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[4]
海上を走るライオンというのはかなり現実味に欠ける光景だろう。
実際、それを体験している陽平にしてみても、まだこれが夢なのではないかと疑っているほどだ。
女の子が空から落ちてきて、鎧武者が現れて、胴切りにされても生き返って……
「なんだか気味が悪ぃな……」
こうして腹に傷がないかを確認するのも何度目か。
綺麗に切り裂かれた服の隙間から見える腹筋は、至って健康そのものだ。
「結局、お前が治してくれたってことでいいんだよな?」
隣に座り込んだ少女に確認するが、よくわかっていないのか首を傾げられた。
現在は忍巨兵 獣王クロスの背に乗り、少女と共に海を渡っているところだ。いや、正確には先程張り飛ばした鎧武者を追って、海上を疾走中というところだ。
ちなみに光海はこれ以上危険に晒すわけにもいかないので、あの場に置いてきた。
「船よりも早く海の上を進むって変な感じだよな」
これだけ巨大な物体が四足獣のごとく駆けているにも関わらず揺れは感じず、速度による風圧もない。
この巨大メカに使われた技術は、陽平の常識の外にあるものばかりだと痛感させられる。
『陽平、あらかじめキミに言っておくことがある』
「こっちからも聞きたいことは山ほどあるけど、ここはセオリーどおり順番に聞くことにするよ」
『助かる』
「できれば手短に簡潔に頼む」
正直、自分の置かれた現状が意味不明すぎて、これ以上難しい話をされてもついていける自信がない。
『キミはワタシと契約を交わしている。つまりワタシという忍巨兵を扱い戦う忍者がキミというわけだ』
いったいいつの間にその契約とやらをしたのかは知らないが、どうやらそういうことになっているらしい。ついでにライオンメカの忍者と言われてもピンとこないが、そういうものだと仮定して納得しておく。
なんにしても忍者だと言われて悪い気はしない。
『忍巨兵を扱うには、当然知識も技術も必要だ。だが今のキミは、そのどちらも十分ではない』
「未熟は承知しているつもりだよ」
実際、あの鎧武者を相手には文字通り瞬殺された身だ。
太刀筋どころか動きさえも見えなかった。今更弱いと言われたところで、折れる自信もない。
「でも、強くなる意志はあるつもりだ。そこは間違えねェでくれ」
『……続けよう。つまり不足しているキミが忍巨兵を扱うには、キミ自身の変化が必要になる』
「変化? 心構えとかそういう心境の変化みたいなのじゃねェよな」
『文字通り、キミを強制的に改造する。ワタシに蓄えられた知識や技術といった情報を植え付け、それを扱える肉体に改造する。即ち、キミという存在情報を上書きすることになる』
さすがに改造とまで言われると、陽平も頬が引き攣る。
なんとなく言葉の意味はわかる。パソコンだって触ったことがあるので、情報の上書きというのも理解はできる。
ただ、与えられた情報に合わせて肉体まで変化させられた場合、それは果たして風雅 陽平と言えるのだろうか。
陽平の背筋に冷たいものが流れた。
『当然、いきなり大掛かりな情報の上書きは、キミという自我を消滅させかねない。今回は必要最低限しか行わないつもりだ』
だがそれは、必要に応じて改造が繰り返されるということと同義だ。
決意を固めるのは簡単だ。だが、果たして自身が上書きされるという恐怖に耐えることができるだろうか。
唇が震えているのに気が付き、強引に笑ってオーバーリアクションでごまかす。
「迷ってる暇なンてねぇだろ。気にせずやってくれ! たぶんそうしないとどっちみち……」
あの鎧武者が戻ってきた時点でまた殺されるだろう。
あれは言っていた。誰も逃がさないと。ならここでやつの歩みを止める以外にない。
『キミの言う通り、迷っている暇はなさそうだ。どうやら奴はもう刺客を差し向けてきたようだ』
クロスの指し示す方には、明らかに縮尺のおかしい人影が四つ。
どれも先程の鎧武者の簡易量産版かと思える姿をしているが、驚くべきはそのサイズ。目測だが、おそらく10メートルはあるはずだ。
「巨大ライオン相手に巨大武者引っ張り出してきたって、SFにも程があるだろ」
『陽平!』
「頼む。後悔は後回しだ!」
『……わかった。ワタシの変化に続いて、きみはワタシに転身するのだ。情報の書き換えは、我々がひとつになったとき行われる』
頷き息を整える。
深い深い深呼吸で気持ちを鎮め、その時を待つ。
『ならば行こう。“姫”は念の為ワタシの懐へ』
「ん……」
「ちょっと待て。今なんつった?」
「行くぞ。悠久の時を越え、今こそ獣王忍者の姿を見せるとき!」
ライオンが跳躍と同時に変形を開始する。
前足を腕に、後ろ足を脚に、獅子の頭は上顎を背中へ、下顎を胸へ開き、その中心からは人型の頭が現れる。
『変化ッ!!』
ライオン型から人型へ姿を変えたクロスが立ち上がる。
「くっそォ、どうにでもなりやがれ! ──転身っ!!」
クロスの胸元に溶け込むように体の感覚が、意識が拡がっていく。
陽平という人間と、クロスという忍巨兵の意識が重なり合い、ひとつに融合していくのがわかる。
