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 一番古い思い出は、女の子に会ったことだった。  とくに困っているわけでもないのだが、風雅陽平(ふうがようへい)は過去の記憶がない。  といっても、小学生辺りまでの記憶がない程度で、現在高校に通っている時点では何も問題は起きていない。  少なくとも日常生活を送る上では、困ったことはないので、そこまで気にしたことはなかった。  しかし今、改めてそれを思い出したのは、下校時間にまで律義に隣を歩く、腰まで伸びた髪を靡かせる少女が口にした疑問のせいだ。 「それで、思い出せた? ヨーへーの忍者バカは、いつからなのか」 「バカは余計なンだよ。って言ってもな、思い出せるのはこいつをくれた女の子のことくらいなんだよな」 「おんなのこぉ?」  隣の少女、桔梗光海(ききょうみつみ)の目が一気に冷たいものに変わっていく。  彼女は少々特殊な特技を持っているため、あまり怒らせない方が身のためだ。陽平は、慌てて釈明を割り込ませる。 「ガキの頃の話だって言ってンだろ。そもそもちゃんと覚えてすらいねぇよ」 「そう、だよね。ごめん……」  記憶のことを知っているため、突然シュンとなる光海に、陽平は気にするなと手を振った。  感情的になりやすい反面、情に深い部分があって傷つきやすい。そんな誰かに優しい少女だというのは昔から知っている。  そんな幼馴染の優しさにも、強引さにも、陽平自身が何度も救われてきた。  それこそ“今更”な関係というわけだ。 「それで、どんな女の子なの?」 「ああ。こう長い髪が肩にかかってて、着物を着てた気がする。あとなんか物静かな印象……かな」 「結構具体的だね。でもヨーへーが着物好きから忍者ばかになったなんて……」 「ちげーよばか。そもそも忍者だなんだって話なら、親父が忍者なんだから影響受けるならそっちだろ。……そうじゃなくて、その女の子にもらったんだよ」 「まさか、“はじめて”をもらったとかばかなこと言い出すんじゃないでしょうね」 「いい加減にしろよ。おめぇ話聞く気あンのかよ」  ジト目の幼馴染を他所に、陽平は懐から掌よりもやや大振りな刃物を取り出した。  陽光を受けて黒光りするそれを見た幼馴染の目がさらに鋭くなる。 「ヨーへー、いつか警察に捕まっても知らないわよ」 「心配すンな。親父の都合で携帯許可済みだ」  陽平の父、風雅雅夫(ふうがまさお)の職業は、誰もが耳を疑う“忍者”だ。  陽平自身その仕事ぶりを見たことがないので、あくまでらしいを通してはいるが、母も間違いないと言っている以上は疑う余地もない。  いわゆるSPなどの要人警護のような仕事をやっているという認識でいいらしいが、そういった職業柄、家には驚くほど豊かな種類の刃物類がある。許可云々など今更な話だ。 「このクナイ、俺の知ってるどの忍者のものでもない。そもそもな話、クナイってのは万能道具として使えるようにここに穴が開いてるのが普通なのに、こいつにはヘンな勾玉みたいなのがはまり込んでやがる。ハンドメイドなのか、それとも俺の知らない忍者のものかはわかンねぇけど、その女の子がこれをくれたんだ。『あなたが求めた力です。大切にしてください』ってな」  うっすらと残る記憶の中、唯一鮮明に残る言葉。  もしもこのクナイを握ることが陽平にとって運命だというのなら、いつか陽平も忍者になり、このクナイを使うときがくるということかもしれない。  そんな憧れのようなものを、ずっと胸に抱いたまま成長してきた。 「ふーん。でもその女の子も物騒ね。子供に刃物渡すなんて」 「まぁ、そこはたぶん親父たちの関係者だったンじゃねぇかなと」 「じゃあ、おじさまに聞けばその女の子のことわかるんじゃないの?」 「聞いてみたよ。知らんって一蹴されたけどな」  正直なところ、かなり適当にあしらわれた印象だったので、本当に知らなかったのかどうかは定かではない。 「じゃあ、他の人は? 金物屋さんとか、おじさま仲良かったし」 「それっぽいとこには当たってみたンだけどな。こんな狭い島内じゃ、みんな知り合いみてぇなモンだから、それこそ親父が仲良い人はだいたい聞いてみたよ」  しかし誰に聞いても結果は変わらず。  この時非島(ときじくじま)は、日本の太平洋側にひっそりとある人口も1万人に届かないくらいの離島だ。  特産品があるわけでもなく、観光の客寄せに使えそうなものといえば変わった形状の岬くらいなものだが、そもそも島民がそこに他人を踏み込ませないようにしている以上、この島が内向的になってしまうのは必然と言えた。  そのため多少人の出入りはあるとはいえ、近隣住民はほとんどが顔見知りと言える。 「それで、行き詰まったまま諦めちゃったんだ」 「しゃーねーだろ。なにかもうちょっと手がかりがありゃな」  頭をガシガシと掻き毟ったところで良い知恵が浮かぶわけでもなく。  結局のところ記憶の頼りは"思い出のクナイ"だけということだ。
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