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 巨大なメカライオン ── 獣王(じゅうおう)クロスが身を低くする。僅かに遅れて背にしていた建物の煙突が横薙ぎに切断され、派手な音と砂ぼこりを上げて倒壊する。  銀の鎧武者の猛攻を掻い潜り、できるだけ刀が振り難そうな場所を選んだつもりが、想像以上に人の多い場所まで来てしまったことにクロスは自らの浅慮に歯噛みした。  戦場は海から移り本州都市部へ。時間にしてあれからまだ三十分くらいだろうか。  その間、反撃らしい反撃も行えないままクロスは鎧武者の攻撃に晒され続けていた。 「いつまでも器用に避け続ける……」  僅かに苛立ちを含んだ鎧武者の声に、クロスは後ずさる。  確かに避け続けてはいるが、いつまでそうしていられるかはわからない。最悪の事態も考えねばと、懐に収まった少女の存在に気をかける。 「忍巨兵(しのびきょへい)とはその程度ではなかろう! あの星で出会った忍巨兵はもっと強く、もっと猛々しい戦士だったぞ!」  再び振り抜かれる長大な刀を跳躍で避ける。しかし返す刀が僅かに前足を掠め、着地を誤り派手に転倒する。  並び立つ建物を破壊しながら転がる体を勢いだけで起こし、再度跳躍することで続く刀を回避する。 「それとも、あれがキサマらの中で最強の忍巨兵だったのか?」 『なにを……!』  反撃にと爪を振り下ろすも、こちらの攻撃は易々と受け止められる。  やはり忍巨兵としての性能だけで勝てるような相手ではない。それはこれまでの攻防で十分にわかっている。 『……姫、やはりワタシの力だけではヤツには及ばない。彼の助力が必要だ』  浮かぶのは姫によく似た髪色をした少年の姿。しかし、 「だめ」 『しかしこのままではワタシはあなたを守れない!』 「……それを、だれもねがっていない」 『姫っ! ──── ぐっ!』  切断された建物が横腹に直撃したことで、もんどりうって倒れ込む。  どうやら業を煮やした鎧武者が、破壊した建物の破片を蹴り上げたらしく、それをまともにくらってしまったらしい。  四肢に力を込めて立ち上がるクロスに、銀の鎧武者が瓦礫を踏み砕きながら歩み寄る。  遠くに人の声がする。どうやらまだ逃げ遅れた人たちが大勢いるようだ。  無理もない。夜の都会といえど、決して無人というわけではない。むしろ日中よりも危険に気づくのが遅れているはず。 『せめて、もう少し距離を……』 「戦う気がないのなら、早々にその娘を渡せ忍巨兵」  体勢を立て直す前に完全に間合いに入られた。おそらく次の攻撃を完全に避けることは適わない。  可能な限り最速で回避行動が取れるように鎧武者の一挙手一投足を凝視する。僅かな攻撃の兆しも見逃すわけにはいかない。 「諦めの悪い。ならば抵抗こそ無駄なことだと思い知るがよい!」  切っ先が動いた。鎧武者に切り上げの動作を見たクロスは跳躍に入り、可能な限り最速で回避へと入ったはずだった。  しかしその読みこそが誘われたのだと気づいたときには、クロスに鎧武者の踏み込みを止める手立てはなかった。  切り上げと同時に大きく踏み込むことで、クロスの予想を上回る範囲で斬撃の弧が描かれる。  まともに受ければ先の陽平のように胴を二つにされる。 (ならば姫だけでも……) 「遅いっ!」  鎧武者の刀は完全にクロスの胴を捉えた……はずだった。  しかしクロスを斬ったはずの刀は空を切り、勢いを殺せず鎧武者は真正面にそびえるビル群を薙ぎ倒してようやく足を止める。 「……何っ!?」  まるで蜃気楼のように消えたクロスの姿に、鎧武者が慌てて振り返る。  いつの間にそんな場所に移動したのか、周囲で一番大きなビルを背に鎧武者の間合いから逃げ延びたクロスの姿があった。 『……今のは、キミなのか』  クロスが見上げた先の建物、その屋上に小さな人影があった。  これ以上は無理だと、そう告げてクロスたちの前から去ったあの少年、風雅陽平(ふうがようへい)が、肩で大きく息をする姿に、クロスは我知らず近づいていた。 『どうしてキミがここに』 「いろいろ理由はあるけれど、一番の理由は恩返しだ」  命を救われた。陽平にはその恩がある。 「だから俺は、今度はあの子が俺になにをしてほしいのか、どうしてほしいのかを聞かなくちゃならねぇ」 『恩返しならば、先ほどの幻術でもう十分に返された。