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「俺は反対だ。おめェは忍巨兵で戦うってのがどういうことなのかわかってねぇンだ。そもそも光海がやる理由がねェだろ」
「なに怒ってるのよ?」
「怒ってなンかいねぇよ。ただおめェがなンにもわかってねぇから言ってンだよ!」
光海が協力を申し出てからおよそ10分ほどが経った。
琥珀に連れられて城の中を進みながら、陽平は光海に考え直すよう何度も説得を試みていたのだが、今のところすべて徒労に終わっている。
それにしても頑なな。ここまで意固地になることもないはずだが、いったいなにが光海にそうさせているのかがわからない。
喧嘩をしたときだってここまで頑なな態度を取ることはない光海が、いったいどういう心境の変化なのか。
「忍巨兵はやばいんだって。なんでわかンねぇんだよ」
「知ってるわよ。ヨーヘーがすごい勢いで落ち込むくらいには危ないんでしょ?」
昨晩のことを思い出し、思わず陽平の息が詰まる。
「そんな生易しいものじゃねぇンだよ! 頭の中っていうか、存在そのものをいじくられるンだぞ?」
「でも、ヨーヘーは変わらないじゃない。それに、そんなに力いっぱい否定すると、さすがに琥珀さんやあんたの相棒に悪いとか思わないわけ?」
言われて気づいたが、琥珀も先ほどからずっと苦笑い気味だったらしく、陽平は申し訳なさそうに会釈で謝罪した。
だがこのままでは光海があの恐怖を体験することになってしまう。正直なところ陽平だって何度も経験したくないことだが、クロスと一緒に戦うと陽平自身が決めた以上はそうも言っていられない。
忍巨兵戦う以上避けては通れない情報の上書き。必要な知識や技術、それに見合う肉体といった必要なものを存在レベルに植え付ける行為。
いったい誰が考え付いた機能なのか。正気の人間が考えたとは到底思えない。
「そもそも理由がねェだろ! なんで光海が一緒になって戦う必要があるンだよ」
陽平の言葉に初めて光海が思案した。だがそれも数秒のこと。
「あんな話を聞いて『じゃあ私は無関係なのでさようなら』なんて言えると思う?」
「それに文句を言うやつがいるなら俺が……」
「私がイヤなの」
陽平の言葉を遮り、光海の視線が陽平のそれとぶつかる。
強い意志を秘めた目。梃子でも動かないという感情が溢れ出しているのがわかる。
「私、そんなに薄情に見える?」
「そういうわけじゃねぇよ。違うンだけど……」
「雅夫おじさまも香苗おばさまも、私には才能があるって言ってた」
洞窟で別れる際、陽平の両親が言い残した言葉だ。
曰く、陽平よりも賦力を扱う才能があるのだとかなんとか。
光海は賦力というエネルギーを目で見えてはいないけれど、力の流れを感覚が捉えているらしい。
そもそも男性よりも女性の方が賦力の扱いに長けた者が多いのだとか。
そんなことを聞かせたものだから、光海もその気になってしまったに違いない。
「あ~……どう言ったらわかるンだよ」
「悩んでいるところを申し訳ないのですが」
琥珀の声に視線を上げる。
そこには、およそ城の中には似つかわしくない、神社のような朱塗りの門が聳え立っていた。
人が潜るにはやや大きすぎる。かといって廊下は人のサイズなのに門だけ忍巨兵が潜るというのもなんだかおかしい感じだ。
「着きました。ここが"森王の間"です」
「シンオウ……森の王様で森王だ。コウガっていう緑のヘラジカの姿をした忍巨兵のことだな」
陽平の知識を肯定するように琥珀が無言で頷く。
「ちなみに、なんで数ある忍巨兵から森王を選んだンです?」
「ご存知ないかもしれませんが、実は森王もまた弓の扱いに長けた忍巨兵なのです。光海さんは弓を嗜んでおられる様子でしたので」
琥珀の言葉に光海が笑顔で首肯する。その笑顔は幼少期より培ってきた弓術への自信の表れにも見える。
「必ず巫女になれるというわけではありません。しかし巫女として選ばれてしまった場合、光海さんは今までの常識では測れないような過酷な戦いに身を投じることになります」
これは琥珀からの最後の忠告だ。辞めるなら今だと。
「私には私の理由があります。同情とか気の過ちとか、そういうのじゃないんです」
「なんだよ、その理由って」
なにも言わず陽平の前を通り過ぎた光海は、門の前でくるりと踵を返し、
「ひみつ」
そう言って笑顔で門に手を触れた。
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