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「えっと、結局のところヨーヘーは魔法が使えるようになったっていうことですか?」 「ふむ。いい質問だね、光海(みつみ)ちゃん」  手を挙げて質問する光海に頷いたのは、風雅雅夫(ふうがまさお)─── 陽平(ようへい)の父だ。  陽平がクロスフウガと共に鎧武者を撃退してから一夜が明けて、クロスや謎の少女と共に潜伏していた時非島太平洋側の洞窟に、香苗(かなえ)や光海を連れて雅夫が現れたのはほんの一時間前のことだ。  どうやって居場所を突き止められたのかはわからないが、元々相談するつもりだったので隠し事をすることもなく、陽平は自身に起きたことを三人に語って聞かせた。  一度死にかけたこと。少女に生き返らせてもらったこと。鎧武者と戦うために忍巨兵(しのびきょへい)と合体したこと。そのために自らの情報を上書きされたこと。逃げ出したこと。そしてなんとか撃退して踏みとどまれたこと。  その場にいる誰もが口を挟まず、誰もが疑わず、陽平の話は滞りなく終わることができた。  だが完全に予想外だったのは、直後に雅夫と香苗が立ち上がり、詳しいことを説明すると言い出したのだ。  まずは疑問に答えようという雅夫の言葉に、光海が挙手したのが冒頭の一言である。 「魔法……というものがこの世に存在しているかはわからないが、我々はこれを"賦力(ふりょく)"と呼んでいる」 「ふりょく……ですか?」 「浮く力の浮力ではなく、賦活(ふかつ)する力で賦力だね」  曰く。風雅の忍者、及び巫女たちの術の要となる力なのだとか。  生命体に限らず万物に宿る力で、他者を賦活(※活性化)することのできる要素を差す。  例えるならば、"その人がいるだけで元気を貰えるよう存在"や"身に着けることで、いつもよりも力がみなぎる装飾品"など。  これはすなわち、外部から得た賦力によって、対象は力を活性化されたということになる。  この現象を意識的に引き出し、賦活する力の強弱や対象さえも操ることができるのが風雅の忍者であり、巫女なのだそうだ。  ちなみに非生命体よりも生命体の方が多くの賦力を有しており、賦活される側によって得られる効果には差がある。などの細かな条件も存在するようだが、その辺りは体でわかるしかないらしい。  ただし使用した賦力の量次第では、消費した側は精神に異常をきたすことや、最悪死ぬことさえありえるため、術者は極力他者から借り受けるのを控え、自らの賦力を消費して術を行使することが多い。  このため風雅の術は"生き急ぐ術"などと揶揄されることもあるのだとか。 「まだ質問いいですか?」  陽平以上に馴染むのが早い光海の挙手に、雅夫は気を良くしたように親指を立てる。 「もちろん」 「さっきから当たり前のように"風雅"の忍者とか巫女とか言ってますけど……」  そう。そこだ。それは陽平も気になっていた部分だ。  雅夫が忍者だというのは今更だが、その"風雅の"という部分はどういうことかと。 「うん。うちはそういう家系なんだ」 「そうなんですか」 「うん」  説明が終わったらしい。 「ちょっと待て! それで納得がいくかよ。もうちょっとなンかあるだろ?」 「光海ちゃんは納得したようだが?」 「当事者が一番納得してねェんだよ」  陽平の怒号にもどこ吹く風。暖簾に腕押しとはまさにこのことだ。 「ヨーヘー、質問は手を挙げてからにしなさいよ」 「いや、そういう話でもねェだろ……」  がっくりと項垂れる陽平が肩を引く感覚に振り返れば、件の少女がなんだかつまらなさそうに見えなくもない表情で陽平の肩を揺すっていた。 「え……なに?」 「ようへい」  首を傾げている。どうやら”ようへい”で合っているのかを訊かれているらしい。 「あ、ああ。俺のことだ」 「わたしにも構う」  思わずズッコケそうになるのを堪えて少女の頭をひと撫でする。 「悪いけど、もうちょっとだけ待っててくれるか?」 「……ん、わかった」  昨晩クロスフウガになって戦った後くらいからだろうか。なんだか妙に懐かれたようで、こうして度々陽平に声をかけてきては自分に興味を持つように促してくる。  もっとも、残念ながら未だに名前ひとつ聞くことはできていないのだが。 「それで、結局うちが忍者だの巫女だのがいる家系だってのはいいとしてだ。なンか発端みたいなものがあるんだろ。まさか本当に時非島が戦国時代に敗戦した侍たちの集まった島だとか言うンじゃねぇだろうな」  陽平の言葉に顔を見合わせる雅夫と香苗。  どうやら発端を話す気はあったらしいが、どこまで話していいのかを決めかねていたのだろう。  視線だけで確認を取り合う二人に、一言文句を言ってやろうと口を開きかけたそのとき、突然洞窟の奥から人の気配がした。  