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 速い ────。  そう感じたのは決して鎧武者だけではなかった。  獣王(じゅうおう)クロス、忍獣(にんじゅう)紅那衣(くない)、そして陽平(ようへい)が三位一体することで誕生したクロスフウガは、四足で海を駆けたクロスのそれよりも遥かに速かった。  滑空して数秒も経たないうちに鎧武者の頭上を通り抜け、背後の空へと再び舞い上がる。 (速すぎて間合いを詰めすぎる! タイミングを見計らって攻撃を……) 「ちぃっ! ふわふわと木の葉のように鬱陶しい!」  鎧武者の長大な刀が空を切り、その衝撃波がクロスフウガに襲い掛かる。  だが不思議と先ほど脅威は感じず、空で大きく宙返りするだけで容易く回避することができた。 『陽平、回避行動が大きくなりすぎているようだ』 「そんなこと言ったって、空を飛ぶなんて初めてなモンで……」  正直どこに重心を置けばいいのかもよくわからない。なんだか背中に引っ張られるような感覚で飛んでいるため、どうしても大きく動いてしまうのだ。 『補助をしよう。先までよりは安定した飛行ができるはずだ』  クロスフウガの言葉に胸部ライオンの鬣から噴き出したエネルギーの帯は、クロスフウガの首を覆うように広がると、そのままマフラーのように背中へと伸びていく。  どうやらこのマフラー状のエネルギーがバランスを取ってくれているらしく、宙に浮いているにも関わらず安定したまま滞空することができた。 「こいつはありがてぇ。それじゃ改めて反撃開始だ!」 『応っ!』 「獣爪(じゅうそう)装填!」  クロスフウガ両腕の爪が起き上がる。突き出した腕からアンカーのように射出された爪が鎧武者の刀に掴みかかる。  伸びたワイヤーを巻き取る勢いで急降下したクロスフウガは、接触の瞬間に強烈な膝蹴りをお見舞いする。  大きく仰け反る鎧武者の腹を蹴って再び距離を取り、両肩からエネルギー状の手裏剣 ── 撒飛斬(さんひざん)を機銃のように撃ち散らす。  決め手にこそならない威力だが、これだけの数を無防備に受ければ多少のダメージにはなるはず。  案の定、膝をついた鎧武者の被弾箇所からは煙が上がり鬼面の口元からは低いくぐもった声が漏れだしている。  それにしても、上空からの攻撃に対してあまり対処ができていなように感じる。 『どうやら奴に飛行能力はないようだ』  クロスフウガの言葉に頷き、それならばとさらに高度を取る。 「アドバンテージがあるってなら、できるだけ活かして戦うだけだ!」  幸いにも忍獣紅那衣を纏ったクロスフウガは、クロスのときに比べて武装が大幅に増えている。あらゆる戦局に対応すると言っても過言ではない。  こうなるといろいろと試したくなってくるが、そんな好奇心を振り払うように陽平は頭を振った。  これだけの被害を出した相手を舐めてかかれるほど今の陽平は強くない。それがたとえクロスフウガという力を得たとしても、慢心は必ず隙を生む。 「クロスフウガ、できるだけ攻撃力の高い武器でいく!」 『ならば翼を使おう。この刃翼(じんよく)こそが紅那衣最強の武器にして最大の特徴。使い方次第でほかの武器とは比較にならない破壊力を出すことができる』  翼を四つ切り離して巨大な十字手裏剣に組み替える。 「裂岩(れつがん)、十字手裏剣っ!」 『はぁぁぁあああっ!!』  眼下の鎧武者目掛けて巨大な十字手裏剣が投げられる。  高速で回転しながら飛来する刃を、鎧武者は安易に刀で受け止めたりはせずに跳躍で確実に回避する。  あれだけの速度、規模で襲い掛かる武器の威力をすぐに見極める辺りはさすがといったところ。  裂岩が通り過ぎる際に触れたビルが音もなく斜めに滑り落ちる光景に、陽平自身も冷や汗をかかずにはいられなかった。  手元に戻る裂岩を易々と回収する。強力すぎて使いどころが難しいのは今の一投で十分に理解した。万が一、敵対者以外に当ててしまうようなことがあれば、確実に多くの命を奪える破壊力だ。  この強大な破壊力を秘めたロボットこそが忍巨兵(しのびきょへい)の真の力だとクロスフウガは言った。 (そうでなければ守れないっていうのかよ……)  後悔をしているわけではないけれど、それだけの力を自分が手にしたという事実があまりに重い。  この場に立つことを選んだということは、その重さを背負うと決めたということ。  つい数刻前まで普通の学生だった陽平にとっては、あまりに現実離れした話だ。 『陽平、しっかりするんだ』 「大丈夫、わかってるんだ。この力は俺だけのものじゃない。俺たち二人でクロスフウガなんだ」  だからこの人の手には余る忍巨兵の強大な力も間違わずに使える。  跳躍で間合いを詰めた鎧武者の太刀を体捌きでかわし、強引にねじ込んだ膝を接触させる。  膝の突起に仕込まれた炸薬式のパイルバンカー ─── 破岩(はがん)が追撃とばかりに発射され、カウンターでそれを受けた鎧武者がくの字に折れ曲がったまま地面に叩きつけられる。  地面を穿ち、勢いを殺しきれないままビルに激突する鎧武者を追いかけるように降下しつつ、陽平は粗くなった呼吸を整える。 「はぁ、はぁ……くそっ、この野郎どれだけタフなんだ!」  まだ何度目かとはいえ、クロスフウガの攻撃をこれだけ受けているにも関わらず弱っている様子がない。  対して忍巨兵初心者の陽平は、武装を使う度に体力を大きく消耗していく。  