[1]

2/2
前へ
/44ページ
次へ
 "リード"と呼ばれた星は、地球よりも小さいけれど動植物に恵まれた自然溢れる星だった。  創世神話にはこう語られる。  <神と二匹の獣、そして姫と呼ばれた者によってリードは誕生した。  なにもない場所に命を育むため、初めに二匹の獣が天と地を創り、次に神は自らの体に自らの剣を突き立て溢れ出す命で動植物を生み出した。  姫はそれを見守り導いた。  それがリードの始まりである>  そんな話が昔話として民たちの間で語られる頃、リードの民はある理由から二つに割れてしまっていた。  かたや目覚めた創生の獣との接触を果たし、その訓えの元で共存を選んだ一族"風雅(ふうが)"  かたや眠り続ける創生の獣を崇め、神の再誕を第一の目的とした一族"雷雅(らいが)"  あまりにも出来すぎた偶然だったのだ。  その存在をあくまで訓えとして、自らの力で繁栄を求めた風雅の地では、創生の獣である神獣クロスガイアが目覚めたのに対して、神への信仰心溢れる雷雅の地には、神竜クロスアークが休眠状態で発見されてしまう。  これがすべての発端となったのは言うまでもない。  雷雅がありとあらゆる手段を講じて神竜を目覚めさせようと時を重ねる傍らで、風雅は神獣と語らい知識を得ていた。  雷雅が神竜が目覚めないのは信仰心が足りないからだと民に訴える傍らで、風雅は神獣を朽ちた旧き体から新たな体へ移すことに成功した。  雷雅が内乱によって酷く荒れたときには、風雅は神獣より得た知識で生み出した忍巨兵(しのびきょへい)でこれを鎮圧した。  雷雅が忍巨兵の技術を求めたとき、風雅はこれを撥ね退けた。  気づけば長い長い年月が経ち、雷雅は神竜が目覚めぬまま独自の研究によって高い技術力を得た。  風雅は神獣の言葉に従い巫女姫を選定し、"最古の姫"と呼ばれた存在に接触することで天啓を得た。  十の忍巨兵が風雅と共に幾度となく外敵を退け続けた頃、雷雅はもう風雅に関わろうとはしなくなっていた。  リードが生まれて数百年が経った頃には、獣王を筆頭とした忍巨兵が自然と民を守る風雅と、古代技術を現代に蘇らせたことで強大な力を手に入れた半面、多くの自然を失った雷雅という真反対の一族同士が共生する星になっていた。 「えっと、つまりリードには"風雅"のほかに"雷雅"という国があって、両者は仲が悪かった……と」 「仲が悪いわけではなかったのですが、そう聞こえてしまいますよね」 「風雅が頑なに忍巨兵の技術を教えなかった辺りとか……」 「風雅は神獣や姫から得た知識を守る責任がありましたから。仕方のないことでした」  確かに、現代においても他国からお前の国の秘密兵器の設計図を寄越せと言われて、はいわかりましたと配って回る馬鹿はいないだろう。  いや、今現在の地球においてはその限りではないのだが…… 「風雅の神獣というのは、結局何者だったんですか?」 「文字通り神の獣です。創生に関わったとされる伝承の。しかし神獣は神としてではなく風雅の友として生きることを願われました。結果は、ご覧の通りです」  琥珀の促す先には、巨大なライオンメカが沈黙を守ったまま腰を落ち着けている。 「じゃあ、クロスが元神獣だってのか」 『ああ。しかし、ワタシにその頃の記憶はほとんど残っていない』  神獣としての体を捨ててから、徐々に神代の記憶とも呼べるものは失われていったのだそうだ。  神としての立場を捨て人と共に歩むクロスにとって、ひょっとするとそれは必要のないものだったのかもしれない。 「少なくとも今は困ってないンだろ? だったら俺と一緒だな」  現在が困っていないのなら、それは今必要なものではないはずだ。  陽平自身がそう言い聞かせて育ったこともあり、その辺りを追求するつもりも掘り返すつもりもない。  隣で聞いていた光海も気持ちは同じらしく、既に琥珀に向かって挙手をしていた。 