あの攻撃を受ければワタシは倒され、姫は奪われていただろう』 「じゃあクロスには返した! あとはあの子の分だ。そのためにはお前の力を借りなきゃならねぇ」  腕が震える。背筋が寒く、足がおぼつかない。  恐怖からくるものだとわかっていても、陽平自身にはそれをどうすることもできなかった。  だが、それでも陽平は来た。恐怖を引き連れたまま、奥歯を噛み締め、恐れたことを恥ることなく、勇気をもって現れた。 「俺には戦うための"力"が足りねぇ……」 『ワタシには守り抜くための"勇気"が足りない』 「だからお前の"刃"を俺に貸してくれっ!」 『だからキミの"心"をワタシに貸してほしい!』  あの鎧武者を退けて、あの少女を守るために。  陽平の手にしたクナイの勾玉が強い光を放つ。強い風が二人を中心に巻き起こり、鎧武者が顔をしかめる。  クナイの勾玉に模様が浮かび、それを印だと認識した陽平はすぐさま術を解放する。 「妄牙(もうが)影衣着装(えいいちゃくそう)……」  足下の影が生き物のように陽平を飲み込むと、瞬く間にその姿を忍び装束で包み込む。  首のマフラーで顔を隠し、準備ができたとクロスに合図を送る。 『似合っているぞ陽平。その術は先代の残したもの。ワタシに残る先代の技を溜め込んだ纏う秘伝書と言ったところだ』 「ありがてえ。その分はクロスに情報改竄されずに済むってことだな」  刀を構える鎧武者へと視線を向ける。先ほどの幻術で警戒心を与えることができたのか、不用意に飛び込んでくるような真似はしないようだ。  それとも、こちらが獣王クロスに転身するのを待っているのだろうか。  様子を伺う陽平とクロスに、鎧武者が刀を振りかぶる。  先ほどまでと違う明らかな全力。恐ろしく早い斬撃が地面を穿ち、衝撃波がアスファルトやその下の地面を砕いて走ってくる。  これを最初に放っていればクロスがここまで逃げることもなかっただろうに。どうやら相手もこちらを舐めてかかっていたらしい。 「クロス!」 『応っ!』  陽平を頭に乗せ衝撃波から身を遠ざける。 「楼牙(ろうが)、土遁無限城壁っ!」  陽平の力を受けたクロスが術を展開する。  衝撃波の前に現れる土壁が、砕かれては現れを繰り返すことで衝撃を少しずつ弱らせる。  最後に現れた特大の壁までもが砕かれるが、衝撃波の相殺には成功したらしい。  辺りに舞う土煙に便乗して、陽平は印を結び再びクナイの術を解き放つ。 「風雅流(ふうがりゅう)口寄せ ── 招忍獣(しょうにんじゅう)の術!」  足下を中心に風と煙が巻き起こり、陽平とクロスの姿を包み隠す。  鎧武者の蹴り飛ばした建物の破片が煙の塊に突っ込んでくるが、そのすべてが切り砕かれ目標に届かず落とされていく。  煙の隙間から見える紅の装甲に、鎧武者が僅かにたじろいだ。  いつそこに現れたのか。クロスを守るように広げられた翼は刃のよう。それが衣のように身を覆うことでクロスを瓦礫から守ったのだ。 「鳥……だと。刃の翼を持つ鳥!?」 『忍獣、戦衣壱式(いくさころもいちしき)── 紅那衣(くない)!』 「そ、その翼は……まさか!」 『見るがいい悪鬼よ、これが忍巨兵の真の力だ!』 「風雅流、奥義之壱 ── 三位一体っ!」  風が吹き荒れる。鎧武者の巨体をも揺るがすほどの強風がクロスと紅那衣、陽平の体を夜の空へと舞い上げる。  紅那衣の腹部が外れ、クロスの両脚をそれぞれ覆い、ひと回りおおきな脚を作る。  腕を背中に、獅子の頭を胸に移動させたクロスを背中から覆う紅那衣が、紅い肩や腕へと変形すると、紅いクロスに似た頭部が起き上がる。  額を背に陽平が張り付くと、回転扉のように陽平を中へ収納して、代わりに現れた青い水晶が輝きを放つ。 『獣王式忍者合体(じゅうおうしきにんじゃがったい)────』  口元をマスクが覆い、両の瞳に光が宿る。 『クロスッフウガァァァアアアッ!!』  巨大なクナイを重ねて作ったような翼が背に開き、高く高く舞い上がった巨体がくるりと身を翻してビルの屋上へと降り立つ。  風のおかげではっきりと姿を現した月と夜空を背に、クロスフウガはビルを屋上を蹴って飛び出した。 「さぁ、ここからが本番だぜ。"俺たち"、獣王クロスフウガが推して参る!!」
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