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 巨大な杭であるかのようにそれは空から降り注いだ。  雷の刃はクロスフウガの胸を貫き、その切っ先は背を突き破って大地に突き刺さっている。  これで終わりか。オウロボロスがあまりにあっけないとばかりに目を細めた瞬間、それは目の前で黒い灰となって崩れ落ちていく。 「これは!」 「知らねェならよぉく覚えておきやがれ! これが忍術の定番"変わり身の術"ってやつだ!」  完全に死角からの不意打ちパンチにさすがの哭雷(こくらい)もぐらりとその状態を仰け反らせる。  さらに畳み掛けるように複数のクロスフウガがそれぞれ無防備なところに拳や蹴りを叩きこんでいく。 「なんだとッ、幻ではなく全てに実体が!?」 「分身の術だよ! 忍者の十八番だ!」  しかし、そのまま押し切れるかと思われた攻撃の勢いは哭雷が上体を起こすにつれてゆっくりと相殺されていく。  強靭な足腰がすべての攻撃を受けきると、オウロボロスの口元に笑みが浮かぶ。 「だが効かぬッ!」  クロスフウガの攻撃をその場で堪え、四股を踏んで裂帛の気合を放つ哭雷に、すべての分身は霧散し、クロスフウガ本体もまた軽々と吹き飛ばされていく。  受け身を取って体勢を立て直しはしたものの、陽平自身どう攻略したものかと攻めあぐねていた。  これだけウェイトが違うと小技では陽動にさえならず、かといって雑な大技はこちらの隙を作ることになる。 「今ので吹っ飛びもしないとか反則だろ」  無策で飛び込めば軽自動車で大型のブルドーザーに突撃するようなものだ。 「もっと……もっと細かく、鋭い攻撃を……」  哭雷の放つ雷が、無数の刃となって襲い掛かる。  これらをかわすこと自体は造作もない。この際はっきり言っておくと、運動性能なら確実にクロスフウガの方が上なのだ。  あちらは速度や力、強度といったものを補うために大型化し運動性能を犠牲にしたタイプだ。 「おかげで一発でももらったら致命傷だろうけどな」 『陽平、こちらの最大の武器は速さだ』 「わかってる。足を止めずに連続攻撃、それとアレを使ってみる」 『いけるのか?』 「わかンねぇけど何事も経験だろ!」  雷をまとった大太刀を跳躍で回避する。  翼を広げ、背中のビーム砲を腰に構えて6連射。 『砲術、灼火閃(しゃっかせん)!』  以前は両腕を吹き飛ばしたクロスフウガの攻撃に対して哭雷は微動だにしない。  それどころか避けるまでもないとばかりに降り注ぐビームをひとつふたつと大太刀で叩き落し、続く大振りで残りをかき消していく。 「でたらめな力を振り回しやがって」 『裂岩(れつがん)!』  回避運動から回転を加えて背中の翼を一斉に発射する。  それぞれが巨大なクナイ状の刃となった刃翼(じんよく)、裂岩が哭雷の周囲に無造作に降り注ぐ。  だがそのどれもが弾き防がれ、哭雷の周囲に散らされていく。  まるでどこかの古戦場かのように無数の刃が突き立つ中心に佇むオウロボロスが、空のクロスフウガを目掛けて吠える。 「この程度かッ!」 「そんなわけあるか! 火遁解放──」  陽平の術が獅子の口内で超圧縮、そのまま高密度エネルギーの奔流となって放たれる。 『獣王遁煌(じゅうおうとんこう)、フウガパニッシャァァァアアア!!』  自らが弾き周囲に突き立てられた無数の刃。それらが障害物となって哭雷の反応が遅れる。  上空から降り注ぐ超熱閃を避けることもできず、防御態勢のまま直撃を受けることになり、オウロボロスの口から苦悶の声が漏れる。 「ぅお、おおおおおおおおお……!」  