「"リード"っていう世界と風雅の成り立ちはなんとなくわかりましたけど、結局琥珀さんが地球に来た理由がわかってないですよね?」 「そうですね。実は私もその辺りにはっきりとなにが起きたのかはわかっていないのですが……きっかけは間違いなく(いくさ)が起きたことでしょう」  戦 ── すなわち戦争が起きた。それはリードの誰の目から見ても明らかだった。  時は風雅が神託によって最後の忍巨兵を建造し終えた頃。雷雅の工房から現れたすさまじい数の鎧武者型の兵器が風雅のみならず雷雅も、リード全土を蹂躙し始めたのだ。 「鎧武者型って、まさか!」  驚きの声をあげる陽平に、琥珀は無言で頷く。  十中八九、昨晩陽平の戦った相手 ── 忍邪兵(しのびじゃへい)のことだ。  忍巨兵と遜色ない性能を持つ兵器が、それも無数に暴れ出したのだとしたら、いかにクロスフウガといえども守り切るのは難しい。  とくにあの銀の忍邪兵は強敵だ。あのレベルの相手が複数となった場合、苦戦は必至。  リードが完全に炎に包まれるのは時間の問題だったのだろう。  時を同じくして、当時10歳の琥珀は最後の忍巨兵、風雅城イストリアの元にいた。  イストリアは巨大な城の形をした忍巨兵であり、先に生まれた十の忍巨兵を格納、封印する役割を担った特別な忍巨兵だ。  有事の際、必要最低限の忍巨兵のみを運用し、それ以外は誰の手にも届かぬよう作られた城の形をした棺。  神託を受けた巫女姫として、そのイストリアの完成を見届けねばならなかった琥珀は、城の中で戦が起きたと報告を受けたのだそうだ。  すぐに十の忍巨兵を以て対応を。そう考えたとき、イストリアがなにか強大な力に捕らわれ制御を失い、瞬く間に宇宙へと放り出された。  忍巨兵サイズのものを十も格納しているだけあり、イストリアは想像を絶する巨体を誇る。当然ながら総重量も相当なものだ。それを難なく宇宙まで放り出したというのだから、もはや物理的な力ではなかったのだろう。  次の瞬間には距離も時間もすべてを超えて、イストリアと十の忍巨兵、そして琥珀と共に避難をしていた女子供ばかりが100名ほど、この地球へと飛ばされたのだ。  後に、その力の出所が雷雅の開発していた"(ゲート)"と呼ばれるものであったと乗り合わせた者から知ることにはなったが、残念ながら帰る手立てについてはなにもわからずじまいだった。 「地球の暦では西暦1550年頃のことでした」 「西暦1550年っていや……戦国時代か」 「ヨーヘーの好きな忍者ばっかりの時代ね」 「否定はしねぇけど。でも、当時10歳の琥珀さんが1550年頃に地球に来たのなら、今 ──」  陽平が言い切るよりも早く、光海の矢が陽平のこめかみに触れていた。  慌てて両手を上げる陽平に、ジト目の光海がしぶしぶ構えた弓を収めていく。 「デリカシーがないんだから。女性相手に失礼なこと訊かない」 「へいへい。おめぇこそ、いつもどっから出してきてンだよそれ……」 「ご心配なく、気にしていませんから。それに陽平さんの疑問はもっともな話。きちんと説明をしておきましょう」  少し笑顔が引き攣ってるように見えなくもない琥珀の言葉に、陽平と光海は慌てて姿勢を正す。 「私はこの地球に来て大半の時間を風雅城イストリアの封印の間で過ごしました。今風で言えばコールドスリープを行う場所と言えば伝わるでしょうか」  地球へ来て最初の数年は、戦国時代ということもあって激動の日々が続いた。  風雅の技を用いて、現地協力者と共に(いくさ)に加わることも珍しくはなかった。  多くの同胞を失い、帰る手立ても見つからないまま時間だけが過ぎていく。  頼みの綱である忍巨兵たちは動かず、ただ沈黙を守り、風雅城イストリアに至っては適当だったのかはたまた狙った座標がいい加減だったのか、その巨体のほとんどを海の底に沈めたまま。  