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 なぜそこに彼女がいるのかはわからない。だが、事実としてその場にいるのだからそれを受け止める以外になかった。 「え? なんで、いつからここに?」 「わかんない。けど、ヨーヘーたちの戦いをずっと見てたら急にそこに翡翠(ひすい)ちゃんの姿が現れて、私も驚いて……」 「コウガにもわかンなかったのかよ」 『確かに数秒前まではそこに姿はありませんでした。ですが……』  まるで忽然とそこに現れたとでも言わんばかりの言葉に、正直頭がどうにかなりそうだった。  突如背中にかかる力が倍くらいになり、自らの現状を思い出す。 「くそっ、大ピンチじゃねェか……」 「いつまでそうして這いつくばっているつもりだ!」 「うるせぇ! てめぇだって自慢の刀振り回せないくせしやがって」 「獅子というよりはヤマアラシのような姿でよく吠える」 「(たてがみ)なんだよ! つぅか邪魔なんだよ!」  刀を絡め捕っていた裂岩(れつがん)をまとめて射出すると、直撃を避けたのか哭雷(こくらい)が後ろへと跳躍する。  やはり図体のわりには身軽だ。四肢には相当負荷がかかっていそうな印象だが、一向に負けてへし折れそうな兆候は見られない。  つくづく忍巨兵(しのびきょへい)忍邪兵(しのびじゃへい)といった超兵器は、現実離れした性能をもっていると思い知らされる。  クロスフウガを立ち上がらせ、哭雷と再び対峙する。  足下に翡翠がいることを忘れてはいない。  あまり派手な動きをするわけにはいかないが、このままでは戦闘の余波だけで怪我をさせてしまいかねない。 「クロスフウガ、翡翠を収納してやってくれ」 『了解した。さぁ姫、こちらへ』  掌で掬い上げた翡翠を獅子の口内へ。そのまま専用の隔離スペースへと移動させる。 「くく、いいぞ。これでキサマを倒せば失われた我が名誉と不死の秘法を同時に手にすることができるというわけか」 「勝てりゃな」 「相変わらず口だけは達者なやつ。だがキサマにはもう打つべき手は残っていまい」  悲しいかな、敵さんの仰る通りだった。  先の技が失敗に終わった以上、あれ以上の技を陽平は持っていない。  こんなことなら雅夫(まさお)にもう少しまともに修行をつけてもらっていればなどと後悔ばかりがよぎる。 「翡翠、こんなところに来ちまって……怖くはねぇか?」 「ん。ようへいがいるから」  一瞬、自分は少し怖いなどと弱気になった自分を内心で叱咤する。  この様子では翡翠自身なぜこんな場所にいるのかわかっていないのだろう。それでも彼女は陽平がいる場所だから怖くないと言った。 「そっか。だったら俺も怖くねぇ。失敗したなら成功するまで打ち続けてやる!」 「笑止! そこで首を差し出しおとなしく死を受け入れるがいいわ!」 「そっちこそ笑わせンじゃねぇ! てぇめぇの攻撃だってまだ一回もまともに当たってねぇんだよ! 冗談は当ててからいいやがれ!」  装束から情報を引き出したため、奥義の手順だけは覚えている。  真っ向から振り下ろされた大太刀を瞬間移動でもしたのかという速さで回避すると、しっかりしろと自分の頬を何度も叩く。  攻撃ではなく回避に転用してみたものの、やはり速さに自分の意識が置いて行かれる節がある。 「目を開けろ、恐れるな! 今俺の横には守るって決めたものがあるンだ!」  返す哭雷の大太刀が雷光を奔らせる。  周囲の建物が触れるだけで蒸発している。どうやら相手も本気になったらしい。 「逃げるな! 守るんだ!」  雷光の帯を潜り抜け、哭雷の胸に拳を打ち付ける。  やはり固い。だが殴った衝撃が返ってくるほどの厚さではない。  素早く体勢を入れ替えて膝の突起をぶつけると炸薬式パイルバンカーの破岩(はがん)で強引に仰け反らせる。 「ぐぅおおお ────」 「これでも抜けねぇか! なら ────」 『獣爪(じゅうそう)!』  両腕の爪をアンカーのように伸ばして哭雷を絡め捕る。巻き取る勢いを利用して今度は顎を目掛けて破岩を打ち込んだ。 「かっ────」  さすがにこれは効いたらしく、先までなにをしても微動だにしなかった哭雷がようやく尻餅をつくように倒れ伏した。 「はぁはぁ……ようやく体が温まってきやがった」  陽平自身、体力も精神力も限界寸前なのは承知している。にも拘わらず攻撃を避ける度、攻撃を加える度、徐々にだが目が速さについていけるようになっている気がする。  一瞬、瞳に痛みを感じて掌で押さえるが、怪我もなければ出血もない。  ただの目疲れか。そんな思考を頭の隅にやりながら、陽平は改めて息を整える。 『こちらも乱発できるほどの余力はない。やつの動きを止めよう』 「ああ。しっかりと念入りに縫い付けてやる」  立ち上がろうと膝をつく哭雷の背後に、これでもかとばかりに裂岩が突き刺さる。 「これは……重い、いや動かぬ!?」 「影縫い。悪ぃがそのまま必殺技の的になってもらうぜ!」 「バカな! こんなもの ──────」  術によって縫い付けた影を力技で解き放とうというのか、哭雷の出力が上がるにつれて小さな地震が辺りに広がっていく。 「くそ、馬鹿力め。だけどな、こっちだってまだやれる。なンでだか力が湧いてくるンだよ!」 「なにをばかなこと────なんだ、力が抜けてゆくだと」 「チャぁぁンス!」  逆手に構えた忍者刀 残影(ざんえい)に集中する。  さっきに比べて危機的状況であるはずなのに、不思議と心が落ち着いている。  頭の中で反復した手順を、素早く確実にこなしていく。  複数の呪印(じゅいん)を組み、賦力を脚へ、そして今度は全身へと巡らせていく。  今まさに影縫いから脱出しようと藻掻く相手を目掛けて地を蹴った。  音が消える。制止したような世界を陽平だけが、クロスフウガだけが駆け抜けていくのがわかる。  目標まではすぐだ。折り重なった装甲と装甲の隙間に見える首。そこが狙いだ。  水中にいるような重たさを感じる腕を振る。骨や筋肉が軋む音が聞こえた気がした。  悪い情報はすべて聞き流した。必要な情報だけを絞り込み、ただ無心で刀を振るった。  奪わせない。脅かされない。守ると決めたもののためにも、この一刀で勝利を納めるために。  次の瞬間、クロスフウガは滑るようにして哭雷の背後へと抜ける。  脚でブレーキをかける。ゆっくりと時間をかけて刀を腰のホルダーに納める。  手ごたえは、あった。 「風雅流剣技、天の型"(かすみ)"────」  刀を納めた音が小さく鳴り響くと、それを待っていたかのように哭雷の頭部がズルリと前のめりに滑り落ちる。  続けて胴が折れ曲がり、文字通り輪切りになって巨体が崩れ落ちる。 『成敗!』  爆ぜる巨体と同時に膨らむ炎。周囲の瓦礫を薙ぎ倒すほどの爆風を背に受けながら、クロスフウガの獅子が勝利の咆哮をあげた。
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