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 忍巨兵(しのびきょへい)獣王クロスと森王コウガが忍邪兵(しのびじゃへい)軍団と交戦を始めた頃、場所を同じくしていながらまったく別の戦闘が行われていた。  滴る水と身に着けていたダイバースーツをできる限り音を立てずに脱ぎ捨てるのは、どこか防毒マスクのようなゴーグルで顔を覆う者たち。  身長や体格髪色などからしても、年齢や性別、国籍、さらには装備までも明らかにバラバラな集団。  身のこなしからわかるのは、その一人一人が一般人ではない特殊な訓練を受けた者たちだということだけ。  そして、おそらく所属は国連軍。  当然と言えば当然だ。今やここは特異災害地域に指定され、一般人は近づくことさえ許されない。さらにいえば今は巨大兵器同士戦闘の真っ只中。近づこうという方がばかである。  だからこそ、集団はすぐに警戒して足を止めた。  こんな場所に一般人がいるはずがないのだから。 「日本人だな。念のため警告する。ここは特異災害地域になっている。ただちに退去せよ」 「そちらは日本人ではないようだが流暢な日本語だな。異端技術蒐集を目的とした部隊が国連軍にはあると聞いていたが、お前たちがそうだな」  反応がない集団を相手に、男は構わず続ける。 「大方、火事場泥棒同然にあそこの残骸を持ち帰り、ついでに戦闘の様子も記憶して帰ろうというのだろう」  集団の前に立ちはだかる黒いオーソドックスなビジネススーツ姿の日本人、風雅雅夫(ふうがまさお)の言葉に、集団の空気が一変する。  それはそうだろう。存在さえ秘匿されているはずの部隊のことを口にして、あまつさえその前に立つ存在が普通であるはずがない。  集団から二人、雅夫をめがけて飛び出していく。  常人離れした速さと高さ。そしてその手には西洋の剣が一振り。  振り下ろされた刃がアスファルトを切り裂き、その下の大地までも豆腐のように切り裂いていく。 「やれやれ、問答無用というわけか。だがその技、イタリアの魔術師か」  まるで寝返りをうつくらいの気安さで鋭い攻撃を避けつつ、集団の観察を続ける。  向けられた銃口から放たれる弾丸が雅夫の行く手を阻むように魔法陣を展開する。 「これはドイツの……随分と古めかしい術を使う」  雅夫の手から放たれるクナイが銃弾の中心を捉え、魔法陣は広がりきる前に消えていく。  雅夫をめがけて投げられた無数の符が、水墨画で見られる鳥のよう姿に変わって襲い掛かる。 「これは……陰陽術か。なかなかに多芸だが、脅威にはならん」  雅夫の掌打が生み出した突風が、襲い来る鳥の群れを紙屑に変えて吹き飛ばしていく。  背後から迫る刃を危なげなくかわして、雅夫はあえて距離を取るのではなく、集団めがけて駆け出した。  剣を振るよりも早い手刀が二人同時に意識を刈り取る。  崩れ落ちる仲間をすぐに支えて、集団は一斉に八方へと跳ぶ。 「いずれ知られることになるかもしれない情報とはいえ、むざむざ見過ごすわけにもいかんのでな」  距離を取る集団の足に、いつの間にか絡みついた糸が導火線のようになって、小さな火が走っていく。  すぐに糸を切って対応する者もいれば、もたもたして火柱に飲まれる者もいた。  それほどの火力ではないのか、黒焦げとまではいかずとも、ブスブスと煙をあげた装備を慌てて脱ぎ捨てる集団に、雅夫はここぞとばかりに強烈な拳を叩きこんでいく。 「別にお前たちに恨みがあるわけではないのでな。殺しはしないが、商売柄戦闘能力を奪うことに躊躇はしない」  徐々に数を減らされていく集団が、やむを得ないとばかりに互いに合図を送る。  これ以上の戦闘は無意味とようやく理解できたらしい。やむなく撤退を選んだようだが少し判断が遅かった。  海岸を目掛けて一目散に場を離れる集団が、まるで蜘蛛の網にかかった蝶のように宙で動きを封じられていく。 「相手が一人だとなぜ思ったの。各国の異端技術を寄せ集めた部隊というのもまだ実験段階だったということなのね」  濃い緑のジャケットにフルレングスパンツといった至ってシンプルなビジネススーツに身を包む長髪の女性、風雅香苗(ふうがかなえ)はさして興味がないのか抑揚の薄い声でため息交じりに呟いた。 「なんにせよ、相手が魔術師の類なら記憶や視覚情報を持ち帰られても困るんでね。悪いが一切を」  先だって光海(みつみ)に問われた際、雅夫は魔法という存在があるかはわからないと答えたが職業柄、魔術師と呼ばれる者たちは腐るほど目にしてきた。  大昔から伝わる理論や数式、数多の要因が作用して用いられる魔術と、ゲームなどで魔法力を消耗するだけで超常の現象を起こす魔法は別物だ。  かく言う風雅の扱う術もまた、この世界においては魔術に分類されるだろう。  忍巨兵がカメラなどの記録媒体に写らないことから、こうしてアナログに頼って情報収集を行っているのだろうが、実際に投入するには部隊としての練度が足りなさすぎる。  もっとも、現段階の陽平では彼らに手も足も出ない可能性は否定しない。彼らだって素人というわけではない。 「早々に我々が出張る必要がなくなってくれると助かるんだがな」  どうやら向こうの戦闘にも動きがあったらしく、先ほどまで散々鳴り響いていた爆発音がピタリと止まった。  見上げたずっと向こうの空で、銀に輝く装甲が立ち上がるのが見える。 「急ごう。ここもじきに戦場になる」  雅夫の言葉に、香苗は無言で頷いた。
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