身動きが取れないとはまさにこのことだった。  しかし風雅の民にとって、神託を受けることのできる琥珀は今後の行動指針そのものといってもいい。それを失うことだけは絶対に避けねばならないことだった。  そこで琥珀は封印に周期を設け、数十年に一度目が覚めるように仕掛けを施され、眠りの中で神託を授かり目が覚めた時に指示を出すという方針を取らされた。  本当に長い、長い年月が経った。  琥珀と共にリードから来た者は、重要な知識を持った一部を除き、そのほとんどが生涯を終え、次の世代、そしてまた次の世代と移り変わっていった。  故郷であるリードの大地へと再び帰ることを夢見た者たちのためにも、琥珀は忍巨兵と風雅城イストリアの再起動を諦めるわけにはいかなかった。 「そしてそれが今日、ひとつ叶いました」 「忍巨兵、獣王クロスが目覚めた」 「ですが私の受けた神託によれば、これは良からぬことの前触れでもあると」  それはほぼ間違いなくあの忍邪兵のことだろう。  実際に戦った陽平としても、あれで打ち止めとは到底思えない。 「あの銀の甲冑野郎は、この子を狙ってた。それは間違いねぇ」  傍らの少女に視線を向けると、少女も陽平の目をじっと見つめ返す。  その場にいる誰もが少女に目を向ける。  いったいなにがそうさせたのか。少女は陽平の袖をしっかりと掴んだまま、決して離そうとはしなかった。昨夜の出会ったばかりとは大違いである。 「ヨーヘー、その子になにしたの?」 「いや、むしろ俺が訊きたいくらいなんだけど」  やったことと言えば、彼女を守るためにクロスフウガと共に忍邪兵を退けたことと、この場に連れてくるために手を引いたことくらい。決してやましいことはない。  ここまで来るのにだって黙って着いてきたくらいで、変化らしい変化を感じることはなかった。  光海の視線が妙に痛い気もするが、明らかに冤罪なので勘弁してほしい。 「そもそもその少女はいったい何者なのでしょうか?」 「いや、それも俺が訊きたいくらいなんだけど。……ってことは、最初に琥珀さんの言ってたいくつかの例外ってのは」 「はい。彼女のこと。そして陽平さんの戦った相手のことです」 「なんてこった。落ち着いたらこの子の名前くらいはわかるのかと思ってたンだけどな」  完全にアテが外れた。  ちなみにここに来るまでに訊ねてみたところ、クロスにわかるのは、彼女こそが自分が守る姫であるということくらいなのだとか。  なにか目印があるわけではなく、本能的にそう感じるらしい。 「ということは、その子は琥珀さんと同じ風雅の巫女姫っていうことなのかな?」 「光海さんの仰る通りかもしれません。私がかの地を離れて数百年。あの(いくさ)が無事に終結していたとしたら平和の戻った風雅から選出された、私の何代か後の巫女姫という可能性もあるわけですから」 「早計は危険だが、彼女の容姿。それこそが風雅の人間であるなによりの証拠だろうな」  近づいて、少し不思議な表情で顔を覗き込む雅夫と香苗に、少女は猫のように、掴んでいた陽平の腕を障害物代わりに身を隠そうとする。 「何を隠そうワシも香苗さんも、そしておそらく御前様も彼女には見覚えがある」 「本当かよ、親父!」 「ええ。この子の容姿は、今から10年ほど前に私たちが初めてお会いした頃の、御前様と瓜二つと言ってもいい」  ここに来てからずっとそれを考えていたのだろう。口にすることでようやく心のつかえが取れたという表情の母に、陽平はまさかと頭を振る。 「可能性としてありえるのは、御前様のずっと未来の孫という説。同じ血を引いていればよく似た容姿の人物が生まれることはそう珍しいことでもない」 「それこそ偽物とかクローンだとかいう方がよっぽど不自然ってことか」  少女が月明かりの下、陽平たちの目の前に降りてきたあの場面。  