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光海と森王コウガによる長距離射撃が文字通り開戦の鏑矢となった。
コウガの長距離射撃に対応できるよう陣形を動かしている隙に、陽平と獣王クロスは既に射程圏内にまで踏み込んでいた。
忍者刀で端から頭を飛ばし、切り口に賦力でできたエネルギー状クナイを突き立てて内部も破壊しておく。
個々に槍や鉄砲で反撃をしてくるが、銀の忍邪兵との戦闘で慣れてしまったのか、どれもこれも動きが鈍く感じる。
クロスの攻撃に気を取られればコウガの射撃の的となり、確実に数を減らされていく様はまさに有象無象といったところ。
「いける。こいつらそんなに強くねぇ!」
『だが気をつけろ陽平。我々 忍巨兵であっても直撃を受ければ一気に形勢は傾く』
「わかってる。性能はさすが忍巨兵の模造品ってところだけどな、悪いが使い手が三流だぜ!」
鋭い蹴りで頭を飛ばし、また1体を確実に戦闘不能にする。
おそらくこの個体は量産型の忍邪兵といったところだろう。
よくもこれだけの数を短時間で用意できるものだが、使い手の育成までは追い付いていないのか、どれもどこか機械じみた対応しかしてくる様子がない。
『まだ学習中ということも考えられます。陽平殿、どうか油断はなさいませぬよう』
「コウガの言う通りよ。ヨーヘーだって私だって、まだまだ新米で三流の使い手なんだから」
「一緒にすンな。俺にはこの忍び装束があるんだよ」
影衣と呼ばれたその装束は、先代獣王から受け継がれたものだ。
風雅の忍者たちが使う呪印と呼ばれる印を刻むことで発動する9つの秘術。そのうちのひとつ妄牙によって身に纏う術の鎧と言って差し支えないだろう。
妄牙。影の持つ隠ぺい力を賦活させる呪印。
主に身を隠すことに使用するが、練度の高い使用者であれば隠ぺい力という意味を強化することで影そのものに沈むかの如く完全にその場から存在を消すことができるという。
そしてその影を衣のように身に纏うことで、素性を隠し、陽平という人間の本質を相手に掴ませない装束にもなるというわけだ。
どうもこの"影衣"に関してはさらに特別性らしく、先代獣王の経験値を溜め込んでいるために、こういった状況ではこの呪印を使えばいいなどいった、とっさの判断に役立つ優れものなのだ。
まだ情報を引き出すことに不慣れなため、若干タイムラグがあったりもするのだが、現状ではもっとも頼りになる武器でもある。
「おかげさまで、"風牙"だってこの通り自由自在」
風牙。風を身に纏い、その流れを操ることで身体能力以上の力を得る呪印。
攻撃や防御、移動の補助など多くのことに用いる風雅流の基礎に当たり、風雅忍者の戦闘力の要と言ってもいい秘術である。
これを用いることで、水上を走り、壁を駆けあがり、あらゆる体勢から行動を起こすことができるようになる。
陽平にとっては夢にまで見た忍者そのものの動きを可能にする念願の秘術というわけだ。
「でも、私だって同じようなのもらったわよ?」
光海の身を包むのは機械パーツのような補助具のついた巫女装束だ。
陽平の影衣ほどではないにせよ、なにかと便利な機能に溢れている。
たとえば現在水面という慣れない足場で矢を番えているが、それを安定させているのは袴部分から変形して伸びた朱色のスタビライザーだ。
元々は朱袴を覆うような形で配置されていたのだが、光海が足を止めて射撃体勢に入ると同時に変形、鳥居のような形になって後方へと伸びた。
スタビライザーの足が展開された"千牙"の呪印に接続されると、不可視の足場となって揺れを最小限に留めてくれたのだ。
千牙。光という形ないものの持つ存在しているという認識の力を搔き集め形にする呪印。
術による武器の創造が主な使用方法に当たるが、切っ先のさらに先に刃を作り武器の長さを変えるといったトリッキーな使用もできるため、こうして射手のために足場を作る機能として仕込まれていたらしい。
この調子では額当てや袖周りのパーツなどにはどんな機能が隠されているのかわかったものではない。
「あんまり派手じゃないといいな」
『光海様、範囲射撃も試しておきましょう』
「どうやるの?」
『その装束の機能を使います。どうか指示通りにお願いいたします』
脳裏に浮かぶ印を結び、光海の背後に二つの呪印"空牙"と"咆牙"が展開する。
空牙。限定空間内における賦力の制御を行うための呪印で、範囲は術者によって異なるが、賦力の量ではなく、精密な感知能力や空間把握能力が要求される高度な術である。
これを用いることで離れた場所に必要な術や呪印の使用が可能になる他、技や術を対象に確実な形で当てるためのフィールドとしても用いることができる。
咆牙。運動エネルギーを賦活する呪印で、いわゆるベクトルを自在に操る能力だが、ほんの小さなミスでも大惨事に繋がることから非常に危険な術とされている。
今回はコウガに制御を頼り切りだが当然難易度も高く、本来これを自在に使える者は数少ない。
矢を番え構える動作に合わせて肩から腕付近を覆うパーツが変形、呪印を通過すると、延長線上にある弓と矢にその効果を伝えていく。
強力な感知機能を持つコウガの捉えた戦場を、上空から見下ろすように認識した光海は、その範囲内に収まった敵機体を一つずつ頭の中でマーキングしていく。
「狙い……合った!」
『風雅流弓術、天の型"嵐"! 参ります』
上空へ向けて放たれた矢が、無数の光に割れて戦場に降り注ぐ。
範囲内には味方である獣王クロスがいるにも関わらず、確実に忍邪兵だけを脳天から打ち抜いていく様は、さながら神の御業といったところ。
あまりの光景に陽平が唖然としている間に、周囲にいた忍邪兵は完全に沈黙させられていた。
『凄いのだな、キミの友人は』
「いや、俺もさすがに驚いたぜ。まとめて狙われたかと思って正直ひやひやしたけどな」
感嘆の声をもらすクロスに、陽平は寒気がするとわざとらしく震えて見せた。
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