[7]

1/2
前へ
/44ページ
次へ

[7]

「なんとか勝った……」  どっと襲い来る疲労に、陽平は崩れ落ちるようにその場に膝をつく。  賦力(ふりょく)も体力も精神力も、もう完全なガス欠状態。これ以上があるならさすがに音を上げたかもしれない。 「それにしたって最後の……クロスが力を貸してくれたのか?」 『いや。クロスフウガになった我々は忍獣と合わせて文字通り三位一体。しかしキミの言うように力が湧いてきたのをワタシも感じた』 「なんにせよ、勝ちは勝ちだな」 『ああ。風雅流天の型"(かすみ)"、見事だった。特にあの速度に二撃目を加える技量、非の打ち所がない剣だったぞ』 「なんかこう、あのすっげぇ力が湧いてきた瞬間に、不思議となんでもできるような気がして、思わず通り過ぎる瞬間に回転を加えてた」  首を撥ねた一刀と、直後の回転斬りによる背中からの胴斬り。今でも実現できたことが不思議で仕方がない。 「もう一度同じことをやれって言われて、再現できる自信がねぇよ」 『ならば、修行しかないな』 「違いねぇ」  クロスフウガの至って当たり前な回答にハハハ、と空笑いを漏らす陽平。  不意にかちゃりと金属同士がぶつかるような音が聞こえ、陽平は我知らず息をのむ。  無理もない。この音が聞こえて一度は文字通り殺されかけたのだ。 「かすみ……と言ったか。たしかに見事、だった」  背後からの声に撥ねるようにして振り返る。 「首を、飛ばしたンだぜ……」 「忍邪兵の、な……だが深手であることは事実。キサマの勝ちだ」  忍邪兵 哭雷の残骸。その上に立つ銀の鎧武者は、息も絶え絶えにクロスフウガを見上げている。  相当なダメージであることは間違いなさそうだが、恐ろしいのはその強靭な精神力。目に宿った力強さはまったく衰えてはいない。 「だが、たとえ忍邪兵が破れようとも、我が得たものの有用性は示さねばならない」 「なにを、言ってやがる」 「この島国の形が変わろうとも、御館様にお見せせねばならぬのでな。残された(ゲート)の力を!」  この国の形が変わる? オウロボロスがいったいなにを言っているのか理解が追い付かない。 「ヨーヘー! 上っ」  コウガと共に駆け付けた光海の声に空を仰ぎ見る。  日が落ちるにはまだ早い。だが恐ろしい早さで陽平たちの上空を黒い影が覆い始めていた。  一瞬、なにか視界を遮る蓋のようなものかと目を疑ったが、その正体がわかるまでそれほど時間はかからなかった。 「とんでもなくでけぇ……岩の塊?」  つまる話が隕石だ。  なにをどうやったのかはわからないが、オウロボロスはクロスフウガに敗れた腹いせに隕石を落とす気でいるらしい。  そしてそれはすでに動き出している。地上に影響がでるまでもう何分もかからないだろう。 「てぇめぇ、いくらなんでも往生際が悪すぎるぜ!」 『キサマの目的は姫なのだろう! あんなものを落とせば、我々はおろか姫までも……』 「不死の秘法が死ぬものかよ。ならば更地になったあとで秘法だけ回収すればいい」  駆け付けたばかりの森王(しんおう)コウガも、初めて出会うオウロボロスの言葉には絶句している様子だった。  今すぐにこの場を脱出すれば空が飛べる獣王クロスフウガと陽平、そして一緒にいる翡翠は助かるかもしれない。だが、それではコウガと光海、それに被害範囲に当たり前のように暮らしている人たちは確実に死ぬ。 「オウロボロスとか言ったな。今すぐ止めろ! じゃねぇと……」  果実をもぎ取るがごとく、クロスフウガの手がオウロボロスの体を握りしめる。  このまま潰すとゆさぶりをかけるつもりだったのだが、突然オウロボロスの様子が豹変する。 「ぁ……ごあ、ぁあああああああああ────」  やはりクロスフウガから受けた傷が深かったのか、突然苦しみだしたオウロボロスの体が木炭のようになって崩れ落ちていく。  いったい何事かと周囲を伺うが、誰かが介入している様子はない。  思わず手を差し伸べようとした陽平と、オウロボロスの視線が重なる。  そこにあったのは驚きと焦りと、そして恐怖が入り交じったような目。 「これは……まさか、我が命をうば────」  形を失ったオウロボロスがそれ以上を口にすることはなく、火事の後の煙のように空に立ち昇り霧散していく。  