出会ったときに感じた不思議な心の高まり。あれを思い出せば偽物だとかそういうイメージは一切湧いてこないのだが、当事者ではない雅夫たちには伝えるのが難しい。  どうしたものかと思案していると、琥珀が陽平のすぐ隣でひざを折り、少女と同じ目線で微笑みかけていた。 「……っ」  怯えているのか、少女の陽平の袖を掴む力が強くなる。 「驚かせてごめんなさい。よければあなたの名前を聞かせていただけますか?」 「ん……なまえ?」  陽平に向かって首を傾げるその様子は、まるで名前とはなんなのかと問いかけられているようにも伺える。 「名前は名前だよ。俺は陽平だ。わかるだろう? 。お前は……そう、なんて呼ばれているんだ?」  少しの沈黙。まさか自分がなんと呼ばれていたのかを思い出しているとでもいうのだろうか。 「ようへい、ようへい」  どうやら思い出してくれたらしく、ほとんど変化のない表情で、しかし少し嬉しそうに陽平の袖を引く少女の口から出た言葉に、陽平は我が耳を疑った。 「あくま」 「……え?」 「わたし、あくま」  一瞬、誰もが言葉を失った。  仮に彼女を化け物と呼んだ人間がいたのだとしても、それを笑顔で、ましてや自分の名前だと勘違いして口にする少女の違和感たるや、想像を絶するものがあった。  思わず少女の頭を撫で、しっかりを頭を横に振る。  たとえどんな理由があったのだとしても、こんな少女が、自分の名前が「あくま」だなんて思わせるわけにはいかない。 「本当にごめんな。俺も酷いこと言っちまったモンな。でもな、違うんだ。お前は悪魔なんかじゃない」  あのとき、一瞬でもこの少女を悪魔だと思った自分を呪わずにはいられなかった。  それがなければ、こんな小さな子に、こんなことを口にさせたりはしなかったかもしれないのに。 「ちがうの?」 「ああ。お前は……」  そこまで口にして、言葉が詰まる。  何も考えておらず、つい感情で話を進めてしまっていたが名前と言われてもすぐに思いつくものでもない。  でも、こんな女の子にこれ以上自分を悪魔だと口にさせるわけにはいかない。たとえどんな事情があるにせよ、それはきっと間違っている。  固唾をのむ一同の視線と、先ほどまでの皆の言葉を思い出す。  10年ほど前の琥珀の容姿にそっくりな少女の名前。ならばその琥珀の名に肖って、宝石の名をつけてやるのもいいだろう。  緑がかった黒髪と、同じ色をした宝石のような瞳。 「お前は……翡翠(ひすい)だ」 「ひすい」 「そうだ。どうして名前が思い出せないのかはわからねェけど、全部を思い出せるまではお前は翡翠だ。そんでもって、俺と忍巨兵 獣王クロスが守る"お姫様"だ」  それでいいですよね。と琥珀を振り返ると、彼女もまた陽平の言葉にしっかりと頷いてくれていた。 「一番偉い人の許可も下りたことだし、これからは俺がお前を守るよ。お前を襲う幾千幾億の刃からその身を、悲しみや孤独から心を守ってみせる」  少女の目に僅かな変化が起きた。  今まではなにを見ているのかよくわからなかった瞳が、まるで見る世界が変わったとでもいうかのように透きとおっていく。 「どうして?」 「どうして、か。そうだな……守ってあげたいと思ったんだ。あのとき俺を逃がしてくれた優しいお前を。辛い目に合わせたくないって思ったんだ」  それじゃだめかと問いかける陽平に、少女ははっきりと頭を横に振った。  目尻に浮かぶ涙が零れ落ち、少女──翡翠は陽平の胸に縋りつくように頭を埋める。 「これからどうしたいか、どうして欲しいのか、たくさん俺にも聞かせてくれ」 「……ん」  とりあえずは一件落着でいいのだろう。ようやくどこか子供らしい表情を見せた翡翠に、一同は一斉に胸を撫でおろした。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加