装甲を多少厚くしたところで防ぎきれる攻撃ではないのは向こうも承知のはず。おそらく強引な機動力で逃げるつもりだろうと踏んでの連携攻撃だったが、想像以上に上手くハマってくれた。 「なにやら事情がありそうなてぇめぇには悪ぃが、このままトドメを刺す!」 『応っ! 忍者刀、残影(ざんえい)!』  後腰から飛び出した柄を逆手で引き抜く。  クロスフウガ専用の忍者刀"残影"を構え、賦力(ふりょく)を流し込むことで忍び装束に編み込まれた術を連続で発動させていく。  風雅の技には"奥義"と呼ばれるものがあり、先に光海(みつみ)の使った天の型"(あらし)"もそのひとつだ。  あれは呪印風牙(じゅいん ふうが)による自己加速に加えて、楼牙(ろうが)による手数の追加、さらには空牙(くうが)による手数の加速で、文字通り攻撃の嵐を作り出す技だったのだが、たとえそれらを順序良くしたところで技にはならない。  それを奥義たる技として使うには並外れた修練が必要になるのは明白。  光海はそれを森王(しんおう)コウガや装束の補助があったとはいえ、あれほど容易くやってのけたのだ。  ならば同じ条件の陽平にだってやってやれないことはない。  陽平もまた、天の型と呼ばれる技のひとつを行使するつもりであったが、装束の記憶を紐解いてみれば奥義というだけあって想像した以上に複雑な技術を要求された。  悔しいが今の未熟な自分では、クロスフウガや装束の補助機能なしではまず成しえない大技だ。  姿勢を低く構えたクロスフウガの姿が初速で掻き消えるほどの速さ。目にも止まらないを通り越して"見えない"速度による回避不能攻撃。 「風雅流剣術、天の型"(かすみ)"っ!」  高速化する体感に止まって見える世界の中、陽平は手にした刀を目標に叩きつける。  固い物に当たった感触はすぐに手に伝わった。直後、通常の速さに引き戻される感覚に目を回して、陽平はクロスフウガを派手に転倒させる。  派手に舞い上がる土煙。膝をつく哭雷の背後を転がるように起き上がるクロスフウガ。  何が起きたのかわからなかったのは陽平の方だった。 「やはり未熟。よもや自分に使いこなせもしない大技に頼り、挙句肝心な瞬間に敵を見失うなどと……」 「今……俺は目を閉じたのか?」  自分でも意識の外の出来事だった。  まさか速さについていけず、接触の瞬間対象を見ずにがむしゃらに刀を振ったなどと聞けば、雅夫辺りが盛大に溜息をついたところだろう。 「借り物の力でいい気になったな! 貴様にはやはり王の名は相応しくない!」 「くそっ!」  再び動き出すのはオウロボロスの方が早かった。  未だ体勢を立て直せないでいるクロスフウガの背中目掛けて、哭雷が大太刀を振り下ろす。  強引な跳躍でギリギリ回避できる。そう判断して脚に力を込めた瞬間、耳に飛び込んできた声に陽平はとっさに背中の刃翼"裂岩"を逆立てる。 「ヨーヘー! 今動いちゃだめっ!」 「あンだと!?」  器用にも背中越しに受け止めた大太刀の威力で、クロスフウガの巨体が前のめりに膝をつく。  勢い余って両腕をつき、追撃を貰わないようにと裂岩を複雑に操作して大太刀を絡め捕る。 「いったいなにが……」 『陽平、見るんだ』  クロスフウガに促されて目を凝らす。  土煙が徐々に晴れていく。思わず口を開けてしまうほどに驚くべき光景がそこにあった。 「いやいやいや、だって……親父や琥珀さんたちと一緒にいたんじゃねェのかよ?」  クロスフウガの足下に佇む少女の姿。  それは紛れもなく、陽平が翡翠(ひすい)と名付けた少女だった。
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