握りしめていた拳を開き、もうそこにあの鎧武者の姿がないことを確認すると、陽平はやるせない気持ちと共に拳を地面に叩きつけた。 「くそっ、これであれを止める方法はわからねぇ!」 「コウガ、忍巨兵の力ではなんとかできないの?」 『残念ですが力が及びません。今の我々の装備だけではとても。逃げることをお勧めします』 「私のことを改造してもだめかな」 『それは……』  陽平が獣王クロスへ転身した際、忍巨兵を扱うに相応しい知識と体を作るために情報の上書きが行われた。  それは想像を絶するほどに精神的苦痛を伴い、自分を見失いかけた陽平はまさしく壊れる寸前だった。  それもあって陽平は光海がコウガに認められた際、必要最小限の上書きで済むように申し出たのだ。  当然、光海は不満を口にはしたが、陽平の必死な表情にその場では従ってくれた。 「光海、そいつは認められねぇ」 「じゃあ私たち、ここで死んじゃうかもしれないけど、ヨーヘーはそれでもいいの?」 「いいわけあるか! だから俺とクロスフウガでなんとか……」 『残念ながら不可能だ。あの質量をどうにかできる力はワタシにはない』  相棒に言い切られてはぐうの音も出ない。  こうしている間にも隕石は徐々に近づいている。オウロボロスがなんらかの手段で呼び寄せた隕石は、確実にこの場に落ちるだろう。 「ヨーヘー」 「……悪ぃ、俺が関わっちまったばっかりに、光海まで巻き込んで」 「うん、気にしてないよ。私は巻き込まれたなんて思ってないから」  嘘だ。陽平がこの世界に身を投じなければ光海がここにいることはなかったはずだ。  迷いのない目を向けてくる。とても同い年の少女がする目とは思えず、陽平は小さく頭を振った。  正直、どうしてこの幼馴染がここまでするのかが理解できない。だけど光海は、それは自分にとって大切なことで、譲れないことなのだと言っている。  思えば自分もなぜここまで必死になっているのだろう。出会ったばかりの少女を守ると約束して、そのために痛い思い苦しい思いをしてまで忍巨兵を駆って。  陽平と光海の内にある行動理念。ひょっとしたらそれはかなり近しいものなのかもしれない。 「コウガ……森王武装(しんおうぶそう)ってやつを使えるようにしてやってくれ」 「ヨーヘー、やっぱりなんとかする方法知ってたのね」 「知識しかねぇよ。それに、本当になんとかできるかなんてわからねぇ。賭けの要素が強すぎる」 「なんとかしよう。一緒に!」 『陽平殿、信じましょう。光海様、弓を使ってください。呪印を自らに刻むのです!』 「弓で呪印を……自分に」  首から下げた勾玉に浮かぶ呪印を弓に番え引き絞る。  薄い緑に輝く賦力の矢だ。 『その呪印でワタクシの森王武装を解き放つと、それに合わせて光海様の情報が上書きされます』 「わかった。ちょっと怖いけど、なんとかしてみる」  ちらりとこちらを伺う光海と目が合った。  こうなった光海は頑なだ。信じてやる他ない。 「いきます! 風雅流武装巨兵の術!」  狙うは空。  通常、空に弓引く行為というのは愚か者のすることなどと言われることもあるが、地方によってはれっきとした神事でもある。  空にめがけて白羽の矢を射ることで、邪を払うというその神事を光海は直接目にしたことがある。  必要なのはあの清廉さと、そして空という大きな存在に弓を引く愚か者としての勇気。  光海の手から矢が離れる。  矢は光の尾を伸ばして天へと消えると、無数の閃光となって森王の体に降り注いだ。 『変化、森王破魔之弓(しんおうはまのゆみ)!』  コウガの体が両腕と両足、そして胴の5つのパーツに分解すると、それらは翼を畳んだクロスフウガの背中へと接続されていく。  バックパックに変形した胴を基準に、その左右両側に足と手が連結されてできた2本の砲身を背負った獣王が完成する。  それらの武装を扱うのに必要な情報更新が光海に施されるのは一瞬。次の瞬間には強い決意の眼差しで空を見つめる光海の姿がそこにあった。 「森王式弩弓合体バスタークロスフウガは、射手(しゃしゅ) 桔梗光海で参ります!」
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加