[エピローグ]

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[エピローグ]

「ダメだろ、さすがに戦場にまで出てきちまうのは」  溜息混じりに言葉を選ぶ陽平(ようへい)に、翡翠(ひすい)はわからないとばかりに首を傾げる。  戦闘中にも関わらずそのエリアに不用意に足を踏み入れたことを咎めているのだが、どうも上手く伝わっていないようだ。 「だめなの?」  どうやら本当にわかっていなかったらしい。  そう訊ね返す翡翠の表情は真剣そのものだ。 「そりゃ……危ねぇからな」 「ようへいいるけど?」 「それはそうなんだけど……そういうことじゃなくてだな」  確かに守ると言ったが、さすがにそれを前提で動かれても困ってしまう。  なんというか、守られる側にも相応の意識を持って貰わなければ。  そう思いはしたのだが、見上げる表情を見ているとそう強く言うこともできず、陽平の方がそれ以上の言葉を失ってしまう。 「まぁ、結果的に守れたんだし、いいじゃない」  とは光海(みつみ)の言葉だ。 「そうは言うけどな、正直今回みたいなことがこの先起きないとも限らねぇ」  相手は文字通り翡翠を手に入れるためならどんなことでもやってのけるだろう。おそらくはこの国どころか地球という星を破壊してでもという覚悟がある。  そしてその戦いの規模はこの先どんどん大きくなっていくはずだ。 「翡翠、これだけは約束してほしい」  陽平が翡翠の目線に合わせて身を低くする。 「決して俺や、親父たちの手の届かない場所には行かないこと。約束できるか?」 「ん、だいじょうぶ」 「なら良し」  陽平に頭を撫でられて猫のよう目を細める翡翠に、自然と笑みがこぼれる。 「それと、光海」 「なに?」  立ち上がり振り返る。  突然名を呼ばれて驚いたのか、少し引き攣った表情の光海に陽平は静かに頭を下げた。 「今回のこと、最初はいろいろと言っちまったけど、本当に助かった」  正直なところ光海と森王コウガがいなければ今頃どうなっていたかわからない。無事にオウロボロスの忍邪兵に勝てたかもわからず、その先の隕石に関して言えばおそらく尻尾を巻いていたに違いない。 「私は、私のしたいことを全力でやっただけ。ヨーヘーの為とか、翡翠ちゃんの為とか、そんなのじゃないから」 「この先、今日なんかよりももっと怖い思いをさせるかもしれねぇ」 「うん、わかってる」 「今日よりももっとキツいこと、言っちまうかもしれねぇ」 「うん、知ってる」  光海はずっと変わらず笑っている。この後に続く言葉をわかっていてなお笑っている。  それが光海の覚悟なのだと、決意なのだとしたら、陽平がかけるべき言葉は一つしかない。 「これからも俺と一緒にいてくれ。俺はこんなだから、一人じゃきっとすぐに調子に乗ったりドジしたりで翡翠を悲しませる」  今回だって何度そういうことがあっただろうか。  初めてだとか、急な話だったからとかそんなことは関係ない。自分がやると決めた以上はやり遂げる。自分が守ると決めた以上は守り抜くんだ。 「だから光海が俺のことしっかり繋ぎとめてくれ。ばかなこと始めたらそうじゃないって方向を示してほしいンだ」  言うだけ言って覗き込んだ光海の表情は、なんだか夕日の色よりも赤かった。 「ヨーヘー、自分がどれだけ恥ずかしいこと言ってるのかわかってる?」 「もちろんだ。翡翠を守るとか忍者になるだとか大見得切っておいてこのザマだからな。恥は承知の上だってぇの」  胸を張って言うことではないがと続けると、光海は呆れたように溜息を一つ。 「もう、しょうがないなぁ。ヨーヘーがそこまで言うなら……」  くるりと背を向ける光海は、どこかソワソワしているようにも見えた。  わからなくもない。ただ弓が巧いという女の子に一世一代の覚悟を決めてもらったのだから。 「ありがてぇ」 「……ばか」 「は? なんだよいきなり!」 「ばかだからばかって言ったの」  足早に逃げる光海の背を目で追いながら、手に触れた小さな温もりを握り返す。 「ようへい」  やはりというか。翡翠が陽平の手にぶら下がるように握っていた。 「これで大丈夫だ。光海とコウガがいれば百人力だからな」 「ん」 「翡翠、お前がお前自身を取り戻すまでこの先もずっと俺が、俺たちが守るよ」  風雅陽平(ふうがようへい)という見習い忍者と、最強の忍巨兵(しのびきょへい)、獣王クロスフウガが必ず。  そんな陽平の決意を受け止めるかのように、握る翡翠の手に微かだがしっかりと力が篭るのを感じた。
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