらく陽平が同じ立場でも、平静を保てる自信はない。  せめてこの幼馴染だけは逃がしてやりたいが、気を失ってしまった以上は陽平だけの力では難しい。  なぜもっと貪欲に力を求めなかったのだろうか。父があれだけの技術を持っているのだ。望めばそれなりの力が手に入っていたかもしれない。  想像が足りなかった。こんな非日常な事態に遭遇するなどとは夢にも思わなかった。まだ自分は子供だから、大人になる頃にはと敷かれた安全なレールに胡坐をかいていた。  後悔に打ちのめされている場合でないことはわかっている。それでもないもの強請りの理由に過去をこじつけることで、今の自分が許されようとしている。 「力が……ほしい」  自らが生き延びるための力が。大切な人を守れる力が。情けなくたっていい。惨めだっていい。何でもかんでもみんな守らせろと言っているわけじゃない。ただ、守らなきゃいけない相手くらいは守れる強さが欲しい。 「たとえ力を求めた代償に、未来永劫戦うことを強いられるのだとしても、今この瞬間のための力が欲しい!」 「その“ねがい”をかなえます」  少女の声に合わせて、脳裏に文字が浮かび上がる。  まるで元から知っていたかのように、自然と言葉を紡いでいく。 「風雅流(ふうがりゅう) 忍巨兵(しのびきょへい)の術」  両手で印を結び、クナイを地面に突き立てる。  地鳴りがした。続いて大きな揺れが起こった。  握りしめたクナイの柄尻、そこにはめ込まれた勾玉が強い光を放ち、風を呼び寄せる。  風は渦を巻き、陽平を中心に周囲の力を吸い込んでいく。  陽平の中で、なにかがカチリと音を立てて開いた気がした。 「小僧、なにをした」  鎧武者に初めて動揺の色が伺えた。  突然の術を止めさせることも忘れて、しきりに周りを警戒している。  この相手にはわかっているのだろう。少女の言う契約に基づき、陽平の行使した術の力を。使用した陽平自身でさえまだ知らない強大な力を。 「……きた」  少女の声に、鎧武者が勢いよく背後を振り返る。  次の瞬間、なにか大きな影が月明かりを遮ったかと思うと、物凄い早さで鎧武者を海の向こうへ弾き飛ばした。  派手な激突音と、ずっと向こうで海面に衝突しただろう波の音。続けて聞こえたときには、陽平はその巨大な存在を当然のように見上げていた、 「……これが、忍巨兵」 『いかにも。ワタシの名はクロス……獣王(じゅうおう)の称号を持つ忍巨兵だ』  それは巨大な獅子の形をした白いロボットだった。  今しがた鎧武者を吹っ飛ばしたのは、どうやらこの獅子が前足で張り飛ばしたらしい。  その威力は想像に難くないが、おそらくはトラックに撥ねられるよりも凄まじい衝撃だっただろう。それこそ、常人であれば即死するほどの。 「獣王……クロス」  その名を噛み締めるように、改めて口にする。 「俺の、忍巨兵……!」
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