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目が覚めたとき、図書室はまだ夕焼け色のままだった。
つまり丸一日経ったりしていない限り、あれからさほど時間は経っていないということになる。
懐を探ってみるがやはり獣王のクナイはない。
状況から察するにあの後輩女子が持っていったと見て間違いないだろう。
脳裏に複数の疑問が浮かぶ。
(あいつはいったいなんのために俺に接触したンだ)
(どうして獣王のクナイを持ち去った)
(あいつはいったい何者だ)
なんにせよ追いかけて問いただすしかない。
気を取り直して体の状態を確かめるが、衝撃を受けた後頭部と鋼糸で裂けたところどころが痛いくらいで大したことはなさそうだ。
廊下へ出て、やや乱暴になりつつも図書室の戸を閉める。
「とにかく探さねェと」
「アンタの大事なものは屋上だよ」
耳のすぐ近くで声がして、思わず飛び退いてしまう。
そこにいたのは陽平よりも背の低い細身の少年だった。
「ヤダな。せっかく教えてあげてるのに、そんなにケーカイしないでよ」
(気配はまったく感じなかった。それにこいつ……)
「お前、さっきの……」
そこまで言って言葉を詰まらせる。
この少年は先ほどの少女とあまりによく似た顔をしている。なんだったら女装でもされたら胸のサイズくらいしか判別方法がないのではないかと思うくらいによく似てた顔をしている。
美少年。そんな言葉があまりにしっくりとくる少年は、どこか屈託のない笑みを見せつつも一切の隙は見せていない。
(顔は笑ってやがるのに、本心がまったく読めねェ。いったいなに考えてやがる)
「オイラのことなんてどーだっていいジャン。それよりも、取り返しに行った方がいいんじゃないカナ?」
「いちおう礼は言っておく」
「いーってば。さっきアンタを蹴っ飛ばしたお詫びだと思ってヨ」
「なに────って、いやがらねェ。クソ、いったいなんだってンだよ」
すれ違いざまに振り返ったはずが、少年の姿はすでになく、廊下に一人陽平だけが取り残されていた。
悔しい話だが、どうやら現時点で陽平を手玉に取れるだけの者は少なくないらしい。
「仕方ねェ。あいつの言う通り、今は獣王のクナイを取り返すのが先だ」
気を取り直して階段まで歩みを進める。
陽が落ち始めているため校舎の中は薄暗くなってきている。だというのに、階段を見上げるだけで背筋が凍りそうな悪寒を感じるのは、おそらく陽平の危機察知能力が警鐘を鳴らしているからだろう。
「こりゃ間違いなく罠だな」
目を凝らして見ると、暗闇に光を反射するものがいくつか見て取れる。
ワイヤートラップ。父、雅夫もよく使う手だ。
取り返したければこのくらいは突破して見せろ。そういうことなのだろう。
「あの後輩、かわいい顔してエグいことしやがる」
周囲を観察してワイヤーの固定された箇所を記憶していく。
幼い頃の記憶がない反動なのか、陽平には見て学習したものの理を暴くという特技がある。
普段はその特技で雅夫の動きを記憶し学習することで、自らの体術などに反映させているのだが、このように安全トラップの仕掛けを理解することにも応用が効く便利な特技なのだ。
もっとも雅夫はこの能力のことを知っているためトラップを用いる場合は、全貌が見渡せないよう工夫しているらしい。
本当に余計なお世話だ。
「それにしても、こんなモンいつのまに準備したんだよあいつ。1本ずつ丁寧に切っていったンじゃ日が暮れちまう」
懐から出したクナイを投げてワイヤーを切断する。
縦横無尽に張り巡らされたワイヤーが張りを失いはらりと落ちていく。読み通り無力化に成功したようだ。
「それにしてもあの後輩、ワイヤーの数といい張り方といい、ちょっと殺意高すぎやしねェか」
自分のなにが彼女の恨みを買ってしまったのかはわからないが、どうやら相手は確実に陽平を仕留めようとしていることだけは理解できた。
とにかくワイヤートラップは解除できた。これで心置きなく屋上に向かえるというものだ。
「罠を解除しただけで警戒を解く。やはりあなたに忍者は向いていないんですよ────」
ワイヤーの散らばる階段に足を乗せた瞬間、耳元でそんな声が囁く。
「ねぇ、センパイ」
これ見よがしに背中に突き刺さる殺気。今ここで確認のために振り返っている時間はない。
間合いを保つためにも次の踊り場まで一足飛びで移動してから背後を振り返る。
これはどういう状況なのだろうか。
さっきまで優等生然としていた後輩が、眼鏡を外し、三つ編みを解いてクナイを片手に睨みつけている。
「ほら、また簡単に誘い込まれましたね」
後輩の言葉に陽平はしまったと舌打ちする。
先の解除したワイヤートラップは全て繋がっていたわけではなかったのだ。踊り場の先、つまりは屋上までしっかりと基点を分けて張り巡らせてある。
「くそっ! やられた……」
「これでお終いにさせていただきますね」
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