[6]

1/3
前へ
/44ページ
次へ

[6]

 森王コウガの矢の威力は凄まじく、先の攻撃で残るすべての忍邪兵(しのびじゃへい)はその活動を停止した。  そのあまりの火力のため、いたるところから立ち上る煙を見上げる陽平(ようへい)は、なんだか戦争の跡みたいだと独り言ちる。  もっとも、忍巨兵(しのびきょへい)の破壊力は戦争のそれを遥かに上回る。使い方次第ではこの一面を瞬時に焼け野原にすることだってできてしまうのだ。 「確かにすげぇンだけど、光海にはこういった状態になってることは黙っておかねェとな」 『芯の強い少女だ。そう過保護にならずとも大丈夫ではないか』 「いいンだよ。俺がやりたくてやってることだ。そんなことよりさっさと帰ろうぜ。煙幕とかで身を隠してサッと──」  思いがけず簡単に勝利を収めてしまったためか、つい気が緩んでしまっていた。  突如、真上から叩きつけられた剥きだしの殺気に対して、反応が僅かに遅れる。  そんな体たらくにも関わらず予想外にも攻撃は行われず、クロスが飛び退くのを待ってからようやくそれは姿を現した。  それは先の忍邪兵と同じように、空間の裂け目から現れた。  陽光を反射する銀の装甲を持つ巨大な鎧武者。間違いない。先の戦いでクロスフウガに敗れたあの忍邪兵と同型だ。  ただし、その巨体はさらに2まわりほど大きくなり、背には航空機を思わせる翼が備わっている。  これは明らかにクロスフウガ対策をした忍邪兵だ。 「で、でけェ……!」  たとえクロスフウガになっていようと体格負けもいいところ。ヒグマに人間が挑むとちょうどこんな構図になるのではないだろうか。 「待たせたな忍巨兵。だがそのままでは勝負になるまい。早々にあの姿になるがいい」  聞き覚えのある声が頭上から響き渡る。  この短期間で聞き間違えようがない。前に戦ったあの鎧武者だ。  どうやらあの状況で生きていたらしい。しぶといと思うべきか、それとも…… 「昨日今日でクロスフウガにリベンジしようってのか。さすがに気が早すぎじゃねェの?」 「勝負にならぬと言ったぞ。今のキサマでは……」  やはりハッタリが通じるような相手ではないらしい。それはそうだ。一度は陽平を胴斬りにした張本人。その強さは陽平自身が一番よくわかっている。 「ヨーヘー、私たちも援護するから」 「駄目だ! ぜってェに手を出すな! コウガ、手出しさせたら承知しねェぞ!」 「ヨーヘー! 正々堂々とか言っていられる相手じゃないんでしょ?」 「うるせェ! いいか、絶対だからな!」  もしもクロスフウガと交戦中にコウガが手を出せば、この忍邪兵の凶刃は間違いなくコウガにも向けられる。  忍巨兵は自らが受けたダメージまでも搭乗者にリンクするため、コウガが狙われるということはそのまま光海の危険を意味する。  あの装束がどれほどダメージを軽減してくれるのかはわからないが、万が一光海が胴斬りにでもされた場合……できれば想像したくはない。 「クロス、腹ぁくくってもらうぜ!」 『ワタシは常にキミと共にある。いこう、陽平!』 「風雅流(ふうがりゅう)、口寄せ ── 招忍獣(しょうにんじゅう)の術!」  印を組み、獣王の勾玉を持つクナイに刻み込まれた術を解き放つ。  風の塊が空に生まれ、繭を引き裂くように内側から紅の鳥が姿を現す。 『忍獣、戦衣壱式(いくさころもいちしき)── 紅那衣(くない)!』 「風雅流、奥義之壱 ── 三位一体っ!」  紅那衣の腹部が外れてブーツ状のパーツになる。クロスの両脚をそれぞれが覆い、ひと回り大きな脚を形作る。  腕を背中に、獅子の頭を胸に移動させたクロスを背中から覆う紅那衣が、紅い肩や腕へと変形すると、紅い頭部が起き上がる。  現れた頭部の額に背を預けた陽平が、回転扉のように中へと収納される。内側から現れた青い水晶が煌き、瞳に強い光が宿る。 『獣王式忍者合体(じゅうおうしきにんじゃがったい)────』  両サイドから閉じるマスクが口を覆う。  感覚が指の先まで同調することで、獣王は最強の忍巨兵として降臨する。 『クロスッフウガァァァアアアッ!!』  クナイを重ねたような翼を背に、紅の忍巨兵が鎧武者と対峙する。  それにしてもと思う。この忍邪兵、なんという巨体なのだろうか。  クロスフウガでさえ、およそ30メートルはあるはずが、この忍邪兵とでは大人と子供くらいのサイズ差がある。  立っているだけでその巨大な威圧感に呑まれてしまいそうになってくる。 (だめだ。気持ちで負ければその分動きは小さく固くなる。強い心で向き合うんだ!) 「そうだ、それでいい。我が御館様は、キサマを相手に有用性を示せと仰せなのでな」 「返り討ちにしてやンぜ!」  翼を折りたたみ、素早く駆け出したクロスフウガが忍邪兵の足首に狙いをつける。  これだけの巨体を支えているのだ。ダメージを負うことで支える力を失うかもしれない。  後ろ腰から飛び出した柄を逆手で握りしめ、忍邪兵の懐を潜る勢いで刀を走らせる。  感触はない。明らかに空を切らされた。 「野郎、あのサイズで避けたってのか!?」 「素人め。狙う場所がわかれば造作もないわ!」 『怯むな陽平、隙を見せればやられる!』 「おおおおおおッ!!!」  速度を落とさずに切り返し、クロスフウガ専用の忍者刀“残影(ざんえい)”を縦横無尽に振り回す。  文字通り影が追いつけずにその場に残されてしまうほどの速度で刃を振るったはずが、そのすべてがやはり虚空を切る。  想像以上の速さに陽平は我が目を疑った。 「でけェくせになんて速さしてやがンだ!?」 「当然だ。この忍邪兵“哭雷(こくらい)”は、先の戦いの全てにおいてキサマを上回る!」  忍邪兵"哭雷"が背中の大太刀に手をかける。  まずい。陽平がそう感じた瞬間、つい先ほどまでクロスフウガの頭があった場所を刃が通り過ぎていく。 「そしてこのオウロボロス、鉄の武将の名にかけて、二度も同じ相手に敗れるわけにはいかぬ!」 「コクライだかオウロボロスだか知らねェけどな、侵略者が語ってンじゃねぇよ!」  返す刀を距離を取って避ける。  またもやギリギリでその切っ先を回避することに成功する。  オウロボロスが扱う得物は元々長大な刀ではあったが、忍邪兵が巨大になったことで大雑把な振り回す感がなくなっている。  クロスフウガの運動性能を以てしても当たるか当たらないか、かなり危ういところを掠めていく。 『撒飛斬(さんひざん)!』  両肩からエネルギーを固めた手裏剣が発射される。  あえて目標を散らすことで視界を遮り、その間にクロスフウガは再び距離を取って身構えた。 「侵略者か」  哭雷が手にした大太刀をゆらりと振り上げる。 「キサマらこそ、御館様を亡き者にし、歴史の外へと追いやった賊ではないか」 「なんだそりゃ? 悪ィが身に覚えがねぇよ」 「問答無用! 我が全力の前にひれ伏せ忍巨兵!!」  哭雷の大太刀が振り下ろされる。同時に、クロスフウガを呑み込むほどの落雷が大地に突き刺さった。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加