早めに勝負を決めてしまわなければ、体力切れで一気に形勢を逆転されかねない。 「動けなくするまでは止まらねぇってのかよ」 「……やれるものならばやってみるがいい。キサマがあの星の忍巨兵ならば容易かろう」  刀を杖代わりに鎧武者が立ち上がる。 「どうした。黒い忍巨兵は瞬きの間に、我を幾度となく斬り倒したぞ」 「人違いだってンだよ!」  鎧武者の連撃を紙一重で避け、振り下ろされた腕を展開した獣爪で受け止める。  力ではあちらが上なのか、ジリジリと押し込まれていく腕に、クロスフウガは両足を地面にくい込ませる。 「迂闊だったな。どうやら力では我が忍邪兵(しのびじゃへい)が上。このまま我が太刀の錆びにしてやろう……!」 「ぁンだと……」  鎧武者の腕が更なる力を込めるたびに、クロスフウガの膝が落ち、長大な刃が首元へと近づいてくる。  じわじわと近づく銀の輝きを睨みつける。感情の昂りに呼応するように刃を押し返すクロスフウガに、陽平の口元は思わす笑みをもらしていた。 「忍邪兵だかなンだか知らねぇけどな、そんなパチモンにクロスフウガが負けるかよっ!」  クロスフウガ背面に備え付けられた二本一対の武器が脇下をくぐり正面に向けられる。  それが銃口であることに鎧武者が気がつくよりも早く、クロスフウガは最大出力でそれを発射した。 『砲術、灼火閃(しゃっかせん)!』  白い火砲から放たれる真っ赤なエネルギーが鎧武者の両肩を容赦なく貫きもぎ取っていく。  両腕を失い、最大にして唯一の武器であった刀をも失った鎧武者が、よろよろと大勢を崩して後退する。  剥き出しの断面はバチバチと音を立て、今すぐにでも爆発をしてしまいそうなほどの煙を上げている。さすがにこの状態では、もう戦闘を続けるだけの余力はないだろう。  奪い取った刀を放り投げ、投降を勧告しようと一歩を踏み出した瞬間、未だに衰えを知らない殺気に触れて、今度はクロスフウガが後退させられる。 『まだ戦うというのか!』 「忍巨兵ともあろう者が、まさかとどめを刺さぬなどと生温いことを言うつもりはないだろうな……」  先ほどから気にはなっていたが、やはりこの相手は忍巨兵を知っている。  いつどこで出会ったのかはわからないが、おそらくそのときの情報を元に、この忍邪兵とやらを作ったに違いない。 『お前がワタシたち忍巨兵をどう思っているのかは知らないが、我々は殺戮の兵器ではない』  あれだけの破壊力を秘めたロボットのセリフとは到底思えないものだったが、どこかホッとした陽平は改めて鎧武者へと向き直る。 「どう思ってようがあんたは俺たちに負けたんだ。大人しく言う通りに従ってもらうぜ」 「ふはははは ──! 負けた? 今からこの忍邪兵と運命を共にするキサマらに、この我が負けたと? おかしなことを言う」 「なに言ってやがる! てぇめぇ、この期に及んでおかしなことするンじゃねぇだろうな」  確認するまでもない。この手の相手が取る行動はだいたい察しがつく。  だが確認をするまでは認めたくない。そんな焦りを覚える陽平に、クロスフウガの声が響く。 『陽平、奴の体内で力が暴走を始めている! 極めて危険な状態だ!』  つまる話がこの鎧武者は最後のあがきに自爆すると、そう言っているのだ。 「お約束が過ぎるってぇの! ぜってぇに阻止するんだ、クロスフウガ!」 『移動させる時間はなく、中途半端な破壊では爆発を早めるだけ……』 「だったら最大最強の武器で、野郎の爆発ごと吹き飛ばしてやるっ!」  印を組み力を流し込むことで拳サイズの火種を生む。  胸のライオンが大きく口を開き、火種を術によって口内で圧縮、抑え込んだ力が外に出ようとする反発力を加速させて、炎を火炎に、火炎を爆炎に、爆炎を極限まで高めた破壊のエネルギーへと昇華させていく。 『獣王遁煌(じゅうおうとんこう)最大出力、火遁解放っ ─────!』  荒れ狂う炎が渦となって収束していく。それは明らかにこれまでの武器で最大規模の破壊を行うための必殺兵器。 「くぅぅらいやがれぇっ! フウガパニッシャーァァァアアアアアッ!!」  獅子の口から溢れ出した超高熱が咆哮と共にエネルギーの奔流となって射線上にいる鎧武者を飲み込んでいく。  夜の街が明るくなるほどの超火炎に、鎧武者が断末魔の声をあげる暇はなかった。  装甲が耐えられたのはほんの数秒。直後、砂の城のように崩れていく鎧武者は、破片も灰も諸共をまとめて空の彼方へと吹き飛ばしていく。  放出の勢いを支えるために踏ん張る足がじりじりと後ずさる。放出を続ける陽平の額にも玉のような汗が浮かぶ。  やがてエネルギーの奔流は少しずつその威力を落とし、最終的には一条の閃光となって消えていった。  クロスの身に纏った紅那衣の隙間から蒸気が噴き出し、自らの武器によって加熱した装甲を冷却すると、再び静けさを取り戻した夜の都会に立ち尽くす。 「はぁ、はぁ……は…………はぁ────」 『どうやら無事に成功したようだ。陽平、人が集まる前にここを離れよう』 「ああ、そうしようぜ。聞きたいことも山ほどあるからな……」  一度ビルの上へと跳躍。その後、翼を広げてクロスフウガは夜の空へと舞い上がっていく。  眼下に広がる痛々しい被害を受けた街を見下ろしながら、陽平は進路を時非島(ときじくじま)へと向けた。
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