つい先ほどまでは物音はおろか、人の気配など微塵も感じなかった。それが突然現れたということは、元々そこに隠れ潜んでいたか、もしくはなんらかの方法でその場に現れたかだ。  当然気づいているだろう両親を振り返るが、どちらも警戒している様子はない。つまり二人はこの件に関してグルだ。 「支度に時間がかかってしまい、申し訳ありませんでした」  まだ姿は見えないが、それは優しく澄んだ女性の声。もしもこれが悪人の声であるなら陽平の価値観が音を立てて崩れるところだ。 「陽平さんにこうして合うのは二度目ですね」  洞窟の奥から現れたのは一人の女性だった。  緑がかった長い黒髪。身を包むのは巫女装束。そしてどこか天女を思わせる羽衣。  じっと見つめられてつい視線を逸らしてしまうが、陽平の目にはもう彼女の姿が焼き付いていた。 「きれい……」  光海が思わず口にした呟きに、陽平も内心で同意した。  その身を着飾るのは巫女装束であるにも関わらず、目力や佇まい、声や雰囲気というものが、まるでどこぞの国の姫を前にしたような錯覚に陥らせる。  陽平の母、香苗とはまた対極のような美しさ。刀剣のような美しさが香苗ならば、彼女は織物のような美しさとでも表現すればいいだろうか。 「いつまで呆けておる。御前様に挨拶くらいせんか」 「え、あ、え……え? 悪ィ、今なんて?」  雅夫の言葉に多少パニックに陥りながらも、なんとか我に返った。 「我ら風雅という一族の代表者、すなわち彼女こそが御前様その人だと言っておるのだ」  冗談だろ。そんな疑問の元彼女を振り返ると、穏やかな笑みを浮かべたまま小さく頷かれた。 「ですが、どうか畏まらないでください。雅夫も香苗も、私にとっては恩師……先生なのですから」 「じゃ、じゃあ……俺は御前様にとっては”恩師の息子”ってことなンですか?」 「そうですね。ですが、それ以上に”約束を交わした仲”でもあります」 「そういえば、さっきヨーヘーと会うのは二度目って……」  そういえば言われた気がする。  しかしどれだけ記憶を辿ってみても、陽平が御前様に出会ったという記憶は存在しない。そもそも約束と言われても─── 「……”あなたが求めた力です。大切にしてください”」  陽平の呟きに、光海も思い出したらしい。  そう。陽平の記憶にある、思い出のクナイをくれた着物姿の少女の話。 「覚えていてくださったんですね」  とても年上とは思えない屈託のない笑顔に当てられたのか、陽平は気恥しさから行き場のない手で頭をかく。 「っても、それくらいしか覚えてなくて……」 「十分です。覚えていてくださったことこそが、きっと今回の件に繋がったのだと私は信じています」 「それじゃ、このクナイも……忍巨兵も、この子もみんな“風雅”って一族の持ち物……縁者ってことなのか?」 「察しが良くて助かります。いくつかの例外を除き、すべては地球にとって異物であるこの私“リード”と呼ばれた星の人間、風雅という一族の巫女姫、琥珀(こはく)が発端になったことです」 「巫女姫って……つまりはお姫様?」 「そう呼ぶ方も少なくはありませんでしたが、どちらかと言えば、一族をまとめる族長、”(おう)”と呼ばれていましたが、その娘というだけですよ」  ちなみに巫女姫というのは一族での役職にあたる名前なのだそうだ。  リードの神に祈り、神の声を聞く唯一の巫女。それが彼女なのだと。  ようするに姫という立ち位置なのは間違いないが、そう呼ばれるのは彼女自身気恥ずかしさがあるといったところか。 「あの、いくつも質問をして恐縮なんですが……」 「はい。どうぞ気になさらないで、なんでもお訊きください光海さん」 「リードという星の人間と言ってましたけど、琥珀さんは、その、宇宙人なんですか?」 「そうですね。ただ宇宙を超えたのか、空間を超えたのか、はたまた世界を超えたのかは私にもわかっていないので、異世界人という表現でもいいのかもしれません」  わかっているのかわかっていないのか、なんとなく頷く光海の隣で、陽平もつられて曖昧に頷いて見せる。  頷いてこそいるが理解は追い付いていない。そんな表情の陽平に、光海は小さく溜息をついた。 「つまり、ヨーヘーの家系は魔法みたいな力を持った忍者だけど、その実は宇宙人かもしれないってこと」 「ずいぶんザックリした説明だけど、おかげでだいたいわかったよ」  自分が宇宙人だとか言われてもロボットと合体した後では今更な驚きだ。あれだけ非現実なことが立て続けに起きていれば新鮮味も薄れるというもの。 「それで、そのリードで大変な役をしていたはずの琥珀さんが、なんで地球にいて御前様をやってるんです?」 「それなんですが……実はよくわかっていないのです」
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