莫大な情報が脳だけでなく体中を駆け巡り、たった数秒で忍巨兵という存在を識ることができた。
「これが、忍巨兵……これが!」
『いかにも。この姿こそが忍巨兵本体の姿、獣王忍者──』
クロスが着水すると同時に身を隠すほどの飛沫が上がる。
渋木によってこちらの位置を確認した大型鎧武者が振り向くと同時に、飛沫の壁を突き破って飛び出したクロスが、掌に"力"を集めて生み出したクナイを相手の喉元に突き立てる。
小規模の爆発と共に頭部が転げ落ちる。続けてグラリと傾く体を蹴って跳躍したクロスは、到底ロボットとは思えないような身軽さで宙返りをした後、月が映し出された海面にフワリと着地する。
膝を曲げて腰を落とし、身を低く身構えるクロスの口元をマスクが覆い、さらにそれを覆うように赤く光るオーラのような不定形なマフラーが現れる。
『獣王忍者クロス、見参!』
不意打ちで1体を倒されたためか、残りの3体が慎重に距離を取ってクロスを囲んでいく。
『我ら忍巨兵のように足場を気にせず戦う鎧武者。いったい何者だ』
回答はない。返答の代わりにと3体が揃って背中の太刀を抜き放ち、それぞれに身構える。
力量はその動きだけで十分にわかる。先までの陽平ならば、どれに向かったところで数秒で両断されているほどの手練れ。動きを見るに、おそらくあの銀の鎧武者が動きのベースになっているのだろう。
『どうやら話してわかる相手ではないようだな』
1体が背後から斬りかかる。
さらに身を低くして刃をかわしたクロスは、二撃目が来るより早く真上に跳躍。頭上から光の手裏剣を投げつける。
一投目が目に、二投目が右手首に、三投目が胸元に突き刺さる。しかし装甲の厚い部分だったこともあり致命傷ではない。
着地するクロスの軌道を追って振り返る鎧武者に、ダメ押しとばかりに印を組み、練られた力を掌で海面に叩きつける。
『空牙! 水遁爆流槍ッ!!』
鎧武者の足下から立ち上る飛沫が刃となり、避ける暇も与えず串刺しにする。
僅かな間を置いて爆発四散した鎧武者の両脇から、3体目、4体目が同時に仕掛けてくるため、そうそう落ち着いてなどいられない。
『ならばこれでッ!』
襲い来る2体よりも、さらに外側へ向けて、左右同時に複数の手裏剣を投げる。
弧を描き、手裏剣が2体の背後を交差して通り抜ける瞬間に、前もって手裏剣に仕掛けておいた糸を一斉に手繰り寄せる。
投網の要領だ。糸に絡めとられた2体の鎧武者は、自慢の太刀を振り上げることすらできずに足を止める。続けて印を組み、再び力を練りあげる。
『これで最後だ。咆牙! 風遁獣咆哮ッ!!』
人型からライオンへ姿を変えたクロスが、動きを止めた2体の鎧武者めがけて咆哮をあげる。
破壊の力を伴った咆哮は、鎧武者の装甲を裂き、引きはがし、瞬く間に四肢をガラスのように砕いて吹き飛ばす。
残骸がパラパラと海面を叩き、大きな破片もすべて海へと沈んでいく。
4体すべてが海に沈んだことで、辺りには夜の海らしい静寂が戻ってきた。
『我ら忍巨兵に近い技術を持った者とは、いったい……』
「待ってくれ」
『陽平?』
「一旦待ってくれ。タンマだ」
強引にクロスから這い出た陽平が、背から海面に転がり落ちる。
だが沈まない。当たり前のように海面に膝をついて座り込んでいる自身に、陽平はズレを、違和感を覚えずにはいられなかった。
「今戦ったのは俺か? それともクロスか?」
『我々二人で、だ』
「二人? 俺は一人の感覚だった……重なるとか、一緒にとか、そんな感じじゃ絶対なかった!」
強いて言うなら二つが溶け合った状態。しかも陽平という存在は、クロスという大きすぎる存在に沈んだだけに思えて仕方がなかった。
「今、俺は風雅 陽平なのか?」
転身を解いたはずなのに、身体が自分のものではないような感覚が消えない。
「答えてくれクロス! 俺はちゃんと風雅 陽平なンだよな!?」
『それは……』
わかっている。クロスも迷っているのだ。風雅 陽平という人間の情報を改竄している今の状況を、果たしてちゃんとと言ってもいいものか。
陽平にはわかる。このままこれが続けば、おそらくそう遠くない未来に風雅 陽平という自我は失われる。忍巨兵クロスを戦わせるためのパーツになってしまうだろう。
「……はは」
乾いた笑いがこみ上げる。
ふと見上げれば、クロスに"姫"と呼ばれた少女が陽平を見下ろしていた。
彼女は言っていた。その願いを叶えますと。
陽平が望んだ結果がこれだと。
「お前は……悪魔か?」
少女は微動だにしない。
「悪ィがこれ以上はご免だ。これ以上こんなことに付き合えるかッ!」
クロスと少女を残して、陽平はその場を駆け出した。
遠く、少しでも遠くへ。そうだ。家に帰ってしまえばきっといつもの自分に戻れるはず。
海を走って逃げる自分に気持ち悪さを覚えたが、今はただ、この場に留まりたくなかった。
「俺は……風雅 陽平だ……陽平、なんだよな」
その問に答える者はなく、陽平はただ感情の向くままに足を動かし続けた。
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