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大型の火器を背負っているものの、それほど重量を感じないのはやはり忍巨兵の特性なのだろうか。
どこか他人事に感じる現実に違和感を覚えながらも、光海は唇をキュッと引き締めることで不安を飲み込んだ。
見たことも聞いたこともないはずなのに、教えられることなく理解できる機能の数々。知っている自分と知らない自分の二人が同時に存在しているような感覚。これが情報を上書きするということなのかとすぐに実感が得られた。
それだけではない。光海の駆るコウガがクロスフウガに背負われているためか、とても近くに陽平を感じることができる。
すぐ隣のような、少し後ろを歩く感覚。いつもと変わらない二人の距離感は自然と光海の勇気を奮い立たせる。
「どうだ。いけそうか?」
「……たぶんだけど、一度じゃあの大きさは壊しきれない。この武器は"届く"ことに特化している分、距離は気にならないんだけど大きな破壊には向いていないみたい」
クロスフウガが背負うほどの大型武装とはいえ、所詮は弓矢。これが大砲だったりするとまた違ったのだろうけど。
「10発でも20発でも撃ちこむわけにはいかねぇンだよな?」
「私はともかく、繋がってるヨーヘーの賦力の方が不安だけど……」
「よし、今の案はナシだ」
言うと思った。
もとよりそんなつもりはなかったけれど、陽平が自分を犠牲にするようなことを言い出さなくて少しホッとしている自分がいた。
『陽平、光海、大事なことを見落としている。森王の弓は直接対象を射抜く以外にも使い道がある』
「あぁ、遠くに届ける能力ってやつか」
矢文と呼ばれる補助用の力だ。
威力こそないが、矢に術などを付与して遠くの仲間を支援するための能力。
攻撃手段ではないので完全に見落としていた。
『ワタクシの弓に獣王の術を乗せて打ち込めば……』
「あの大きさの隕石でも壊せる?」
『そこは獣王と彼次第ですね』
「初心者だって言ってンだろーが。ったくどいつもこいつも過剰に期待しやがる」
「でも、なんとかするんでしょ?」
返事はない。だけどきっと陽平はやる気になった顔をしているはずだ。
忍者になってしまった陽平のことはほとんど知らない。だけど光海の知っている陽平ならば目を閉じていてもどんな顔をしているか当てることだってできる。
「クロスフウガ、俺にそんな複雑な術が使えると思うか?」
知識はある。経験もおそらく装束からの補助でなんとかなるはず。それでも術を生す根幹は陽平本人なのだから不安にもなるだろう。
なにか言葉をかけようか。そんなことに迷っていると、陽平は手早く呪印を刻んでいく。
不安を口にしたのが嘘のよう。あっという間にそれは大きな印が陽平の手によってバスタークロスフウガの前に描かれていく。
「咆牙による大規模振動破砕、使うのが空に向けてで正直ホッとしたぜ……」
咆牙。運動エネルギーを賦活する呪印である。
いわゆるベクトルを自在に操る能力だが、ほんの小さなミスでも大惨事に繋がることから非常に危険な術とされている。当然難易度も高く、これを自在に使える者は風雅の忍者の中でも数少ない。
『だが、現状ではこれ以外に手立てはない』
「しゃーねーな。やるっきゃねぇ! このままじゃ翡翠を守るどころか俺たちまでお陀仏だ」
「でも、もしもこれが届かなくて地表に落ちたりしたら……」
当然その被害は計り知れない。ひょっとしたら隕石が落ちた方がまだマシなのかもしれない。
せっかく陽平がやる気を出したというのに、伝播した不安が光海の想像を悪い方向に膨らませていく。
射程は申し分ないはず。しかし目標を逸れたら、とか万が一の光景がどうしても頭を離れようとしない。
不安になればなるほど悪い予感が光海の手足を萎縮させていく。
先の戦いでほとんどの建物は倒壊し、正直守ったというよりは被害を拡げたにすぎないこの場所。それはあくまでここが特異災害地区として放棄された場所だったからこそ戦えた結果だ。
あの巨大な隕石を破壊するほどの術を誤った場所に落とすのとはわけが違ってくる。
「心配ねェよ。おめェは外したりしねぇさ」
陽平の言葉に、クロスフウガの翼がアンカーのように地面に打ち込まれる。
上体をそらして角度をつけると、光海の左目前に術による照準用のスコープが現れる。
距離や角度を修正しつつ、光海はトリガー代わりの弓を構え矢を番える。
「本当にそう思う?」
「当たりめェだろ。俺が毎日どんな思いで避けてると思ってンだよ」
そんな幼なじみの悪態に頬が緩む。
「そうだね」
弦を引くと同時にクロスフウガの背負った弩弓にエネルギーを固めた実態のない矢が装填される。
「私が当てられない的は、ヨーヘーだけだもんね!」
「そういうこった! さぁ、いくぜ光海……タイミング、しっかり合わせろよ」
ほんの少し胸に走る痛みを勘違いだとしまい込み、意識を隕石に集中させる。
『光矢装填!』
エネルギーの矢が固まって実態を伴っていく。同質のエネルギーが形作る電気のような弦が矢にかけられバスタークロスフウガの背中に巨大な弓矢を描く。
『呪印最大展開!』
バレルのように重なる複数の呪印が隕石へと向けられる。これを矢が突き抜けることで呪印の効果を受けることができる。
すべての準備は整った。
「目標……合った! 二射目はありません。これが唯一無二の一矢 ──」
限界まで引き絞った弦が光海の指から解放される。
矢が手を離れていく瞬間がスローモーションのように感じられる。だが、そこに不安も迷いもない。間違いなく最高の一射だったと修練を重ね続けた体が感じていた。
同時に緑の電撃を纏った矢がバスタークロスフウガの弩弓から放たれる。
「必中奥義、光矢一点っ!!」
背後に刺したアンカーが沈み込むほどの反発力の中、光の矢が一直線に空を翔ける。
呪印の効果か、砲弾も真っ青の速度で放たれた矢は、光海の心配など歯牙にもかけず加速を続け、そのまま隕石の表面に突き刺さっていく。
予定通りならここでもう一つの呪印の効果が現れるはず。
時間にして一秒ほど。固唾を呑んで見守る中、それは効果を現した。
矢が隕石を突き抜けたのに僅かに遅れて、固まった砂の団子を握り潰したかのように隕石は粉々に崩れ落ちていく。
上空の強い風に吹かれてその巨大な質量全てが消えるまでの間、誰一人として視線を逸らすことなく黙ったままその光景を見守り続けた。
「やったな、光海」
陽平の言葉で我に返り一息。そこでようやく自分が成し遂げたのだと実感を得ることができた。
「うん」
随分と派手に壊してしまった周囲を振り返り、なんとなくバツの悪そうな表情になりながらも、胸の高鳴りを抑えるように空いた手を添える。
まだドキドキしている。未体験への高揚ではなく、これはどちらかというと……
「どうかしたのか?」
「ううん、なんでもない」
ようやく静けさを取り戻した一帯に佇む大きなシルエットが、戦いの終わりを告げる咆哮をあげた。
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